テラーノベル
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——はるきside
赤レンガ倉庫の前。 潮風が吹くたびに、はるきの髪が少しだけ乱れる。 スマホの画面には、りいなからの「もうすぐ着く!」のメッセージ。 それを見て、はるきは何度も画面を閉じては開いて、ポケットにしまって、また取り出す。
——落ち着かない。 こんなにソワソワするのは、初めてかもしれない。
「…ほんとに来るのかよ」 口に出した言葉は、強がりだった。 でもその瞬間、遠くからスニーカーの音が聞こえてきた。
りいなが走ってくる。 スカートが風に揺れて、髪が跳ねて、笑顔がまぶしい。 その姿に、はるきは思わず目を細めた。
「走るなって言ったろ」 ツンな声。でも、心の中では「来てくれてありがとう」が渦巻いてる。
「えへへ、だって楽しみだったし」 その言葉に、はるきは少しだけ“勝った”気がした。 でもすぐに、“勝ちたい”より“残したい”と思った。
りいなが隣に並ぶ。 少しだけ距離が近い。 はるきは、ポケットの中で手を握りしめた。 ——“繋ぎたい”なんて、言えるわけない。
ふたりで歩き出す。 赤レンガの壁が、夕陽に染まってる。 観覧車がゆっくり回っていて、遠くに海が見える。
「…今日、あんまりしゃべらないかもしれないけど、それでもいい?」 それは、はるきなりの“好き”の告白だった。
りいなが「うん」と答えた瞬間、はるきは少しだけ目を伏せた。 ——この時間が、誰にも見つからないように続けばいい。
でも、心の奥では焦りもあった。 “海”とのデートが控えている。 りいながどんな顔を見せるのか、想像するだけで胸がざわつく。
「…観覧車、乗る?」 はるきがぽつりと聞いた。 りいなが「乗りたい!」って笑った。 その笑顔に、はるきはまた“勝った”と思った。 でも、勝ち負けじゃない。 ——“りいなの記憶に残りたい”。それだけだった。
観覧車の中で、ふたりは並んで座る。 沈黙が続く。でも、心地いい。 はるきは、窓の外を見ながら、りいなの横顔を盗み見た。
「…俺さ、今日のこと、ずっと覚えてると思う」 それは、はるきなりの“好き”の言い方だった。
りいなが「うん、わたしも」って答えたとき、はるきは少しだけ笑った。 ——この時間が、終わらなければいいのに。
——りいなside
赤レンガ倉庫の前。 観覧車の影が、海にゆらゆら映ってる。 りいなは、ちょっとだけ遅れて走ってきた。 スニーカーの音が、石畳に響く。
「はるきー!」って呼んだら、はるきがスマホから顔を上げた。 白シャツにグレーのパーカー。いつも通りなのに、今日のはるきは“ちょっとだけ特別”に見えた。
「走るなって言ったろ」 ツンな声。でも、りいなはそれが“はるきらしくて好き”だった。
「えへへ、だって楽しみだったし」 本音を言ったら、はるきがちょっとだけ目をそらした。 ——なんか、今日のはるきは静かだ。 でも、その静けさが、りいなには“安心”だった。
ふたりで並んで歩き出す。 歩幅がちょっとだけ違うけど、りいなは自然と合わせていた。 ——“隣にいる”って、こういうことなんだ。
「…今日、あんまりしゃべらないかもしれないけど、それでもいい?」 はるきがそう言ったとき、りいなは胸がふわっとした。
「うん、はるきが隣にいるだけで、なんか落ち着くし」 それは、りいななりの“好き”の言い方だった。
でも、りいなはまだ“勝負”のことをちゃんと理解していない。 海とのデートも、きっと楽しい。 でも、はるきとの時間は、なんだか“静かで、深い”。
観覧車がゆっくり回っている。 りいなは、ふと「乗るのかな?」って思ったけど、口には出さなかった。
でも、はるきが「乗る?」って聞いてくれて、りいなは「乗りたい!」って答えた。 ——その瞬間、ちょっとだけ“特別”になれた気がした。
観覧車の中。 窓の外には、港町の灯りが広がってる。 りいなは、はるきの横顔を見ながら、そっと思った。
——“この人の隣にいると、静かになれる”。 それって、すごく大事なことかもしれない。
「…今日のこと、忘れたくないな」 りいながそう言ったら、はるきが「俺も」って答えた。 その言葉に、りいなは胸がきゅっとなった。
——“勝負”じゃない。 “記憶”に残ることが、いちばん大事なんだ。
——はるきside
観覧車がゆっくりと上昇していく。 港町の灯りが少しずつ遠ざかって、ふたりの空間が静かに閉じていく。
りいなは、窓の外を見ながら「わぁ〜、キラキラしてる〜」って言ってる。 その横顔を見て、はるきはちょっとだけ目をそらした。 ——近い。距離が、近すぎる。
「…なんか、こういうのって、デートっぽいよな」 はるきがぽつりと言うと、りいなが「うん、デートだね!」って即答した。
——え、即答!? はるきは思わず心の中でツッコんだ。
「…お前、海とも観覧車乗るの?」 ちょっとだけ嫉妬混じりに聞いたら、りいなが首をかしげて、
「え?海くんは高いとこ苦手って言ってたから、たぶん乗らないと思う〜」 って、無邪気に答えた。
——それ、勝ったってことでいいのか? はるきは内心ガッツポーズを決めかけたけど、次の瞬間——
「でもさ、はるきと乗る観覧車って、“静かで落ち着く”って感じだよね。 海くんと乗ったら、たぶん“うるさくて楽しい”って感じになると思う!」
はるきは固まった。 ——それ、比較してる?俺、静か担当? しかも、“うるさくて楽しい”って、そっちのほうが良くないか?
「…お前さ、そういうの、無自覚で言ってるだろ」 はるきがちょっとムッとして言うと、りいながキョトンとして、
「え?だってほんとのことだし」 って、満面の笑顔。
——天然、爆発。 はるきは、観覧車の中で完全に撃沈した。
でも、りいなが窓の外を見ながら「はるきといると、なんか安心するんだよね」ってぽつりと言った瞬間、はるきは少しだけ笑った。
——それなら、静か担当でもいいか。
——りいなside
観覧車の中。 窓の外には、港町の灯りが広がってる。 りいなは「わぁ〜、キラキラしてる〜」って言いながら、顔をぺたっと窓にくっつけた。
はるきが隣にいる。 なんか、静かで落ち着く。 ——こういうのって、“デート”って言うんだよね?
「うん、デートだね!」って言ったら、はるきがちょっとびっくりしてた。 ——なんで?ほんとのことなのに。
「…お前、海とも観覧車乗るの?」 って聞かれて、りいなは首をかしげた。
「え?海くんは高いとこ苦手って言ってたから、たぶん乗らないと思う〜」 そう答えたら、はるきがちょっと嬉しそうだった。
——なんか、かわいい。
「でもさ、はるきと乗る観覧車って、“静かで落ち着く”って感じだよね。 海くんと乗ったら、たぶん“うるさくて楽しい”って感じになると思う!」
そう言ったら、はるきが固まった。 ——あれ?なんか変なこと言った?
「…お前さ、そういうの、無自覚で言ってるだろ」 って言われたけど、りいなはキョトンとして、
「え?だってほんとのことだし」 って答えた。
——なんで怒ってるのか、よくわかんない。 でも、はるきがちょっとだけ笑ったから、たぶん大丈夫。
「はるきといると、なんか安心するんだよね」 そう言ったら、はるきが窓の外を見ながら「…俺も」って言った。
——なんか、嬉しい。 天然って言われても、はるきが隣にいてくれるなら、それでいいや。
——はるきside
観覧車を降りると、港町の空気が少し冷たく感じた。 さっきまでの“ふたりだけの空間”が、現実に引き戻される。
りいなが「楽しかったね〜」って言いながら、スニーカーでぴょんと跳ねた。 その無邪気さに、はるきは少しだけ微笑んだ。
——このまま、何も起きなければいいのに。
でも、赤レンガ通りを歩いていると、りいながふと口にした。
「そういえば、さっきすずちゃんが“はるきって最近優しいよね”って言ってたよ〜」
はるきは、足を止めかけた。 ——すず。その名前が出るだけで、心がざわつく。
「…すずが、そんなこと言ってたのか」 声が少しだけ低くなる。
りいなは気づかず、にこにこしてる。 そして、次の瞬間——
「ねえ、はるきって、すずのこと好きなの?」
はるきは、完全に固まった。 港の風が、急に強く吹いた気がした。
「…は?」 それしか言えなかった。
「だって、すずちゃんってかわいいし、はるきと話してるとき、なんか楽しそうだし」 りいなは、悪気ゼロ。天然100%。
——それ、今言う? はるきは、観覧車の中での“静かな幸せ”が一瞬で崩れた気がした。
「…別に、そういうんじゃねえよ」 そう言ったけど、声が少しだけ揺れていた。
りいなが「そっか〜」って言って、またスキップする。 はるきは、その背中を見ながら、心の中で叫んだ。
——お前が、今いちばん“すず”よりかわいいって、気づいてくれ。
——りいなside
観覧車を降りたあと、港町の空気がちょっとひんやりしてて、りいなは「気持ちいい〜」って言いながらスキップした。
はるきが隣にいる。 なんか、今日のはるきは“優しい”って感じがする。
「そういえば、さっきすずちゃんが“はるきって最近優しいよね”って言ってたよ〜」 って言ったら、はるきがちょっとだけ黙った。
——あれ?なんか変なこと言った?
でも、りいなは気にせず、ふと思ったことを口にした。
「ねえ、はるきって、すずのこと好きなの?」
はるきが固まった。 りいなは、ただの疑問だった。 ——だって、すずちゃんってかわいいし、はるきと話してるとき、なんか楽しそうだし。
「…別に、そういうんじゃねえよ」 はるきがそう言ったけど、声がちょっとだけ揺れてた。
——あれ?やっぱり好きなのかな? でも、りいなはそれ以上聞かなかった。
「そっか〜」って言って、またスキップした。 港の風が、髪をふわっと揺らした。
——でも、なんか胸がちょっとだけチクッとした。 それが“嫉妬”っていう感情だって、りいなはまだ知らない。
——はるきside
観覧車を降りて、赤レンガ通りを歩く。 夕暮れの空は、群青とオレンジが混ざり合って、港町の灯りがぽつぽつと灯り始めていた。 風が少し冷たくて、はるきはポケットに手を突っ込んだまま、無言で歩いていた。
隣には、りいな。 袖を引っ張りながら、はるきの歩幅に合わせて歩いている。 その仕草が、なんだか“頼られてる”みたいで、くすぐったかった。
——この距離感、悪くない。 でも、心の奥では少しだけざわついていた。
「…寒くないの?」 はるきがぽつりと聞くと、りいなが「うん、はるきが隣にいるから平気」と答えた。
——それ、反則だろ。 はるきは、顔をそらして、港の方を見た。 観覧車がまだゆっくり回っている。
すれ違う人の中に、手を繋いだカップル。 ふたりとも笑っていて、肩が触れ合っていた。
りいながぽつりと言った。
「…恋人っぽいね、あの人たち」
はるきは、少しだけ黙った。 その言葉が、胸に刺さった。
——俺たちは、そうじゃない。 でも、今日だけは——
「…今日だけは俺らも、そういう感じでもいいかも」
その“かも”に、はるきは自分の全部を込めた。 照れ隠しのようで、でも本音。 りいながどう受け取るか、ちょっとだけ怖かった。
りいなが「うん」と答えた瞬間、袖をもう一度引っ張った。 はるきは、風の音に紛れて、少しだけ笑った。
ふたりの歩幅が、ぴったり重なる。 港の灯りが、ふたりの影を長く伸ばしていた。
「…はるきって、歩くの速いよね」 りいなが言った。
「お前が遅いんだよ」 はるきが返すと、りいなが「えへへ、でも合わせてくれるじゃん」と笑った。
——その笑顔が、今日いちばん甘かった。
はるきは、ポケットの中で手を握りしめた。 “繋ぎたい”なんて、言えるわけない。 でも、袖を引っ張るその感触が、手を繋ぐよりも“特別”に思えた。
「…この通り、好きだな」 はるきが言うと、りいなが「うん、なんか落ち着くよね」って答えた。
——落ち着く。 それは、りいなといるときの“空気”そのものだった。
——りいなside
観覧車を降りたあと、港町の空気が少しひんやりしていて、りいなは「気持ちいい〜」って言いながら袖を引っ張った。 はるきの歩幅に合わせて歩くのは、ちょっとした“遊び”みたいで楽しかった。
隣を歩くはるきは、ポケットに手を突っ込んで、ちょっとだけうつむいてる。 ——なんか、静かで優しい。
「…寒くないの?」 って聞かれて、「うん、はるきが隣にいるから平気」って答えたら、はるきがちょっとだけ顔をそらした。
——照れてる?かわいい。
すれ違うカップルが、手を繋いで笑ってた。 りいなは、ふと思ったことを口にした。
「…恋人っぽいね、あの人たち」
はるきが黙った。 ——あれ?変なこと言ったかな?
でも、少しして、はるきがぽつりと言った。
「…今日だけは俺らも、そういう感じでもいいかも」
その“かも”が、すごく優しくて甘かった。 りいなは、胸がふわっとして、思わず「うん」って答えた。
袖をもう一度引っ張る。 はるきの歩幅に、ちゃんと合わせて歩く。
「…はるきって、歩くの速いよね」 って言ったら、「お前が遅いんだよ」って返された。
「えへへ、でも合わせてくれるじゃん」 その言葉に、はるきがちょっとだけ笑った。
——なんか、嬉しい。 手は繋いでないけど、袖を引っ張るだけで、ちゃんと“繋がってる”気がした。
港の灯りが、ふたりの影を長く伸ばしていた。 りいなは、その影を見ながら、そっと思った。
——“恋人っぽい”って、こういうことなのかもしれない。 でも、まだ“好き”って言葉の意味は、ちゃんとわかってない。
ただ、はるきの隣にいると、心が静かになる。 それだけで、十分だった。
——りいなside
赤レンガ通りを抜けて、ふたりは海沿いのカフェに入った。 古びたレンガ造りの店。ドアベルがちりんと鳴って、港町の空気がふわっと染み込んだ。
「ここ、はるきが選んだの?」 りいなが聞くと、はるきは「…なんとなく。お前に似合うと思ったから」って答えた。
その言葉に、りいなはちょっと照れた。 「え、あたしが?…似合うかな、静かな港町とか」
でも、心の奥では、“見つけてくれた”って思った。 誰にも言われたことのない“似合う”を、はるきがくれた。
ふたりはミルクティーを頼んで、窓際の席に座った。 窓の外には、港と観覧車。 ゆっくり回るその景色が、ふたりの沈黙を包み込んでいた。
言葉は少ない。 でも、沈黙が“あたたかい”って思えるのは、はるきが隣にいるから。
「…今日、来てくれてありがとう」 はるきがカップを見ながら言った。
りいなは、少しだけ目を伏せて「うん、来てよかった」って答えた。
——この時間が、誰にも邪魔されなければいいのに。
カフェの外。 すずは、少し離れた場所からふたりを見ていた。 窓際の席で、はるきがりいなに微笑んでる。
——その笑顔、見たことない。 すずは、スマホを取り出して、シャッターを切った。
「…あのふたり、ほんとに付き合っちゃうのかな」 そうつぶやいて、学年LINEに写真を投稿した。
《港町で、はるきとりいながデートしてるっぽい。かわいすぎて無理》
その瞬間、通知が鳴り止まらなくなった。
学年LINEがざわついた。 「え、マジ?」「港町ってどこ?」「今から行ける?」 りいな推しの男子たち、はるき推しの女子たちが、次々と港町に向かい始めた。
カフェの外が、徐々に騒がしくなっていく。 スマホを片手に、写真を見ながら歩いてくる人たち。
「りいな、今日もかわいすぎる…」 「はるき、ガチで彼氏感出してるじゃん…」 「え、これってもう付き合ってるの?無理、泣く」
りいなは、外のざわめきに気づき始めた。 「…なんか、外が…」 はるきがスマホを見て、顔をしかめた。
「…すずが、写真あげたっぽい。学年LINE、バズってる」
りいなは、顔を真っ赤にした。 「え、うそ…やだ、恥ずかしい…!」
カフェの外には、りいな推しの男子たちが集まり、 「りいな〜!こっち向いて〜!」 「今日の服、似合ってるよ!」 「はるきには渡さねぇぞ!」
一方、はるき推しの女子たちは—— 「はるき〜!その席、私も座りたい〜!」 「りいなちゃん、ちょっとだけ席譲ってくれない?」 「はるき、今日イケすぎてしんどい…」
カフェの中が、まるで“公開デート”みたいになっていく。
はるきは、カップを置いて、静かに立ち上がった。 そして、カフェの外に出て、集まっていたみんなに向かって言った。
「今日だけは、邪魔しないでくれ。俺が誘ったんだ。俺が、りいなと過ごしたくて来たんだ」
その声は、静かだけど、強かった。
「…はるき、かっけぇ」 「りいな、いいなぁ…」 「これは、勝てねぇわ…」
ざわついていた空気が、少しずつ静まっていく。
はるきは、りいなの隣に戻ってきて、何も言わずに座った。 りいなは、はるきの横顔を見ながら、胸がぎゅっとなった。
——“守ってくれた”。それが、すごく嬉しかった。
「…ありがと」 りいなが小さく言うと、はるきは「…別に」と答えた。
でも、ミルクティーを飲むその手が、少しだけ震えていた。
沈黙が戻ってきた。 でも、その沈黙は、さっきよりもっと“あたたかかった”。
カフェの空気が、少し落ち着いた。 はるきは、何事もなかったようにミルクティーを飲んでる。 でも、りいなの心は、さっきからずっとざわざわしていた。
——守ってくれた。 ——みんなの前で、はるきが“あたしを選んだ”って言った。
それは、すごく嬉しかった。 でも、同時に、ちょっとだけ——くすぐったかった。
「…あたしって、守られる側なんだ」 りいなは、カップの中を見つめながら、ぽつりとつぶやいた。
はるきは、少しだけ驚いた顔をして、 「…それ、嫌だった?」って聞いた。
りいなは、すぐには答えられなかった。 嫌じゃない。でも、なんか…違う。
「…すずだったら、守る側だったかもって、ちょっと思った」 その言葉が、ぽろっとこぼれた。
はるきは、少しだけ眉をひそめた。 でも、何も言わなかった。
りいなは、続けた。 「すずって、強いじゃん。あたしが泣いてたら、すぐに笑わせてくれるし。 はるきは…今日、守ってくれたけど、なんか…“守られてる”って思ったら、ちょっと照れた」
はるきは、カップを置いて、静かに言った。 「…俺は、守りたいって思っただけ。りいなが強いのも知ってる。 でも、今日のりいなは、俺が守りたかった」
その言葉に、りいなはまた胸がぎゅっとなった。 でも、今度は——ちょっとだけ、涙が出そうだった。
「…ありがと。でも、次はあたしが守る番ね」 そう言って、りいなは笑った。
はるきは、少しだけ照れて「…期待してる」って答えた。
すずは、まだカフェの外にいた。 ふたりの様子を見ながら、スマホをしまった。
——りいな、守られてた。 ——でも、あの子は、守る側になりたいって思ってる。
すずは、ふと笑った。 「…りいなって、そういう子だもんね」
そして、すずは歩き出した。 港町の風が、すずの髪を揺らした。
——この揺れが、次の物語を連れてくる。
どうだった?りいな。 “守られることへの照れ”と“すずとの対比”が、りいなの揺れを深くしてくれ
——りいなside
カフェを出たあと、港町の空気は少し冷たくなっていた。 夕暮れが深まって、観覧車の灯りがゆっくりと点き始める。
りいなは、はるきの隣を歩きながら、心の中で何度も繰り返していた。 ——次は、あたしが守る番。 はるきがみんなの前で“守ってくれた”から、今度はあたしが“かっこよく”返したい。
でも、何をすれば“守れる”のか、よくわからない。 とりあえず、はるきの荷物を持とうとしてみた。
「ねえ、はるき。そのバッグ、あたしが持つよ!」 りいなが手を伸ばすと、はるきは怪訝な顔で言った。
「…いや、軽いし。別に困ってねえし」
「でも!あたしが守るって決めたから!」 りいなは、ちょっと強引にバッグを引っ張った。
結果——ストラップが外れて、バッグが地面に落ちた。
「…おい」 はるきが呆れた声を出す。
「ご、ごめん!でも、守るつもりだったの!ほんとに!」 りいなは、バッグを拾いながら必死に言い訳する。
はるきは、ため息をついて、でもちょっとだけ笑った。 「…お前、守るっていうか、攻撃してるだろ」
りいなは、顔を真っ赤にして「違うもん!」って言い返した。 でも、心の中では——“空回った…”って思ってた。
すずは、港町のベンチに座って、アイスを食べながらふたりを見ていた。 りいながはるきのバッグを引っ張って、落として、慌てて拾ってる。
「…りいな、がんばってるなぁ」 すずは、笑いながらつぶやいた。
スマホを取り出して、メモ帳に書いた。
《りいな、守るつもりでバッグを落とす。はるき、呆れながらも笑う。青春って、こういうこと。》
すずは、ふたりの距離を見ながら、少しだけ胸がチクッとした。 ——あたしも、守られたいって思ったこと、あったな。
でも、今はそれより—— “あのふたり、ほんとにお似合いすぎて、ちょっと悔しい”。
港の風が、髪を揺らす。 りいなは、バッグを持ったまま、はるきの隣に並んだ。
「…ごめん、空回った」 りいなが言うと、はるきは「…まあ、らしいっちゃらしい」と答えた。
「でも、あたし、本気で守りたかったんだよ」 りいなが言うと、はるきは少しだけ歩幅を緩めて、りいなの歩きやすいペースに合わせた。
「…じゃあ、次は俺が空回る番な」 はるきがぽつりと言った。
りいなは、ちょっと笑って「それ、楽しみにしてる」と答えた。
港町の灯りが、ふたりの影を長く伸ばしていた。 空回りでも、守りたいって思えることが、きっと“好き”の始まり。
——「守る」って言われて、なんか…くすぐったい
カフェを出たあと、港町の空気は少し冷たくて、でも心地よかった。 潮の匂いと、遠くで鳴る船の汽笛。 観覧車がゆっくりと回り始めて、空はオレンジから群青に染まりかけていた。
隣を歩くりいなは、なんだか妙に張り切ってる。 さっきのカフェで、みんなの前で俺が“守った”ことを気にしてるらしい。
「ねえ、はるき。そのバッグ、あたしが持つよ!」 急に言われて、思わず立ち止まった。
「は?…いや、軽いし。別に困ってねえし」 そう返したけど、りいなは真剣な顔で言ってくる。
「でも!あたしが守る番だから!」 その言葉に、ちょっとだけ胸がくすぐったくなった。
——守る番? 何それ。意味わかんねえ。 でも、なんか…嫌じゃない。
りいながバッグを引っ張って、ストラップが外れて、地面に落ちた。 「…おい」って言いながら、呆れてるふりをしたけど、内心では笑いそうだった。
「ご、ごめん!でも、守るつもりだったの!ほんとに!」 慌てて拾うりいなを見て、俺はため息をついた。
「…お前、守るっていうか、攻撃してるだろ」 そう言ったら、りいなが顔を真っ赤にして「違うもん!」って言い返してきた。
——ほんと、ずるい。 その顔、見せられたら、怒る気なんてなくなる。
港の風が吹いて、ふたりの間に少しだけ沈黙が流れた。 でも、なんか…悪くない。
「…ごめん、空回った」 りいながぽつりと言う。
俺は、歩幅を緩めて、りいなのペースに合わせた。 「…まあ、らしいっちゃらしい」
「でも、あたし、本気で守りたかったんだよ」 その言葉に、ちょっとだけ胸が熱くなった。
——守りたいって、言われるのって、こんなに照れくさいのか。 でも、なんか…嬉しい。
「…じゃあ、次は俺が空回る番な」 そう言ったら、りいなが「それ、楽しみにしてる」って笑った。
その笑顔が、港町の灯りよりも眩しくて、 俺は思わず、前を向いたまま、黙って歩いた。
——守るとか、守られるとか、よくわかんねえけど。 でも、りいなと一緒にいると、そういうのが自然に出てくる。
なんか、ずるい。 でも、ずっとこのままでもいいって、思ってしまった。
りいなは、天然で、空回ってて、でも真っ直ぐで。 俺が何も言わなくても、勝手に動いて、勝手に笑って、勝手に守ろうとしてくる。
それが、ちょっとだけ—— “俺のため”って思うと、胸がぎゅってなる。
守られるのって、苦手だった。 誰かに頼るのも、甘えるのも、恥ずかしくて。
でも、りいなになら、ちょっとくらい甘えてもいいかもって思った。 空回っても、笑ってくれるし。 失敗しても、真剣に謝ってくれるし。
——俺も、守りたい。 でも、守られるのも、悪くない。
港町の風が、ふたりの距離を少しだけ近づけてくれた気がした。
「次は俺が空回る番な」 そう言ったのは、夕暮れの観覧車の中だった。 りいなが「え〜?楽しみにしてるね」と笑ったその顔が、まぶしすぎて、はるきは目をそらした。
——空回るって、どうすればいいんだよ。 甘えるって、何をすれば“それっぽい”んだよ。
観覧車を降りてから、ふたりは港沿いの遊歩道を歩いていた。 夜風が少し冷たくて、りいなが「寒いね〜」と袖を引っ張ってくる。 その仕草が、なんか…かわいすぎて、余計に焦る。
はるきは、ポケットに手を突っ込んだまま、黙って歩いていた。 りいなが「ねえ、はるき〜」と話しかけてくるたびに、心臓が跳ねる。
——今だ。甘えるなら、今しかない。 でも、言葉が出てこない。
「…なあ、りいな」 はるきは、ちょっと声を低くして言った。
「ん?」 りいなが振り向く。その顔が、無防備すぎて、心臓が跳ねる。
「…手、冷たいんだけど」 はるきは、ポケットに突っ込んだ手を見せながら言った。
——それ、甘えのつもりだった。 “繋いでほしい”って、言えないから、遠回しに言った。
でも、りいなは「え、じゃあカイロ買う?」って言って、コンビニの方向を指差した。
「…いや、そうじゃなくて」 はるきは、顔をそむけた。
「じゃあ、手袋貸そうか?」 りいながバッグをゴソゴソし始める。
「…違うって」 はるきは、もう顔が真っ赤だった。
——“繋ぎたい”って言えよ、俺。 なんでこんなに回りくどいんだよ。
「…もういい。寒くねえし」 はるきは、ポケットに手を戻して、歩き出した。
りいなが「え〜?なんか怒った?」って言いながら追いかけてくる。
「怒ってねえよ」 でも、声がちょっとだけ尖ってた。
りいなは、はるきの背中を見ながら、ちょっとだけ笑った。 ——あ、これ、甘えようとしてるやつだ。 不器用すぎて、逆にわかりやすい。
りいなは、後ろからそっと袖を引っ張った。
「ねえ、はるき。手、冷たいんでしょ?」 そう言ったら、はるきが立ち止まった。
「…うるせえ」 って言いながら、ポケットから手を出して、りいなの手にそっと触れた。
——繋いだわけじゃない。 でも、触れただけで、なんか“甘え”が伝わってきた。
りいなは、何も言わずにその手を包み込んだ。
「…あったかいね」 そう言ったら、はるきが「…お前のせいだろ」って、ちょっとだけ笑った。
ふたりは、手を繋ぐでもなく、でも離れずに歩いた。 港町の灯りが、ふたりの影をゆっくり揺らしていた。
「…なあ、りいな」 はるきがぽつりと呟いた。
「ん?」
「…俺、甘えるの下手すぎるよな」 はるきは、ちょっとだけ笑って言った。
「うん、でもかわいい」 りいなが即答した。
「…は?」 はるきが立ち止まる。
「だって、手冷たいって言って、照れて逃げるとか、かわいすぎでしょ」 りいなが笑いながら言う。
「…うるせえ」 はるきは、また顔をそむけた。
でも、次の瞬間、りいながそっと手を差し出した。
「じゃあ、次はちゃんと繋いでみる?」 その言葉に、はるきは一瞬固まった。
——“次”があるって、なんか嬉しい。
「…お前、ずるいな」 そう言いながら、はるきはその手を握った。
港町の夜風はまだ冷たいけど、ふたりの手はあたたかかった。 甘えるって、きっと“頼る”ことじゃなくて、“信じる”ことなんだ。
はるきは、りいなの手を握りながら、少しだけ前を向いた。
——次は、もっとちゃんと甘えられるかもしれない。 照れずに、逃げずに。
りいなは、そんなはるきの横顔を見ながら、そっと呟いた。
「…はるきって、ほんと不器用だね」 「…お前が器用すぎんだよ」 「え〜?私、天然だよ?」 「それが器用なんだよ」 「意味わかんない〜」 「俺もわかんねえよ」
ふたりの会話は、夜の港町に溶けていった。
昼休み。昇降口の前。 りいなとはるきが並んで歩いているだけで、空気がざわついた。
「昨日の港町、マジで映画だった」 「はるき、手繋いでたってほんと?」 「りいな、守られてたのエモすぎる…!」
スマホの画面には、昨日のふたりの姿。 港町の夕暮れ、並んで歩く後ろ姿。 はるきがりいなをかばうように立っていた瞬間。 その一枚一枚が、まるで“推しカプ”の聖地巡礼みたいに拡散されていた。
りいな推しの男子たち、はるき推しの女子たちが、ふたりを囲むように集まってくる。
「りいな〜!今日もかわいい!」 「はるき〜!次のデートはいつ!?」
ふたりは、顔を見合わせて、ちょっとだけ苦笑い。 昨日の余韻が、こんな形で広がるなんて——。
りいなの心の中には、昨日の港町の風がまだ残っていた。 静かで、穏やかで、でもどこか切なくて。 はるきの隣にいた時間が、まるで夢みたいだった。
はるきは、ポケットに手を突っ込んだまま、無言で立っていた。 周囲のざわめきが、少しずつ彼の表情を曇らせていく。
そのとき——
「おい、ちょっと通して」 海が人混みをかき分けて現れた。
「りいな、こっち来い。話ある」 そう言って、りいなの手を引いた。
同時に、すずも現れて、はるきの腕を軽く引っ張る。
「はるき、逃げる気?ダメだよ。話し合いしよ」 その声は、柔らかいけど、強かった。
ざわめきの中、四人は昇降口を抜けて、校舎裏へと向かった。
放課後。 校舎裏の静かな場所に、四人が集まった。 夕方の光が、校舎の壁を淡く染めている。
誰も口を開かないまま、しばらく沈黙が続いた。 風が吹いて、落ち葉が舞う。 その音だけが、空気を埋めていた。
海は、壁にもたれながら言った。 「昨日のデート、見たよ。LINEも写真も、全部回ってきた」
すずは、はるきを見ながら言った。 「はるき、あんなに堂々と“守る”って言うの、ちょっとびっくりした」
はるきは、少しだけ目を伏せた。 「…あいつが困ってたから、ただそれだけ」
りいなは、海の方を見て言った。 「海くん、怒ってる?」
海は、少し笑って言った。 「怒ってないよ。むしろ、はるきが本気出してきたから、俺も燃えてる」
すずが、りいなに向き直る。 「りいなは、どうだったの?昨日のデート」
りいなは、少し考えてから言った。 「楽しかった。静かで、落ち着いてて。はるきが隣にいるだけで、安心した」
その言葉に、はるきは少しだけ顔を上げた。 その目は、どこか照れくさそうで、でも嬉しそうだった。
海は、笑いながら言った。 「そっか。じゃあ、俺の番も楽しみにしといて。次は、もっと騒がしくて、笑えるやつにするから」
すずは、ふたりを見ながら、ぽつりと言った。 「勝負って言ってるけど、なんか…みんな、りいなのこと、ほんとに好きなんだね」
はるきは、すずの言葉に少しだけ反応した。 「…お前も、そうなんじゃねえの?」
すずは、目をそらして「さあ、どうだろ」と笑った。 その笑顔は、少しだけ寂しそうだった。
りいなは、四人の空気を感じながら、そっと言った。
「…勝負って言うけど、あたしは、誰かに“選ばれる”より、“隣にいてくれる人”がいいなって思った」
その言葉に、海もすずも、はるきも黙った。 港町の風が、校舎裏にも届いた気がした。
海の心の中には、昨日の夜のモヤモヤがまだ残っていた。 はるきがりいなを守る姿。 りいながはるきに微笑む瞬間。 それを見て、自分の中にあった“余裕”が崩れた気がした。
「俺は、もっと騒がしくて、笑えるやつにする」 そう言ったのは、強がりだった。 本当は、りいなの“安心した”って言葉が、少しだけ羨ましかった。
すずは、はるきの隣に立つりいなを見て、胸がざわついた。 自分が“選ばれる側”じゃないことに、うすうす気づいていた。 でも、それでも—— 「さあ、どうだろ」って言ったのは、まだ諦めたくなかったから。
はるきは、りいなの言葉に、心が揺れた。 “隣にいてくれる人”—— それが自分であってほしいと、願ってしまった。 でも、海もすずも、りいなにとって大切な存在だ。 だから、簡単に“勝った”なんて思えなかった。
りいなは、三人の視線を感じながら、自分の心を整理しようとしていた。 昨日の港町。 はるきの隣で感じた安心感。 でも、それだけじゃない。 海の明るさや、すずの優しさも、りいなにとっては大切だった。
“選ばれる”って、なんだろう。 “好き”って、どういうことだろう。 その答えは、まだ見つかっていなかった。
沈黙が続いたあと、海がぽつりと言った。 「次の土曜、遊園地行こう。りいなと、俺と、すずと——はるきも来る?」
はるきは、少しだけ驚いた顔をした。 「…いいのか?」
海は、笑って言った。 「勝負って言っただろ。だったら、同じ舞台でやろうぜ」
すずも、うなずいた。 「遊園地、いいね。騒がしくて、笑えるやつ」
りいなは、三人を見て、少しだけ笑った。 「うん、行きたい。みんなで」
その笑顔は、昨日の港町とは違う。 少しだけ強くて、少しだけ揺れていて。 でも、確かに“今”を生きている笑顔だった。
四人は、校舎裏を後にして、昇降口へと戻っていった。 夕暮れの光が、彼らの背中を優しく照らしていた。
昇降口を出たあと、四人は自然と別々の方向へ歩き出す。 でも、どこかでまた交差するような、そんな予感が漂っていた。
りいなは、スマホを見ながら歩いていた。港町の写真がまだ画面に残っている。はるきの隣で笑っていた自分。 でも、今日の校舎裏での会話が、心の中に新しい風を吹き込んでいた。 「…遊園地、楽しみだな」 そうつぶやいた声は、少しだけ弾んでいた。
はるきは、ポケットに手を突っ込んだまま、ゆっくりと歩いていた。 りいなの「隣にいてくれる人がいい」という言葉が、ずっと頭の中で響いている。 「俺は…隣にいられるかな」 その問いに、まだ答えは出せなかった。
海は、友達に囲まれながらも、どこか上の空だった。 「騒がしくて、笑えるやつ」——それが自分の武器だと思っていた。 でも、りいなの“安心”という感情に触れた今、何かが変わり始めていた。 「俺も…本気出すか」 その言葉は、誰にも聞こえないように、風に紛れて消えていった。
すずは、ひとりで帰る道を選んだ。 はるきの隣に立つりいなを見たときの、胸のざわめき。 それでも、まだ諦めたくない。 「さあ、どうだろ」——その言葉の裏にある本音を、いつか伝えられるだろうか。
放課後の空気は、昨日の港町とは違うけれど、どこか似ている。 昇降口を出たあと、四人は自然と二手に分かれる。
りいなとすずは、文房具屋に寄り道。 手紙を書くための便箋を選びながら、すずがぽつりと言う。 「りいなってさ、誰かに“好き”って言われるより、誰かに“見つけてもらう”方が嬉しいタイプでしょ」 りいなは、ちょっと驚いて、でも否定しない。 「…うん。なんか、“わかってくれた”って感じがするから」 すずは、便箋を一枚選んで、りいなに渡す。 「じゃあ、これ。誰かに“見つけてもらう”ための手紙、書いてみなよ」
はるきと海は、コンビニの前で缶ジュースを飲みながら、無言の時間。 海が先に口を開く。 「お前、昨日の港町で、なんか変わったよな」 はるきは、缶を見つめながら言う。 「…変わったっていうか、気づいた。隣にいるって、簡単じゃない」 海は、少し笑って言う。 「だろ?だから俺は、隣にいるために、ふざけるんだよ」 はるきは、海の言葉に少しだけ笑って、「…それ、ずるいな」と返す。
次の日の昼休み。 りいなの机の中に、小さな折り紙が入っていた。 開くと、そこには一言だけ。
「“隣にいる”って、どういうことだと思う?」 ーーすず
りいなは、授業中にこっそり返事を書く。
「“隣にいる”って、たぶん、“見てくれてる”ってことかな」 ーーりいな
そのやりとりは、誰にも見られないように、折り紙の中で続いていく。 すずとの距離が、少しずつ近づいていくような、でもまだ曖昧なまま。
昼休み、りいながすずと笑い合っているのを、はるきは遠くから見ていた。 その笑顔が、自分の隣にあったものと同じなのか、違うのか——わからなくなる。
海は、りいなに話しかけようとして、タイミングを逃す。 「…なんで、こんなに気になるんだよ」 自分の“余裕”が、どんどん崩れていくのを感じていた。
すずが、りいなを図書室に誘う。 「ちょっと、静かなとこで話したい」 ふたりは、窓際の席に座る。
すずが言う。 「りいなってさ、誰かに“選ばれる”より、“誰かを選びたい”って思ってるでしょ」 りいなは、少し考えてから言う。 「…うん。でも、選ぶって、怖いよ。誰かを傷つけるかもしれないし」 すずは、優しく言う。 「でも、誰かの“隣”にいるって、そういうことじゃない?」 その言葉に、りいなは黙ってうなずいた。
その夜、りいなのスマホに、はるきからメッセージが届く。
「今日、すずと楽しそうだったな」 「…俺、隣にいるって、まだよくわかんねえけど」 「でも、りいなが笑ってるなら、それでいいや」
りいなは、画面を見つめながら、返信を打つ。
「はるきが隣にいてくれた昨日、すごく安心したよ」 「でも、今は…すずと話すのも、海とふざけるのも、全部大事なの」 「ごめんね。まだ、答えは出せない」
次の日の朝。 海は、昇降口でりいなに声をかける。
「今度の土曜、遊園地って言ったけど——その前に、ちょっとだけ時間くれない?」 りいなは、驚いた顔をする。 「え?」 海は、笑って言う。 「“騒がしくて笑えるやつ”の前に、“静かで真面目なやつ”もやってみたくなった」
その様子を見ていたすずは、心の中で決意する。 「負けたくない。りいなの隣に立ちたい」 でも、その“隣”がどういう意味なのか、まだ自分でもわかっていなかった。
りいなは、三人の気持ちを感じながら、少しずつ自分の心を整理していく。 “選ばれる”こと、“選ぶ”こと。 “隣にいる”こと、“見てくれている”こと。 その全部が、今の自分にとって大切で、まだ答えは出せない。
でも、ひとつだけわかっていることがある。
——この“揺れ”こそが、青春の真ん中にあるものだってこと。
昼休み。教室のざわめきは、いつも通りのようで、昨日の港町の余韻を含んでいた。 りいなは、窓際の席でお弁当を広げる。手作りの卵焼きが、少しだけ甘すぎた。
「りいな〜、今日のおかずなに?」 すずが隣の席から身を乗り出してくる。 「え、見せるけど交換はしないよ?」 りいなが笑いながら弁当箱を傾けると、すずは「卵焼き、絶対甘いやつでしょ」と指摘する。
「うちの味だからね。文句は受け付けません」 そう言って、りいなが一口食べると、海が前の席から割り箸を持って割り込んでくる。 「俺にも一口!友情って、分け合うことだろ?」 「友情って、押し売りするものだっけ?」 すずがツッコむと、海は「俺の愛はいつも全力だから」と笑う。
はるきは、後ろの席でスマホを見ていたが、ふと顔を上げて言う。 「お前、毎日それ言ってんな」 その声は、静かだけど、どこか優しい。
教室の空気は、ざわざわしてる。 でも、りいなの心の中には、昨日の校舎裏の言葉がまだ残っていた。
“隣にいてくれる人がいいなって思った”
その言葉が、教室のざわめきの中で、静かに響いていた。 誰かが隣にいること。誰かが見てくれていること。 それが、こんなにも心を揺らすなんて、思ってもみなかった。
放課後。四人は、なんとなく一緒にコンビニへ向かう。 部活もない日。宿題もまだ手をつけていない。 そんな“余白”の時間が、りいなは好きだった。
アイスを買って、店の前の縁石に並んで座る。 海がチョコミントを選んで、得意げに言う。 「俺、チョコミント派なんだけど、これって少数派?」 すずが即答する。 「歯磨き粉じゃん」 「それ、偏見だって。俺の舌は繊細なんだよ」 「繊細な人は、チョコミント選ばないと思うけど」 りいなが笑いながら言うと、海は「じゃあ、俺は繊細なフリしてるだけかも」と肩をすくめる。
はるきは、バニラを選んでいた。 「…俺はバニラ。無難が一番」 その言葉に、りいなは少しだけ引っかかる。
“無難”って、安心?それとも、逃げ?
はるきの“無難”は、りいなにとって“優しさ”にも見えたし、“距離”にも感じられた。 その曖昧さが、今のりいなには心地よくもあり、もどかしくもあった。
「ちょっとだけ静かなとこ行かない?」 すずがそう言って、りいなを図書室に誘った。 教室のざわめきから離れて、ふたりは窓際の席に座る。
すずは、詩集を開いて、ページをめくりながら言う。 「“隣にいる”って、言葉にすると簡単だけど、実際は難しいよね」 りいなは、少し考えてから答える。 「うん。隣にいるだけじゃ、見てくれてるとは限らないし」 「でも、見てくれてる人って、意外と近くにいるかもよ」 すずの言葉に、りいなは少しだけ目を伏せる。
「…それって、すずのこと?」 すずは、照れたように笑って「さあ、どうだろ」と言った。 その笑顔は、昨日の校舎裏とは違って、少しだけ柔らかかった。 りいなは、その笑顔を見て、胸が少しだけざわついた。
体育の時間。バスケのチーム分けで、りいなと海が同じチームになる。 はるきとすずは別チーム。
海は、りいなにパスを出すたびに「ナイス!」と声をかける。 りいなは、ちょっと照れながらも笑顔で応える。 その笑顔が、自然に出るようになっていた。
はるきは、遠くからその様子を見ていて、無意識に眉をひそめる。 すずは、はるきの表情に気づいて、少しだけ胸がざわつく。
試合が終わったあと、海が「りいな、運動神経いいじゃん!」と褒める。 りいなは「海くんのパスがよかったからだよ」と返す。 そのやりとりに、はるきは何も言わず、タオルで顔を拭いていた。
その沈黙が、りいなには少しだけ重く感じられた。
四人のグループチャット。 海が「今日のバスケ、俺たちの勝ち〜!」と送る。 すずが「はるき、悔しそうだったね笑」と返す。 りいなが「楽しかった!またやりたいな」と送る。
はるきは、既読をつけたまま、何も返さない。 その沈黙が、りいなには少しだけ気になった。
スマホの画面を見つめながら、りいなは考える。
“はるきは、何を思ってるんだろう” “あの沈黙は、何を伝えようとしてるんだろう”
でも、答えは出ないまま、画面は暗くなった。
次の日の朝。昇降口で、りいながはるきに声をかける。
「昨日、チャット返してなかったね」 はるきは、少しだけ驚いた顔をして言う。 「…なんか、返すタイミング逃した」 「そっか。別にいいけど、ちょっと心配した」 「…ごめん」 その言葉に、りいなは「ううん、気にしてないよ」と笑った。
でも、その笑顔は、昨日の港町のものとは違っていた。 少しだけ、揺れていた。
りいなは、教室のざわめきの中で、少しずつ自分の気持ちを整理していく。 海の明るさ、すずの優しさ、はるきの静かな強さ。 どれも大切で、どれも“隣”にいてほしい存在。
でも、“選ぶ”ってことは、誰かを“選ばない”ってことでもある。 その怖さを、りいなは少しずつ感じ始めていた。
“選ばない青春” “揺れ
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