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9 - 第9話 第4章 寝癖(2)side 藤井香澄

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2025年07月04日

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会議が終わると、一気に室内は騒がしくなる。誰かが椅子を引く音。紙をまとめる音。

プロジェクターの電源が切れて、壁の色が少しずつ元に戻っていく。


自分も資料を胸に抱えて立ち上がる。

近くにいた先輩社員に軽く会釈して、部屋を出ようとしたときだった。


「──あ、藤井さん」


呼び止めるような声。


振り返ると、やっぱり岡崎だった。

数歩だけ近づいてくる。さっきの会議の調子とは少し違って、少しだけくだけた声。


「資料、こっちでまとめ直すって言ってたやつ。後でPDF送るから、社内でも回しやすいと思うよ」


「あ…ありがとうございます。すごい、助かります」


素直にそう言ったあと、ほんの少し沈黙が落ちる。


岡崎が目をそらすように腕にかかった時計をちらりと見て、それから何気なく言った。


「いや〜、今日の会議、重かったっすね。ちょっと、三時間あのテンションは腹減る」


「……ですね。お昼、ちょっとしか食べてないですし」


「でしょ? 俺なんて朝、ゼリーしか食ってないもん。腹減りすぎて死にそう」


「ええ… ゼリーって」


わははとそこで笑う目の前の男。


「ストイックに見せて、ただの寝坊です。いんや〜久しぶりにやらかした。猛ダッシュで来て余裕で間に合うじゃんと思ったら、ここエレベーター点検してるし最後の気力で鬼の階段ダッシュよ。しかもなんか会議終わった途端点検終わってるし。俺、日頃の行いが悪いのか?何かの罰でもあたったんでしょうか。疲れたわ、もう」


鬼の階段ダッシュ。何かの罰。

つい笑ってしまった。


岡崎もふっと目を細める。


「藤井さん、あれだな。笑うとけっこういいね、優しそう」


その一言に、反応に迷う。思わぬところで胸の真ん中がぎゅっとなってしまった。


「…やさし…普段はどうなんですか」


平然を取り繕って言う。少し拗ねたような声も出てしまったけれど。


「いや、ちょっと厳しそうで、真面目すぎるんかなって勝手に。今日も資料、誰よりきっちり読んでたでしょ?」


「それは……そうしないと、って思ってただけです」


「うん。でも、そういうの、ちゃんと伝わってると思う。俺も見てて思ったもん」


さらっとした言い方だったけど、どこか嘘くさくなかった。

ただの軽口とも、社交辞令とも、違う響き。


だから逆に、何も言い返せなかった。


返事に困っていたら隣から


ぐぅうう。


とお腹の音。


目があって2人して笑う。


「…やばい。俺はもう腹減って死にそうなんで、時間ないし急いで飯、食ってきます。また来週、よろしくお願いします」


両端に笑みを浮かべ、そう言った岡崎は、もう一度腕時計を確認し、背中を向け、早足で部屋から出ていく。やっぱり寝癖なのか跳ねた後ろ髪も一緒にぴょこぴょこ動く。


その後ろ姿をぼんやり見つめる。


点検が終わったらしいエレベーターの閉まる音が、背後でくぐもって響く。


「……優しそう、か」


つぶやいた声は、自分のものじゃないみたいだった。

美人だとか可愛いとかは散々言われ慣れていた。

でも、それは表面の話だ。中身を見て、そう言ってくれる人は──あまり、いなかった気がする。


軽く頭を振って、資料を胸に抱え直す。

歩き出した足取りが、さっきよりわずかに軽いような気がした。


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