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エレベーターで3階の上がって狭い踊り場に出た。すぐ横にドアが一つだけあり、ヒミコがドアを開け中に入った。
「こんにちわ、ホワイト・リズムです。お届け物持って来ましたで」
すぐに同じ制服の若い女性が3人駆け寄って来た。
「あ、ヒミコさん。良かった、開店前に届いて」
「中身確認しておくれやす。トモエはん、その箱をお渡しして」
トモエが段ボール箱を手渡す。店の内装と彼女たちの服装を見回しながら、トモエは目を丸くした。
彼女たちの制服は薄い水色のミニスカートのワンピースで、その上に白いレース付きのエプロンを重ねている。いわゆるエプロンドレスという物らしい。
床には深紅の絨毯が敷かれ、壁も天井も漆黒だった。ドアを背にして右側に二人ないし4人掛けのクラシック調のテーブルと椅子が並び、左側はカウンター席になっていた。
壁のあちこちに掛けてある小さめの額縁の中の絵を見て、トモエはふとつぶやいた。
「不思議の国のアリス?」
側にいた制服の女性がうれしそうに気を上げた。
「あ、分かりました? ここは不思議の国のアリスの世界っていうコンセプトの店なんですよ。カンムリティアラって言います」
トモエは3人の制服の女性たちをかわるがわる見つめた。
「ええと、じゃあ、みなさんはアリス?」
「そうそう。この制服着てる女の子はみんな不思議の国のアリスって設定なんです。そしてお客さん方は、ワンダーランドにやって来た旅人さん」
「へええ!」
店の奥のカーテンが開いて、違う服装の短髪の女性が出て来た。ヒミコに一礼して言う。
「ありがと、ヒミコさん、助かったよ。昨日からの日本海側の大雪でトラックが予定通りに到着しないんだ。その商品の在庫が切れちゃってるのに補充できなくて、どうしようかと思ってたんだ」
彼女はトモエに気づいて慌てて会釈した。
「あれ、初めて見る方ですよね? 新入社員さん?」
ヒミコが代わってその場を取り繕った。
「ああ、就職先探しに東京に来た子でな。今日はうちの会社の見学ちゅうとこや」
トモエは物珍しそうに短髪の女性の服装を眺めた。白いワイシャツに赤い模様の入ったベスト、その上に黒い上着と黒いパンツ。中世の男性貴族のような古めかしいデザインだが、これも演出なのだろう。トモエの視線に気づいた女性が説明した。
「この服はキッチンスタッフ用なんですよ。ホール係のあの子たちがアリス、僕らキッチンスタッフは帽子屋さんって呼んで下さい」
アリス姿の女性の一人が段ボール箱の中から包みを取り出しながらヒミコに言った。
「あのう、ヒミコさん。疑うわけじゃないんですけど、これ試してみていいですか? ちゃんと膨らむかどうか」
ヒミコはうなずきながら答えた。
「むしろ試した方がいいですやろ。長い事倉庫に眠っとったみたいやから」
アリス姿の女性は今度はトモエに言った。
「じゃあ、あなた、ちょっと手伝ってくれる? そこのテーブルに座ってくれるだけでいいから」
トモエは何がなんだかわからないまま、近くのテーブルの椅子に腰かけさせられた。アリス姿の3人がトモエを囲むようにして立つ。
トモエの前に小さな白い陶器の皿が置かれ、その上に白い円盤状の物が乗せられた。アリスの一人が小さなポットを手にして言った。
「では、これから、不思議の国への入国の儀式をします。さあ、魔法をかけますよ」
そう言ってポットからちょろちょろとお湯を、その白い小さな円盤に注ぐ。百円玉ほどの直系のその白い円盤が、まるで早送りのキノコの成長記録映像のように、縦にむくむくと伸びた。
「え? な、何ですか、これ?」
トモエは驚いて目の前の白い円盤転じて円柱を見つめた。
もう一人のアリス姿の女性がトモエに言った。
「それを手に取ってみて下さい」
「え? は、はあ」
トモエがおそるおそるその円柱を手に取ると、程よい暖かさが掌に伝わった。布の端らしき影が見えたので引っ張ってみると、長方形の布になった。
「これ、ひょっとしておしぼり? それも暖かい!」
アリス姿のもう一人が言った。
「簡易おしぼりって言うらしいんですけどね。初めてうちのお店に来たお客さんに一回だけ出す、スペシャルサービスなんですよ」
帽子屋の服装の女性がヒミコに言った。
「大丈夫みたいですね。いやあ、助かった。ほら、今の時期って、進学とか就職とかで初めてのお客さんが増える時期じゃないですか。このおしぼりが切れてて歓迎の儀式できなくなったらどうしようって、心配したんですよ」
ヒミコはトートバッグからタブレットPCを取り出し、ペン状の入力器具を帽子屋の格好の女性に手渡した。その顔は微笑を浮かべていたが、トモエはそれが単なる営業スマイルでしかない事を感じ取った。
「ほな、ここに受け取りのサインをお願いできますか? はい、結構です。そしたら、請求はいつも通り、月末に運営会社さんの方に送りますさかい」
要件を済ませたヒミコとトモエを、アリス姿の一人がエレベーターのドアまで見送ってくれた。彼女は上機嫌でトモエに言った。
「そのうち是非お客さんとして来てね」
トモエは目をぱちくりさせた。
「え? 女の人がお客で来ていいんですか?」
「もちろん! うちは結構女のお客さん来るよ。カップルで来る事もあるし」
「そ、そうなんですか」