◆試合会場 ――気づかれない恋心
体育館は熱気と歓声で揺れている。
「キャー!及川くーん!!」
「今日もかっこいい〜!!」
周囲の黄色い声に、🌸はぎゅっとペットボトルを握りしめた。
(…わかってる。人気者なの知ってるけど…
ちょっとだけ…悔しい)
ベンチに戻るたび見せるドヤ顔も、
一球への執念も、
全部、誰より近くで知ってるのに。
でも、及川はまだ、彼女が来ていることに気づいていない。
試合は終盤。
相手の強烈なスパイクがコート後方へ。
「透っ!!無理すんな!!」
岩泉の声が飛ぶ。
しかし及川は走り出した。
諦める気なんて、最初からない。
ギリギリでボールに触れ――
そのまま勢い余って観客席へ突っ込んできた。
🌸「っ…透!!」
響いた悲鳴。
及川はすぐ起き上がるけれど、
足をかばう仕草に胸が締め付けられる。
(どうして…そんな無茶するの…)
ボールを失った悔しさで眉を寄せる彼の背中。
それでも歯を食いしばって試合に戻っていく。
🌸はただ祈ることしかできなかった。
⸻
◆試合後 ――見つけたくて仕方なかった
そのまま笛が鳴った。
勝利したのに、🌸の顔に笑顔はなくて。
片付けの最中、岩泉が囁く。
「透、お前の彼女来てたぞ。
泣きそうな顔でずっと見てた」
「えっ――?」
瞬きした次の瞬間には、
及川はバッグを掴んで駆け出していた。
「どこ…どこなの…🌸…!」
出口付近で、
小さく俯く見慣れた後ろ姿を見つける。
「――🌸?」
振り向いた彼女の目は潤んでいた。
「どうして言ってくれなかったの?
来てくれてたなら…もっと…」
無邪気に笑おうとするけど、
彼女の表情が沈んでいることにすぐ気づいた。
「ねぇ、どうしたの?」
話をそらそうとする彼女。
でも、及川は手首をそっと掴んで離さない。
「俺、今日かっこ悪かった?」
首を振る🌸。
かえって涙が滲む。
「…無茶して倒れたとき、すごく…怖かった。
人気者の透はみんなのものみたいで…
私なんかが心配しても…って…」
震えた声は、やっと出た本音。
及川は一呼吸置いて、
彼女の頭に手を伸ばした。
ぽんぽん、と優しく。
「バカ。
俺が、誰のために頑張ってると思ってるの?」
潤んだ瞳を真っ直ぐ覗き込む。
「俺が欲しい声は、
🌸の心配と、応援と、笑顔だけ」
彼女の手を自分の胸元に引き寄せる。
「無茶したのは…
守りたかったからなんだよ。勝ちたかったから。
でも…そんな心配させたなら、反省」
言ってから、犬みたいに困った顔。
「ごめんね。
怖かったよね?」
その一言で、彼女の涙が一粒落ちた。
「泣かないの。
泣かれたら…俺、抱きしめたくなる…」
言ったそばから、
ぎゅうっと腕を回してしまうチョロさ。
「人気なんて知らない。
俺が欲しいのは、🌸だけ」
頬に触れた指先は、
さっきより少し震えていた。
夕方の風が少し冷たくて、
体育館の熱気が遠くに感じる帰り道。
並んで歩くふたりの影がひとつに重なったとき、
及川はそっと手を伸ばした。
指先が触れ合う。
触れただけで胸が跳ねる。
「…ほら。
離したら怒るからね?」
強引なくせに、照れ隠しの声。
指を絡めたら、ぎゅっと力が少し強くなる。
🌸「透、足…大丈夫?」
「んー?大丈夫じゃないかも。
だから、手ぇ握ってて?」
子犬みたいな甘え方をしながら、
ちょっと得意げ。
「…試合のときさ。
🌸の声、聞こえた気したんだよね」
「え、言ってないよ…声」
「うん。でも…
俺を見てくれてる気がしてた」
普段なら冗談混じりに言うのに、
今日の彼は真剣だ。
「俺、人気とかいらない。
“及川徹の彼女”って言われるほうが嬉しい」
胸の奥が熱くなるような言葉。
だけど次の瞬間、
いつもの彼が戻ってくる。
「だからさ?
嫉妬して泣きそうになったなんて、
可愛すぎてずるくない?」
🌸「言わないで…恥ずかしい…」
「やだ。ずっと言う。
だって俺のことそんなに好きなんだ~?」
にやっと意地悪く笑いながら、
袖を引いて彼女の顔を覗き込む。
「なあ、次はちゃんと言ってよ?
“応援してる”って」
「言うよ…当たり前でしょ」
「そっか。
じゃあ約束のちゅーは帰ってからにしよ」
「えっ、そんな約束…」
「今した。はい成立。
期待してていいよ?」
行き交う人のいない静かな道で、
手だけ繋いだまま歩くだけなのに――
鼓動が苦しいくらい響く。
「今日、来てくれてありがとう。
俺、もっと強くなるから。
ちゃんと、自慢できる彼氏になる」
青い空が少しずつ夜に変わる。
高校生なりの誓いが、手の中で結ばれていた。
コメント
1件
え、好き愛してる♡ マッジで好きすぎるのだが?