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言ったあと、知樹さんは尊さんを見つめて語りかけた。
「僕は起こった不幸な出来事を、関わった人ごと憎むのではなく、一つ一つパーツ分けして考えるようにしています。すべてを大雑把に憎んでしまえば、凜の場合、東京が悪い、篠宮ホールディングスが悪い、男が悪い……という感じになってしまいます。意外と世の中、そういう風に捉えてしまっている人は多いんです。『不祥事を起こしたから、あの会社の商品は全部買わない』『性被害を受けたから男は全員敵』『仕事ができる人は枕営業をしているに違いない』とか。……とても極端な考え方ですが、残念ながらこう考える人は一定数います」
「……そうですね」
尊さんも心当たりがあるのか、神妙な面持ちで頷く。
「僕は〝考える人〟でありたいと願っています。『なぜそのような出来事が起こったのか』と考えたい。加害した人に同情する必要はありませんが、できるだけ細かく事件の背景を考えるようにするんです。そうしたら偏見を持たずに〝誰が、何が〟悪いかを見極められると思います」
知樹さんはそう言ったあと、少し照れくさそうに笑う。
「僕はずっと広島にいるので、凜の話を聞いたあと、一瞬だけ『これだから東京は……』という感情を抱いてしまいました。でもそれはただの偏見です。彼女の話を冷静に聞いて、誰が悪いのかを理解したあとは、……最初の話に戻りますが、速水さんを憎む必要はないと判断しました」
尊さんは視線を伏せ、小さく頷く。
「先ほども言った、子供たちの『みんなが嫌ってるから自分も嫌う』でいじめをしてしまう構図は、いま説明した感情にも結びついていると思います。明確な理由がなく『ただ何となく嫌う』という考えでは、人生で大切なものを沢山取りこぼしていくでしょう。僕も人間ですから、感情的になってしまう時はあります。……でもなるべく、あとになってからでもいいから冷静に考え、選択を修正できるならなるべく正しく生きていきたいんです」
知樹さんの話が一区切りついたと悟ってか、宮本さんは小さく笑った。
「この人、真面目でしょう? でもそういう所が好きなんだ。丁寧に物事を説明するから、話が長くなるけど、それでも頭ごなしに命令せず、きちんと理由を教えてくれる。……だから、たまに喧嘩もするけど、大体カッとなった私が悪いってパターンが多い」
「素敵なご夫婦ですね」
私が褒めると、お二人は嬉しそうに笑った。
「まぁ、そんな訳で、僕は上村さんがさっき言ったように、繋がった縁を無理に切る必要はないと思います。積極的に関わっていくかはまた考えるとして、凜が速水さんと関わる事で体調を崩すなどがなければ、問題ないと思っています。勿論、そうなる事があれば適宜対処し、最悪の場合は年賀状のやり取りも辞退する事もあるかと思いますが」
「はい、承知しています」
尊さんは真面目な表情で頷く。
「……尊さんはどう思ってるんですか? 言いづらいと思うけど、本音を教えてください」
私が尋ねると、彼はチラッと夏目さん夫婦を気にしてから、少しずつ語っていった。
「前置きとして、今の宮本には一切恋愛感情はないと思って聞いてほしいです」
それを聞き、お二人は頷く。
「俺が彼女がいなくなってから、『元気でやっているかな』とずっと思ってきた。継母の仕業だと分かっても、何をされたまでかは知らなかったから、パワハラ的なものを受けたのだと思っていた。……宮本と出会う前に関わった女性たちも、全員継母によって、脅されたり、金品をチラつかされて遠ざけられたから、……失礼ながら、その時も〝同じ〟だと思ってしまったんだ」
尊さんの話を聞き、宮本さんは切なげに笑う。
「その話はチラッと聞いていたし、『裏切られた』って思わせただろうね。ごめん」
彼女の言葉を聞いた尊さんは、首を横に振る。
「今度こそは信じられる人だと思っていたから、余程の理由があるんだと思っていた。……それから十年、俺は〝理由〟を知らずに生きてきた。だから宮本がどこかでもう傷付かず、誰かと幸せになってくれていたら、それでいいと祈り続けてきた」
尊さんは静かに息を吐き、続きを話す。
「もう会えると思っていなかったし、許されるとも思っていなかった。……だからあの手紙を見て安堵し、……朱里に勇気をもらって連絡をした。……手紙ではとても気丈に振る舞っていたけど、俺を責めず、なるべく冷静な文章を書くのにとても苦労しただろうと思う。……広島で会えたら謝って……、正直、そのあとの事は考えられていなかった。……やっと幸せを掴めた宮本が俺とまた関わりたいと思うとは考えられなかったし、さっき提案された通り、今回限りと思っていたんだ」
私はコクンと頷き、テーブルの上にあった尊さんの手を握った。
「でも〝これから〟を考えてもいいと思いますよ」
「……そうだな。……多分、俺も宮本も今回会ったあとの事は考えていなかった。俺には朱里がいて、宮本にはご家族がいるなら、これ以上関わるべきじゃないと無意識で決めつけていた。……まさか、許されるとは思っていなかったから」
向かいに座っている宮本さんを見ると、尊さんと同じ表情をしていた。
閉ざされていたと思っていた門の鍵が実は開いていると知り、戸惑いながらも喜び、けれど、どうしたらいいか分からずにいる顔だ。
その時、知樹さんが言った。