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「聖龍様のお力添えもあり、敵の数は大きく減っています。それは西側、つまりサムズ共和国方面においても同様です」
私たちを迎えに来てくれた騎士の人の話によると、昨日シリスが西にある孤島へと帰る際、花畑に蔓延っていた邪魔たちに攻撃を加えながら飛んで行ってくれたらしい。
それに私たちが今いる場所は花畑の東側だが、ここと同様の防衛線を他の方面でも展開しているという事だ。
私たちはこちら側の敵を殲滅しつつ、魔素鎮めと浄化、全体的な殲滅にも動かなければならないだろう。
「人里と面していない北側を防衛する必要はありませんが、ここを鎮めるという観点から言うと邪魔を残しておくわけにはいきません」
色々と話してくれてはいるが何にせよ、魔泉に蔓延る敵を殲滅する必要はあるということだ。
「北側も邪魔の内訳としてはこちら側とほとんど変わらないかと思います。というのも我々は防衛に専念しなければならず、そちら側の情報をほとんど持っていないのです。皆様のお手を煩わせる形となり、大変恐縮ではございますが……」
「大丈夫。何とでもなりますよ」
慢心とも取れるコウカの言葉だが、まっすぐな時の彼女は本当に強いので問題はない。
私たちの力をアテにしている彼らとしても、これくらい強気な言葉の方が嬉しいのだろう。騎士たちの間で何やら盛り上がりをみせている。
「これでここの問題も解決ですね」
「まだ終わっちゃいないぞ。だが、たしかにな。あの竜騎が来た時にはどうなることかと思ったが……」
私が彼らの言葉の中からその会話を拾い上げた時、恐らく同じ会話をダンゴも聞いていたのだろう。彼女は物怖じすることなく、その輪の中に入っていく。
「それってミーシャのこと?」
「おっと、失礼。お気を悪くされたのであればお詫びいたします」
「謝らなくたっていいって。そういうことじゃなくてさ、ミーシャ……ミハエルだっけ。キミたち、あんまり良く思ってないのかなって気になっちゃって」
純粋な疑問だったのだろう。騎士たちも複雑そうな表情を浮かべながら、あの子の問いに答えてくれるつもりらしい。
「本国の事情も理解できますが、援軍が来たかと思えば単騎でしたからね」
「いくらシュッツリッター家のご子息、ヨハネス団長の弟君とはいえこの状況下で一騎士団の団長が単独行動はな……」
「しかし彼の団長就任、竜騎士団の団員たちは納得しているのでしょうか?」
疑問に答えたり、議論を始めたりとどこか自由な彼らの回答に理解が追いついていないのかダンゴは首を捻っていた。
しかし彼らがそう思うのも無理はない。龍騎士団が受けた損害は相当なものだと聞いていたし、再編に忙しいというのも想像がつく。
そんな状況において、彼らの長である団長が1人で動いているというのは不信感を煽るのだろう。
――彼、そして彼女もこの場所で戦うつもりなのだろうか。
◇
「それではわたしたちが先陣を切ります。マスター、くれぐれも前には出ないようにしてください」
「わかってるよ。もう、コウカも心配性なんだから……」
「ノドカ、頼りにしていますよ」
私って、そんなに前に出たがりだと思われているのだろうか。
結局彼女の誤解を解くことができないまま、コウカは連合軍の人たちよりもさらに前に陣取り、戦場へと突入してしまった。
「ノドカ、私たちもひとまずハーモニクスを」
「了解です~」
「【ハーモニック・アンサンブル】――デュオ・ハーモニクス」
私も後方支援くらいはさせてもらえるようだ。風の結界による全体の防御と索敵および情報の伝達が主な仕事になる。
攻撃もできるようには心の準備くらいはしているが、さすがに必要ないかもしれない。
「ノドカ。《カンタービレ》は?」
魔力の翼を展開した私は数十メートルほど上昇し、ハープ状態のテネラディーヴァを構える。
『それはダメ~』
やっぱり眷属スキルは使わせてもらえないらしい。このスキルは歌うという行為が必要である以上、今の私には負担となってしまうからだ。
仕方がないので敵からの攻撃に注意しつつ、探知魔法で戦場を広範囲にわたって探る。
『騎士さんが~言っていた~通りですね~』
たしかに敵の数がまばらだ。シリスが倒してくれたおかげだろうか。
「コウカたちが接敵した」
先陣を切ったコウカたちとその後ろから続いていた人たちがそれぞれ邪魔と戦い始めたのを魔法で感知し、次に視覚で捉えた。
『魔法が~使えそうな敵は~』
「――ッ!」
探知魔法が示した感覚を頼りにテネラディーヴァを奏でる。
これで敵の後方から人々を狙って襲来してきた魔法群は防ぎきることができた。
そしてその直後、魔法の発射源に向かって私たち側の魔法が襲い掛かる。目立っているあの火と水はあの子たちの魔法だろう。
敵も負けじと撃ち返してきているためお互いの魔法が飛び交う形となるが、敵の魔法だけは見逃すことなく私たちの手で防いでいく。
そしてその状態のまま索敵を行っていた私たちは敵の動きが変化していることに気付いた。
「全員へ。部隊の右側から大きく迂回してきている邪魔が……50体ほど。あれはアーミービー!」
風魔法で広範囲に対して声を伝える。
あの敵が持つ毒針は生き物にとって猛毒だ。あの子たちは大丈夫だろうが、人間たちはそうではない。
私の報告を聞いて真っ先に動いてくれたのはコウカだ。
集団の中から稲妻をまとい飛び出したコウカが一気に加速し、光の筋を残しながら隊列を組んだ蜂たちの中へと飛び込む。
そして光が稲妻を撒き散らしながら奴らの間をすり抜けていくと、その後には彼らの死骸しか残されていなかった。
『すご~い!』
「さっすがコウカ。足を止める必要もなかったみたいだね」
これで正面以外の脅威は一旦去った――いや、違う。
「左翼からも回り込まれてる。数はさっきの倍以上! コウカ!」
今からコウカに急行してもらった場合、本隊と接触するまでにアーミービーたちを叩けるはずだ。
ヒバナやシズクに動いてもらってもいいが、彼女たちは正面を突破する要となる大砲である。
――だが私は1つ見落としをしていた。
「思ったより速い? ……っ! 追い風……!?」
アーミービーたちは追い風を受け、その進軍速度を速めていたのだ。慌てて風の結界で彼らの邪魔をするが、気付くのが少し遅かったらしい。
このままでは本隊との接触は免れない――そんな時だ、敵の進路上に岩の長壁が現れたのは。
『ダンゴちゃんの~……ありがとう~』
「コウカも間に合ったね」
魔法部隊の支援と前衛部隊の働きによって随分とダンゴにも余裕があるみたいだ。アンヤの攪乱もうまくいっている。
『中心までは~らくらくそう~?』
「本番はそこからだね。スピード勝負になるかな」
私たちが目指すのは魔泉の中心点だ。そこで浄化と魔素鎮めを行う。
当然、邪魔が邪魔してくるだろうからそれらを迎撃しつつだ。
そこからは適時、報告を行いつつも進軍を続けた。
アーミービーのクイーンと共に奴らの本隊が現れたりはしたものの、特に大きな問題もなく進んできた。
「もう少しで……ッ! ワーム!」
巨大なワームたちがこちら側の本隊を囲うように土を舞い上げながら飛び出してくる。
しまった。地中に潜んでいたせいで探知できなかったんだ。
術式の構築が間に合わない。コウカたちは大丈夫だろうがあの人たちは手遅れかもしれない。少なくとも私とノドカにできることはない。
――だがその直後のことだ。
土の中を掻い潜るように現れたアンヤが、地中から飛び出してきた数体の邪魔に向かって影の刃を放ったのだ。
そして自身もそのうちの1体に飛び乗って右手の月影を突き刺すと、その上で駆け出した。当然、月影の力でそのワームは簡単に引き裂かれていく。
新たに地中から現れた3体のワームが彼女の背後から襲い掛かるが、それらは全て地面から伸びた影の棘によって串刺しにされていた。
まるで事前に術式を構築していたかのような手際の良さだ。あんなことはワームの出現を予知でもしない限り不可能だろう。
「アンヤ、眷属スキルを使ってるの?」
こうして実戦で見せつけられると彼女の得たスキルの凄さがよく分かる。まさか本当に予知してみせるなんて。
次から次へと現れるワームはアンヤによってその出現地点へと先回りされて駆逐されていく。
こちらの部隊に割り込むように地中から飛び出そうとしていた敵もアンヤが注意喚起することで何事もなく処理できている。
「今、あの子の目にはいったいどんな光景が映し出されているんだろうね」
是非とも彼女と同じ世界を見てみたいものだが、それも今日ばかりはできそうにないのが残念だ。
『お姉さま~……ごめんね~……?』
「ちゃんと分かってるって。無理しないのはノドカたちとの約束だから」
“魔素に溢れた世界”を見るのは次の機会にお預けだ。
◇
「よし、大体この辺りだね」
魔泉の中心点。私たちはそこへ辿り着いていた。
「これで……ようやくこの場所を……」
「ダンゴ……」
胸の前でギュッと握りこぶしを作るダンゴ。周りを見てみるとやはり冒険者の中にも何か思うところがある人たちが多いようだ。
そうしてどこかしんみりとした空気が流れ始めていた私たちの元に、何やら風を切る音が近づいてきた。
「あなたたち、大変よ!」
「飛竜……ミハエル殿か」
それはミーシャさんを乗せた飛竜が飛んでくる音だった。
彼は北側から飛んできては私たちの上空で滞空し、ある衝撃的な言葉を伝えてきた。
「北一帯の邪魔がここを目掛けて一斉に集まってきているの! 地上を覆い尽くすほどのとんでもない数よ!」
「バカな!」
「ワタシはまた北に戻ってどうにか足止めを試みるわ! あなたたちも部隊を再編して交戦の準備を!」
そう言って彼はまた元来た方角へ向かって飛び去ってしまった。
ノドカとのハーモニクス状態の私も上昇し、彼が飛んで行った方角へと視線を向けた。
「なんて数……」
彼が言ったことは誇張でも何でもない真実だった。
すぐさま地上に降り立った私は全員にこのことを伝える。
「こちらでも確認しました。彼が言っていたことは本当です」
人々が騒然となる。
「何故なんだ。聖龍様が掃討してくださったはずだ」
「どこにそんな数が……」
「地上を覆い尽くす……どうすりゃいいってんだ」
たしかに彼らの言う通りだ。でもこの目で見た真実を覆すことはできない。
「発生速度が尋常じゃないんだよ。昔もそうだったって話だし、異変の影響も小さくない」
思案顔のシズクがそう零す。
「いつまで騒いでいるつもりですか! まずは戦う準備が先です!」
コウカが及び腰となっている騎士、兵士、冒険者たちに向かって発破をかける。
「コウカ姉様の言う通りだ。キミたちにはボクらが付いてる! ここで逃げることも間違ってなんかいないって思うけど……ボクたちを信じてくれるならキミたちの力をボクたちに貸してほしい!」
聖教騎士たちはこの言葉で腹を括ったようだが、この国の兵士と冒険者たちは違う。一部を除いて彼らのざわめきは大きくなるばかりだ。きっと迷っているのだろう。
「私たちのこと、随分と甘くみてくれるじゃない!」
彼らに向かって毅然とした態度でそう言い放ったのはヒバナだ。彼女は下から睨みつけるような視線を彼らに飛ばす。
「あなたたちのほとんどは昨日、私とシズの魔法を見たはずよ。それでもまだ勝てないと思ってるの?」
「だが……一度撃ったら倒れちまったじゃないか……」
「ふん、ナメないでくれる? 万全な今だったらアレを数十と連発だってできるわ」
随分と大きく出たものだと私はヒバナの顔を見つめてしまう。
淀んだ魔素が多いこの場所、それにヒバナだけではあの魔法を数十は連発できないと思う。私の魔力供給も一度に全てを回復させることはできないからだ。
たしかに私の魔力をそのまま使えるハーモニクス状態ならそれも可能ではあるだろうけど。
――しかし、この言葉は彼らを戦う気にはさせてくれたようだ。
未だ半信半疑のようだがもしかすると、という感情が彼らを奮い立たせてくれる。
「ヒバナ。シズクとのトリオならさっき言っていたこともできるよね? 固定砲台としてだったらそんなに負担にもならないはずだし……」
「ええ、そうでしょうね」
「だったら――」
「でもダメ」
彼女は私の提案をバッサリと切り捨てる。
どうして、という疑問が口から出かかったところでひんやりとした人差し指がピトッと私の唇に添えられる。
「ユウヒちゃん、それだと魔素鎮めも浄化だってできないよ。戦いがいつまで経っても終わらない」
「そういうこと。それに私たちの魔法を補う方法だって1つじゃないわ」
シズクとヒバナの言葉に私はハッとする。
「そっか……浄化すれば2人のスキルも……」
さっき自分でも考えていたことだが、ここに漂っている魔素が澱んだ魔素でなくなりさえすれば2人のスキルによってここにある魔素全てを利用できるようになる。
この答えは2人の思惑と一致したようだ。
「前にやっていたみたいにユウヒちゃんの力で浄化の力を風魔法に乗せるんだ」
「同時に魔素鎮めよ。お願いできるわね?」
もちろんだ。
みんなが戦う場を整えて、この戦いを終わらせる道を切り開く。とんでもない大役だが、みんなのためだったら何だってできる。
「コウカねぇにダンゴちゃん、それにアンヤちゃんも。分散して戦うよ。ユウヒちゃんとノドカちゃんに近づかせなければ何をやってもいいから」
「分かりやすいですね、助かります」
単純明快なもので作戦ですらない。だがこれからみんなが赴くのはそういう戦いだ。ここにいる人々も死力を尽くして戦うことになるだろう。
「先に向かいます。みんなも気を付けて」
「ボクはこっちの人たちと行くよ。1匹たりとも絶対に通さないから安心してね」
コウカは誰よりも早く戦場へ。ダンゴも再編成を終えた連合軍の1部隊を引き連れて駆け出して行った。
そして残った子たちもそれぞれ動き出そうとした――その時、ある情報が私たちの元へともたらされた。
「報告します! 邪魔の大群によってサムズ共和国方面の防衛線が突破されました!」
「……っ!」
西側にも邪魔が押し寄せたんだ。
残っている人たちが騒然となる中、私はシズクたちと相談する。
「どうにかしないと」
「私たちは離れられないわよ。どちらにせよ、私とシズの足じゃ厳しいわ……!」
「コウカねぇを呼び戻す手もあるけど……」
呼び戻す時間も惜しい。防衛線が突破されたというのならもう一刻の猶予もないだろう。
――飛んでいけば、間に合うだろうか。
「だったら、私とノドカで――」
「いけません」
私の言葉を遮ったのは聖教騎士団の騎士だ。
「大変失礼ながら先ほどのお話も全て聞かせていただきました。その上での判断です。救世主であるあなた様にはここを鎮める責務があるはず。この機会を逃せば被害は街を1つ失うだけでは収まりますまい」
「見捨てろってことですか?」
「拠点に残った人員ができる限りのことはやるでしょう。しかし、もはや理想を追い求めるだけではこの先の未来を掴むことすらできないことをご理解いただきたい」
――どうしよう。どうしよう。どうしよう。
彼の言うことはきっと間違いではない。私が救援に行って戻ってくるまでここが突破されない保証がどこにある。それで一度撤退してしまえば、もう一度チャンスを掴む前に別の命が失われるのだ。
きっとみんなは私が望めば行ってもいいよ、と送り出してくれる。それまで持たせるとも言ってくれるに違いない。
でも今もこの戦いが終わると信じて戦っている人たちがいる。彼らのためにもこの戦いは必ず終わらせなくてはならない。
それを私の我儘で不意にしてしまうかもしれない選択を私は選ぶのか。
「――アンヤが行く」
「え?」
「……光の届くことがない場所なんて、どこにもないはずだから……。ますたーたちはこの戦いを終わらせてほしい」
私に向けられていた意志のこもった強い瞳は、彼女が影に潜ってしまったことで見えなくなってしまった。
「頼もしくなったね。あんな目をして任せられちゃったせいで、あたしたちも頑張らないといけなくなっちゃった。ね、ユウヒちゃん?」
「あの子の姉らしく、期待には応えてあげましょ」
そうか。私たちはあの子に託されたんだ。
『お姉さま~もう迷わなくて~いいんですよ~』
そして私の迷いもあの子が断ち切ってくれた。選択に苦しめられる私を照らしてくれた。
私たちは数多ある未知の命を、あの子は今生きようとしている命を。
どちらも未来へと繋がっているはずだ。
「そうだね、やろう。アンヤがちゃんと助けられたのに私たちは駄目でした、じゃカッコつかないもんね」
――よし。浄化を始めよう、ノドカ。