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一週間後とうとう紗理奈はもがいてもがいて、貴重な時間を無駄にした後、運命を受け入れた
このまま順調に執筆が進んでいるフリをするのも、もう限界だ
紗理奈は腹をくくった
締め切り日はもうあと5日もない、今日にでも彼からの電話がかかってくるだろう
数章だけでは満足せず、全編を見せろと言ってくるはず、もしくは最終回はどうなるかだけでも、教えて欲しいと・・・・
タイトルすら思いついていない、紗理奈が書いていると信じている、新作が金になるかどうかジャッジするために
今日こそは真実を白状するタイムミリットだ
書き終えていないどころか、書き始めてもいないことを白状するしかない
電話ではなく直接出版局に出向いて彼に謝ろう
編集局では自分は「水谷女史」とささやかながら、尊敬の念を受けている、彼らはいつも自分を歓迎してくれる
社会的地位や名声がある女史らしいファッションを心がけて、港区女子なら必ず着ている(Apuweiser-riche)の
紺色のワンピースに身を包み、行きつけの美容院にメイクとヘアセットの予約を入れる
彼にプレゼントしてもらった、シャネルのマトラッセは、その美しい皮に傷をつけるのを、恐れて使っていなかったが、彼への愛の証でそれを見に着けようと思った
彼のいる編集部はおよそ20名ほどが働いている、マンモス編集部だ
紗理奈は美容院の前に港区でも、インスタ映えで有名な洋菓子ショップで、差し入れに高級スイーツを20人分購入し、重いが何とか美容院まで両手に下げて到着した
紗理奈のかかり付けのヘアスタイリストが、思わず編集部のスイーツを自分達の差し入れと、勘違いしたパプニングがあったものの
もう何年も気心知れた紗理奈専属の、可愛いヘアスタイリストは、店の冷蔵庫にスイーツを入れて冷やしてくれた
腰までに延ばした紗理奈の自慢の髪を、艶やかに巻いてくれる、このスタイリストが紗理奈は好きだったし
このサロンの道具(ヘアビューロン4D)という、バイオプログラミングを搭載した、髪のキューティクルを爆上げしてくれて恐ろしくカールの持ちが長い、美容師が専用で使うヘアコテも気に入っていた
旦那の収入で子育てに明け暮れて、節約の為に週末は子供を連れて、実家のごはんを食べ漁りに帰って来る姉二人は、旦那の収入じゃヘアサロンに毎月など通えないと、よくぼやいていたし、自分で稼ぐという選択もなかった
紗理奈は自分の収入でこんな風に美容に、好きにお金をかけれる自分が好きだった
睫を完璧に重力に逆らってぶち上げ、仕上げでメイク崩れがしないプライマーを咽ながら、顔全体に吹きかけられた頃、出版局のスター「水谷女史」が出来上がった
そしてスタイリストが呼んでくれたタクシーに、スイーツ両手に乗り込み
タクシーの後部座席から流れて行く、初夏の港区の景色をしばらく眺め、到着するとスマホ決算で料金を支払った
出版局の自動ドアが開くと心地よいクーラーの、冷気にホッとする
エレベータ―の7階のボタンを押し、ヒールの踵の音を響かせ、彼のいる編集部へ向かった
編集部がある角を曲がろうとした時に、手前の会議室の中から男性数人が楽しそうに、話している声が聞こえて来た
会議室のドアは大きく開いており、今は数人しかいないのだろう会話から、リラックスした雰囲気が紗理奈にも伝わって来た
「それで水谷女史とは連絡が取れたんですか?編集長」
その声にピタっと紗理奈の足は止まった
ふ~・・・「まだなんだな・・・これが・・・」
―彼の声だわ!会議室にいるわ!私の話をしている―
紗理奈の胸はときめいたし、心配をかけているみんなに申し訳なくなった
―いきなり顔をだしてやろうかしら、彼は喜んでくれる?―
そう思って少し入口に立ちすくむ
「だぁ~いじょうぶなんですかぁ~?まさか飛んだりしないでしょうね?」
「あの女史はそろそろ落ち目なんじゃ、ないですかね?」
和樹の他編集部員二人が言う、紗理奈がその場に凍り付いた
う~ん・・・「原稿を見せてくれないんだよ、今日あたり家に押しかけようとは思ってるんだけどね」
「もしかして一文字も書けてなかったら、どうするんですかぁ~」
「印刷会社にもスケジュールせっつかれるんスよ?」
さらに和樹の声
「僕は作家が出版局に忠誠を尽くしてくれる、なんて思ってやしないよ、大事なのは今飛ぶ鳥を落とす勢いの彼女の名・前・さ、もしもの時には後に控えさせている作家を使ってもいい」
「女史の書き方のテンプレートは作ってるので、彼女が書いた作品の似たようなものを書ける、作家を俺も何人か抱えてますよ、そっち使ってやってくださいよ」
「どうせ読者なんて、ヒットした作品と似たようなものしか読みませんよ」
「おいおい・・・間違えないでくれよ、もし彼女が書・け・な・く・な・っ・た・場合だよ」
「さすが儲けの鬼」
編集部員二人が和樹の話に笑った、さらに和樹の声が紗理奈の耳に入って来る
「作家は自分の作品こそ高尚で文学だと思いがちだけど、小説など所詮暇つぶしに限らんからね、大衆からしたら面白くて暇つぶしになれば、何でもいいんだよ、文字は今や漫画やゲームに負けてる、水谷女史も今はとても売れているけど、彼女の後釜はごまんといるさ、僕も彼女の文体によく似た作家を、2~3人見つけて育てているよ」
「1年待ってすごく面白い話を1作しか書けない作家より、面白くなくても月単位でどんどん書ける作家って言いますもんね、今の読者は一昔前みたいに作家につかないで、作品につきますからね」
「今はスピードが命ですよ!何を勘違いしているかわからないけど、編集部を待たす作家なんてゴミですよ」
紗理奈はピタッと壁に張り付き、楽しそうに会話をしている、彼らの話の内容が自分に入ってくるまで時間がかかった
必死で頭で否定している感情と戦う
「それはそうと編集長は、水谷女史と付き合ってるんですか?」
再び自分の事を話題に出されて、心臓が跳ね上がる