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インキュバスとは、女の夢の中に現れ、誘惑し性交すると言われる悪魔である。女が理想としている男に化け誘惑するのでそれを拒否するのが非常に難しく、悪魔の子を孕んでしまうとも言われている。
そうしてインキュバスは繁殖していくのだが、自身に生殖能力が無い為、男から精液を奪わなければならないのだ(※サキュバスと同一説がある)。
「精液を奪え」「孕ませろ」「繁殖させろ」等と同族が騒ぐ一方、そういった事に興味を示さないインキュバスがいた。
名前をシンといい、センター分けの金髪が特徴的な青年である。つり上がった大きい青瞳、小さい鼻、ぷっくり艶々な桃色の口唇をパーツに持つ顔貌は猫のように可愛らしい。色白な肌にはシミやニキビ、ムダ毛が一個(本)も無いので滑らかな印象を与える。そして、その肌が大胆に見え、スタイルの良い体が浮き出るホルターネックとサイドレースアップパンツ、高いヒールを身に纏い、腰には蝙蝠の羽を生やし、尾骨には先端がハートマークの形をした尻尾が繋がっており、セクシーさも兼ね備えていた。
シンは精液を搾り取るのが上手いのだが、奪ったそれで女を襲う事はなく、自由気儘な生活を送っていた。精液は人間に化ける時のみ利用し、最近の趣味である音楽や映画鑑賞を楽しむくらいだ(空腹になれば男が快楽死しない程度に狂わせて搾り取るが…)。
しかし、シンは現在、トラブルに見舞われてしまい空腹の状態で夕空を羽ばたいていた。
トラブルに見舞われる前の時間を遡る…
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「~…♪︎~…♪︎♪︎~…♪︎~…♪︎♪︎」
この日、シンは機嫌良く鼻歌交じりで棲家にしている廃墟ビルの階段を降りていた。何故かと言うと、シンの好きな○○監督の新作品が上映されるからだ。
【今日一番不幸な日】というタイトル名で、カルトチックな村長が牛耳る村から逃げた少女が暗い森の奥で暮らす男の館に匿ってもらうのだが、その男に見初められてしまい花嫁にされそうになる。少女は無事逃げられるのか。スリリング&ホラーな映画である。
「~…♪︎♪︎~…♪︎~…♪︎♪︎~…♪︎」
シンは階段を降りてる途中、指をパチンッ鳴らした。すると、シンの周囲に白い煙がボンッと立ち込める。そして、ビルのガラス扉をギィ…と押して現れたのは茶髪のロングヘアーをアレンジし、花柄のワンピースとヒールを身に纏った美女。これはシンが一緒に映画館に入ってくれる男(金蔓)を誘惑する為に化けた姿だ。
「~…♪︎♪︎♪︎~…♪︎♪︎~…♪︎♪︎♪︎~…♪︎♪︎」
シンはヒールをコツッ♪︎コツッ♪︎と鳴らし、いつも遊びに行く町へ向かった。
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(おっ!イ~女がいんじゃんっ!)
「!」
いつもの町に到着して早々、シンが化けた美女に反応し追いかけて来る男がいた。シンは自身に向かった思考をキャッチすると、赤い口紅を塗った口唇を上げ、歩く速度を緩めて男が罠に掛かるのを待った。
「カ~ワイ~子ちゃんっ!俺と美味い酒呑まない?」
「…」
そして、男は見事に罠に掛かり、後ろから声を掛けてきた。シンは気付かないふりをして歩き続けると、男は再び追いかけて来て「君に言ってるんだよ!」と後ろから声を掛けてくる。
「えぇ?私ぃ?私に声掛けてるのぉ?」
シンは驚いた演技をしながら振り返った。男はシンが化けた美女を見て(当たりだぜっ!)とニヤつかせる。「驚かせてごめんね?君が可愛いから声掛けちゃった」
男はそう言うが、視線はワンピースの上からでも分かる豊満な胸に向いており、鼻の穴はフガフガ動いている。
「あらぁ、そうなのぉ?嬉しいわぁ」
「俺、美味い酒あるとこ知ってんだ。一緒に行かない?」
「えぇ?本当に美味しいのぉ?」
「もっちろん!」
「…」
シンは男の思考を読むと、頭の中はシンをベロンベロンに酔わせ、ホテルに連れ込んでセックスする事でいっぱいだった。男をチラッと見ると、豊満な胸だけでなく、括れた腰や細い手足を厭らしく見ていた。
(チャーム掛けやすそうだな…)
男の様子に更に口唇をつり上げる。そして、ヒールをコツッと鳴らした瞬間、お互いの靴の先芯に当たるまで距離を詰めた。
「うぉっ!?」
一瞬で目の前に来た美女に驚き大きな声が出たが、ワンピースの襟元から覗く胸の谷間に厭らしい顔が止まらない。
「いいですよぉ。じゃあ…、映画館に連れてけ」
シンは顔を上げ、青瞳を黄金に輝かせた。高く可愛らしかった声も急に低くなり、青年の声に変化していく。
「はぁっ!?」
男は異様な光景に驚き、冷や汗をかきながら後退る。(なんだこの女!?急に目と声が…っ、な、なんでっ、体が動かねぇんだっ!?)
逃げようと思っているのに、体が急に動かなくなり男は焦り出す。シンがチャームを掛け、動けなくしたのだ。
「あ…、え、映画…」
男の両瞳にハートマークが♡ポワン♡と浮かび上がり、思考は(逃げる)から(映画館に連れて行く)という思考に勝手に書き換わっていった。
上から糸で操られているような動きを見せ、男は体を映画館の方向へグルンと変える。イギリスの近衛兵のような歩き方をしながら「映画館…、映画館…」とブツブツ呟いている。
「なにあれ…、怖い…」
「見ない方がいいよ…」
道を歩いている人達が男を不審げに見る。そんな状況を作った張本人は離れた距離からついて歩き、映画館で何を食べようかと考えていた。
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『誰かいませんかーっ!?助けて下さいっ!!』
村長に洗脳された村人達に追いかけられ、大雨に打たれながら少女は屋敷のドアを必死に叩く。
『はいはい、なんでしょう…』
ドアの向こうから人の声がし、ドアがギイィィ…ッと耳障りな音を立てながら開いたかと思うと、暗闇の中から木の枝のように細く醜い容姿をした長身の男が現れた。少女はその容姿に一瞬怯えたものの、必死に匿ってほしい理由を話した。それを聞いた男は『分かりました、さぁ、どうぞ』と笑みをニチャ…と浮かべ、少女を屋敷の中に入れた。外では大雨が嵐になり、轟々と木々を揺らし、雷が鳴っている。
シンは男に買わせたシナモンシュガーのチュリトスを頬張りスクリーンに集中していた。
屋敷の男は醜い自身の容姿が嫌いだった。そのせいで幼少期は両親に愛されず、同い年の子には虐められ、いつも孤独だった。暗い屋敷に閉じ籠っていた男は、自身の容姿を見た後でも普通に接してくれる少女を愛してしまい、妻にして閉じ込めようとしていた。
終盤になり、少女は必死に屋敷の外に出ようと長い廊下を走り、男は刃物を片手に雄叫びを上げて追いかけている。
空っぽになったチュリトス袋をクシャクシャになるくらい強く握り事の顛末を見ていた。
『あぁ!!』
もうすぐ出口だというのに、少女は足がもつれ転んでしまった。急いで起き上がるも、男がすでに後ろに立っており、涙を流しながら少女を見ていた。
『君が悪いんだ…。僕から逃げようとするから…』
『い、いや…っ!』
大きな手が食材を切る時のように少女の細い足を押さえつける。
『ごめんなさいっ!もう逃げないからっ!あなたとずっと一緒にいるからっ!足は…っ』
『僕から逃げようとしたくせに…』
刃物を持った手を振り上げると、腱目掛けて勢いよく振り下ろした。
『いやぁぁぁっ!!』グウゥゥ~…
「「「…」」」
少女の悲鳴と同時にシンの腹の虫が盛大に鳴った。(デケェ音鳴らしやがって)(緊張感返せや)(クソが)と、言葉にしなくても分かる冷たい視線が一斉にシンに突き刺さる。
「…」
シンは目をキョロキョロ泳がせ、気まずい雰囲気を誤魔化すようにドリンクホルダーに置いていたコーラをズゴゴゴゴッと一気に飲み干した。
(やべぇ、もう力無くなりそう…。映画が楽しくてずっと女に化けてたからなぁ…。でも、この金蔓とかぁ…)
数日前、ストレス&疲労MAXなサラリーマンから大量に絞り取った精液が底を突きそうだった。先程チュリトスとコーラを摂取したが、インキュバスは人間の食事ではなく精液でないと空腹は収まらない上、化け術や魅了等の力が使えない。
シンがターゲットにする男は若くてイケメン、仕事等でストレス疲労MAX(その方がチャームに掛かりやすい)、性欲が強いのを基準にしている。ただ、今回は映画が見たかっただけなので、基準に満たしていない。だけど空腹なのだ。
『~…♪︎』
「!?」
悩んでいる間にエンディングは流れていた。少女がどうなってしまったのか結局分からず仕舞いな上、未だに腹の虫はグウゥゥ~…ギュルルル~…としつこく鳴いている。
(なんか、腹立ってきた…)
シンは男の腕を掴み「ホテル行くぞ」と言うと、男は「♡はい♡」と返事した。
シンは男の腕を引いて映画館から出ると、急いでホテルに向かった。早く精液を搾り取らないとチャームの力が切れてしまうからだ。
しかし…
「あっ!?」
「よぉ」
無事にホテルを見つけたものの、シンが浴室から出ると男の横にはシンが化けたのにそっくりな美女が男の上に跨がっていた。
「お前…!!」
「悪ぃけど頂いたぜ」
「俺の獲物横取りしやがってっ!!」
「プッ、メンゴ」
あまりの横暴さに目の前の美女を怒鳴り散らすが、美女は鼻で嗤うだけの反応だった。
「栞ちゃんと遊ぶ前に腹減っちまって~。男探してたら丁度映画館からお前ら出てくんの見つけて~、こいつお前にチャムられてたっぽいから…、つい☆」
「俺だって腹減ってんだよっ!!」
「チッ!だから悪かったって」
怒鳴るシンを喧しそうに一瞥し、頭をポリポリ掻きながら面倒臭そうに謝る美女の正体は、一卵性双生児の兄である。
兄もシンと同様、繁殖に対して無関心なタイプなのだが、このように性格はクズ。容姿は非常に似ているのだが、シンよりも目付きが鋭く冷めており生意気な印象が強い。しかし、「シンより格好良い」「クールで素敵」「虐められたい」「踏まれたい」と何故か兄は非常にモテる。兄が言ってる栞ちゃんとやらは、兄が人間に化けてた時に出会ったらしく、彼女も兄の顔の良さにゾッコンらしい。
「まあまあだったわ、こいつの精液」
「死ねよお前」
「シャワー浴びねぇとな~」
兄はシンを完全に無視し、幸せそうな面した男の陰茎を抜き、ベッドから降りた。腟から出てきた精液は太もも、ふくらはぎ、踵の順に緩く伝い落ちていく。そのせいで床が精液で汚れていくのだが、兄は全く気にしてない様子で浴室へ向かっている。
「この…っ!!」
「ははっ」
シンは苛立ちを露にし、兄の後頭部に殴りかかったが簡単にヒョイッと避けられてしまった。
「避けんなっ!!」
「トッロいね~、シンちゃん。だから獲物横取りされんだよ」
「……。この間狩りに失敗してボコられた奴が偉そうにしやがって…」
「…」
また鼻で嗤う兄にシンは嫌味をポソッと呟いた。それが聞こえた兄の嗤顔は波のようにスー…と引き、シンの前髪を思い切り鷲掴んだ。
「痛いっ!!」
「横取りしたお詫びに情報教えてやるよ。優しいお兄様が」
「クズの間違…、痛!?」
「シンちゃんの大好きなイケメンがここ最近○○駅で彷徨いてんだ。全身にタトゥー彫ったイカれ野郎だが、仲間の噂だと滅茶苦茶美味ぇんだとよ」
「絶対嘘だろ…っ」
「嘘じゃねぇよ、ほら」
兄はそう言うと、空中で物を摘まむような動作をする。すると、なにもない空間から一枚の紙が現れた。前髪をグイッと引っ張られ嫌でもその紙が視界に入る。左端の枠に載っている男は黒い短髪、ハイライトが無い大きな黒目、筋が通った高い鼻、薄い唇と見事なパーツを持ったイケメン。ワイシャツの襟に隠れた首筋には黄金比のタトゥーが彫られており、兄の言った通りであればその下には他のタトゥーも彫っているのだろう。ヤバそうな香りはするが、シンの好みのイケメンだ。
「…」
「な?イケメンだろ?」
「…!…いい加減髪離せよ、痛ぇから」
思わず見入っていたシンは、兄の声にハッと我に返る。
「…お前、なんか企んでんだろ」
「んなわけねぇだろ~?シンちゃんの獲物取っちまったから反省したんだよ、ごめんね」
兄は厭らしく嗤い、やっと前髪を離してくれた。シンは急いで兄から距離を取り「何回も横取りしてきた奴の言葉信じる奴いるかっ!!」とまた怒鳴った。
「う~ん…、なん…、だぁっ!?」
「!?」
「あ~ぁ、起きちゃった」
「あ、あの女が二人ぃ!?」
兄の性技を食らい昇天していた男がシンの怒鳴り声で目を覚ましてしまった。シンのチャームの力はもう切れている為、男の精神状態は正常であり、命令にも従わない。ベッドから転がるように降り、慌ててズボンだけでも履こうとしている。
「俺がこいつの事チャムッとくから、さっさと行け」
「え…」
兄はそう言うと、一気に男に近付き足払いを食らわせ床に倒した。
「ぶべぇっ!?」
変な呻き声を上げる男のお腹に思い切り乗っかった兄は「こいつの精液美味かったから、もうちょっとだけ搾り取ってから栞ちゃんと会うわ」と言うと、男にチャームを仕掛け始める。
「ぎゃあああっ!!怖いっ!!セックス最高!!」
「ギャハハッ!ウケる~っ」
「クソがっ!!」
チャームでおかしくなった男をケラケラ嗤う兄を罵倒し、シンは残り僅かな力で蝙蝠に化けるとホテルの窓から飛び出した。
いつの間にか空は夕日に染まっており、一応兄の情報通りに○○駅に向かって羽ばたいた。
○○駅に到着した頃にはすっかり辺りは暗くなっていた。道は帰宅する会社員や学生が多く歩き、店の光で輝いている。
「はぁ…、はぁ…」
シンは体力の限界を迎え、あまり人がいる気配の無い古いビルが建ち並ぶ薄暗い路地裏にフラフラ降りた。到頭化ける力が無くなり、元の青年の姿に戻ってしまった。
「…」
緩慢な動作でホルターネックの内側に手を入れ、隠しておいた少量の精液入りの小瓶を取り出した。兄に獲物を横取りされた時にと回復用に予備を持っていた。小瓶の蓋をポンッと開け、口に含みながら周囲を見渡した。壁には聖母マリアの周りを囲む白百合と天使の落書きがされており、潰れたお酒の缶に煙草、カップ麺が廃棄されて汚い上、下水臭さに眉を寄せる。
「あぁ~!!あんのカス!!」
シンは苛々して叫び声を上げる。結構響き渡ったものの、路地裏の入り口付近を歩く会社員は耳にワイヤレスイヤホンを入れているので全く気付いてない。
劣悪な環境に追いやられ憎らしそうに呟くが、再び腹の虫がギュルルル~…ッと騒ぎ出す。
「腹減った…」
頭をガックリ落とし、つり上げてた眉を下げ、今にも泣きそうな声を漏らす。ノロノロと立ち上がり、ゴミを踏まないよう慎重に道を進み踏路地裏から出たその時。シンは「あ…」と目を見開いて声を上げる。道路を挟んだ反対の道に、兄が教えてくれた男が黒いスーツを身に纏った姿で居酒屋の従業員に絡まれて歩いているのを見つけたからだ。
「…」
無意識に喉を動かした。
___
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「格好良いお兄さん!お仕事お疲れ様です!うちの店で一杯いかがですか?」
居酒屋の従業員が、帰宅途中の黒いスーツの男に声を掛けていた。
「ごめ~ん、お酒ダメなんだよね~」
「大丈夫ですよ!呑めなくてもドリンクありますし、それに今なら一杯無料ですから!」
「今日疲れてるから~」
「それだったらうちで休んでから帰られてはどうです?」
「無理ですね~」
「まぁまぁ~」
「…」
男は胡散臭い笑みを浮かべ躱そうとするが、従業員はなんとかキャッチしたくて付き纏っていた。暫くは笑って対応していた男だったが、隣でペラペラと話し掛けてくる従業員のしつこさに殺気を醸し始める。
「あ…、えと…、無理なら大丈夫です」
その雰囲気を察したのと、男の顔に影が落ちたのを見た従業員は顔を蒼くさせ、「あ…、えっと…、無理なら大丈夫です。…ごめんなさいっ」と慌てて逃げて行った。その背中が点になるまで男は真顔で見ていた。
「は~、しつこかった」
そして、従業員の姿が見えなくなったのを確認して踵を返した時だった。
「こっち来て」
「!?」
男の前に出そうとしていた足がピタッと止まった。金蔓の時のように、マリオネットのように体が反対側の路地裏に向き、男は目を見開いた。
(なんだこれ…)
自身の意思と関係無く、反対側の道へ向かおうと車が走行している道路を横断してしまう。
「馬鹿野郎!!何考えてんだっ!?」
(そんなの僕が聞きたいんだけど…)
罵声と共にクラクションを煩く鳴らされてしまうが、男は訳の分からないまま汚い路地裏に入って行った。
(臭…、それに汚い…、何ここ?)
真っ暗な道を革靴をコツコツと鳴らして進んで行く。
「もっと奥だよ」
(…)
暗闇の向こうにどんどん誘われ、更に奥へ進んで行くと、室外機の上に足を組んで座るシンと対面した。
「ふふ…」
(あれ…?)
シンは兄から聞いた極上の獲物がチャームに掛かり、爛々と瞳を輝かせている。しかし、男は意外にも驚く様子は無く、むしろシンを不思議そうに見ていた。
(こいつ、この間の…?)
「こっち来て」
シンは空腹で頭の中は搾り取る事しか考えられなかった。男の変わった反応に気付けないくらい頭が回っていなかった…。
男は眉間に皺を寄せるもシンの命令に従い、距離をどんどん縮めていく。そして、ほぼゼロ距離になると男から美味そうな匂いが漂い、シンの鼻腔を満たした。桃色の唇をペロリと舐め、細い指でズボン越しに男の性器を悪戯するように撫でる。男の下半身に甘い痺れがピリピリ走り、徐々にテントが張っていく。嫌でも目の前の青年にムラついてしまうので、更に眉間の皺が深くなる。
「全部脱いで」
(…)
手が勝手にベルトのバックルを外し、ズボンのボタンとチャックを外すと下着を降ろした。勃起した性器がボロンッと飛び出し、亀頭からは少量の精液が垂れている。
シンは組んでいた足を解き方、室外機から降りると男の性器の前にしゃがみ込む。男をチラッと見上げると相変わらず嫌そうな表情を浮かべている。
「悪ぃけど、腹減ってんだ。あんたの精液頂くぜ。その間は馬鹿みたいに悦るけど」
(この野郎…)
シンは好みのイケメンという事もあり、テンションが上がっていた。
「!?熱!!」
しかし、シンが陰茎に触れた瞬間、焼いた鉄でも触ったかのような反応をした。チャームを反射的に解除して後ろに跳んだ。
「…!?」
シンが手の平を見ると、火傷をしたように皮膚が捲れ赤く爛れていた。この火傷に覚えがあるシンは、男の正体を知り顔を蒼くさせた。
「あ、あんた…」
「あっ、動ける~!」
男はチャームが解除され嬉しそうに首や肩を回したり手のグーパー運動している。
「聖職者…!?」
「いやぁ、僕ってなんでか夢魔に狙われやすくてさ。襲われたら焼き殺そうと思って聖水全身に浴びてるんだ~。ていうか君、この間ボコッた悪魔でしょ?」
「???」
シンは最初、男が言ってる意味が分からず頭の上にハテナマークを浮かべたものの、「……っ!!」と表情がみるみる険しくなった。
(あのカス、わざと教えやがったなっ!?)
シンの脳裏に「草超えて森www」と底意地悪く嗤う兄の姿が浮かぶ。(目の前の男にやられたと気付かず)先程ボコられた事を言われてイラッとしたのだろう。「お前もボコられろ(嗤)」というのが兄の魂胆だったと理解し、シンは急いで飛行体勢を取ったものの、「はい、ストップ~」と弱点の尻尾を掴まれて逃亡を阻止されてしまった。聖水を浴びた手で掴まれ、ジュウジュウ焼かれる感覚にシンは悲鳴を上げた。
「熱いっ!痛いっ!やめろっ!」
なんとか男の手から逃れようとジタバタ暴れるが、男はそれを笑って見ている。シンはかなりの力を入れて抵抗しているが、男の外見に似合わずゴリラ並のパワーで握られてしまい剥がせる気配が全く無い。
「なぁに?この間の復讐?」
「違うっ!こないだの奴は兄貴!」
「お兄ちゃんなんだ。へぇ~、そっくり!…で?お兄ちゃんの為に復讐しに来たの?…それとも、僕の精液奪って女を孕ませようって魂胆かな?」
「どっちも違ぇよっ!ただ腹が減ってて…」
「悪魔って平気で嘘付くからね」
男はそう言うと、更に手に力を込める。尻尾は焼け落ちるか千切れるかのどっちか。シンは激痛のあまり「本当だって…!」と泣き出してしまった。
「俺が先にチャーム掛けたのに、兄貴に取られたんだ…!腹が限界だったんだよぉ…!」
「…」
「そんで兄貴と喧嘩して…、その腹いせであんたの事わざと教えたんだと思う…」
「……。ふうぅぅん…」
男は間延びした声を出すと、尻尾をパッと離した。シンは急いで尻尾を手繰り寄せるが、地面にペタンと座り込んで逃げようとしなかった。聖水に痺れの効果も含まれているのか動けなかったのだ。男は強制的に脱がされた下着とズボンを履き、スーツのポケットから白手袋を填めながらシンの顔や全身をジィ…と眺める。
「そういえば、お兄ちゃんのチャームはすぐ解けるくらい弱かったけど、君のチャームはかなり強いね。全然解けなかったよ」
「…?」
「君の事気に入っちゃったよ~。僕の仕事場、人手不足で困っててね。上から一緒に働いてくれる人か悪魔を探せって言われてたんだ~。そこで君がジャストタイミングで現れたってわけ!」
「い゛ぃっ!?」
男はシンの前髪を掴み、路地裏の細い道を足早に進んで歩道へ出る。男が手袋を填めているので頭皮や髪は焼かれないものの、男の足は長いので歩幅が合わず、引き摺るように進んで行く。シンの顔は痛みで歪んでいる。
「なにあれ?」
「暴力受けてるの?」
「見ない方がいいよ…」
その光景を歩行者達は驚いたように見ているが、変に関わりたくないのでサッと視線を反らしている。
「君、お腹空いてるんでしょ?僕が泊まってるホテルでご飯あげるよ?」
「す、空いてないっ!!」
「あははっ、嘘付かないの。あっ、そっか。聖水恐いのか。大丈夫だよ~、君は僕の悪魔になるんだからちゃんと洗い流すからさ。ほら、もう着くよ」
マシンガンで喋っている間に男が泊まる高級ホテルに到着してしまった。二人を見たエントランスホールのスタッフは「きゃっ!?」と驚いていたが、男は無視してエレベーターに乗り込むと最上階のボタンを押した。
「やだ…っ」
シンは男の手を剥がそうと必死に抵抗するが、無情にも『ポン・ピン』と音が鳴り、到着してしまう。
「僕を襲わなきゃよかったのにね」
「…!」
男はまたシンの前髪を引っ張ると、借りてる部屋に向かった。
「いい子で待ってた?」
「…」
SMプレイで見るような、ベッドマットに固定するタイプの拘束具で両手足を縛られ、逃げないようにされていた。浴室から出てきた男はニコニコしており、ベッド上のシンは顔を蒼くし震えていた。ベッドに腰掛けた男は、今にも泣きそうな表情をするシンの頬に手を添えた。その瞬間、シンは肩をビクッと震わせ、目をギュッと瞑った。しかし、いつまで経っても熱さや痛みの感覚に襲われない事を不審に思い恐る恐る目を開ける。男は笑みをうっすら浮かべたままシンの頬を撫で続けるだけだった。
「君、お兄ちゃんと違って可愛い顔してるね」
「…」
男はゆったりした動作でシンに覆い被さった。
「僕、他の人より性欲強くてね。女だと妊娠しちゃうし面倒臭いから処理に困ってたんだよ。お手伝いだけじゃなくて玩具になってくれる子が見つかって嬉しいよ」
まだ祓われた方が楽だったかもしれない。
___
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ビュルルッ!
「ふうぅ~…」
「~…っ!!」
これで男に中に出されたのは九回目。シンのお腹はぽっこり膨れ上がり、呼吸をするたびに精液がコポコポ音を立てる。
「はあぁ…、ふうぅ…」
胸を大きく動かすシンだが、男は容赦なく膝裏を掴み再び孔に陰茎を挿入した。
「ひっ、も…、腹…」
「え~?もっと付き合って」
「…っ、いや…っ!」
男はシンの訴えを笑顔で無視すると、膝裏を胸元まで持ち上げ、一回り小さい体にのしかかった。そのせいでシンの結腸の壁に亀頭が当たる。全身に甘い痺れがビリビリ走り、イヤイヤ首を振る。
「もっ、嫌だっ!!やめろ…っ、ん…っ」
男が陰茎を抜き挿しするたび、中途半端に破られ飛び出た柔らかい胸が上下に揺れる。一緒に揺れる濃桃色の乳首に吸い付くと、シンから甘い声が漏れる。舌で乳首を虐めながらその様子を上目で見て「ぷっ」と嗤う。
(今まで色んな人間を快楽に堕としてきた奴が泣き言言ってるの?)
男は吸っていた乳首をパッと離す。唾液まみれになった乳首がプルンッと揺れながら現れる。シンの細い腰を掴み、自身の腰を引き、陰茎をズズズ…と抜いていく。そして、亀頭が抜ける寸前になると、腰をバチュンッ!と思い切り叩きつけ、結腸の壁を突いた。
「~っ!おかしくなる…っ」
「おかしくなってどうぞ。も~っと出してあげる」
「いらないっ!!いらないっ!!」
確かに男の精液は美味しいのだが、一回で満足するくらい濃厚だった。高級なお肉やお菓子を食べ過ぎて胃もたれする感覚に似ており、吐き気に襲われる。
「なんで?お腹空いてたんでしょ?」
「も…、苦し…っ」
「まぁた嘘付くんだから」
「~っ!!」
男はまた亀頭が抜ける寸前まで抜き、思い切り結腸の壁を突いた。男が腰を動かすたびに宙ぶらりんな足はブランブラン揺れ、拘束具はガシャンガシャン鳴り、虐められて赤く膨れた孔からは溢れた精液と愛液が混ざり合う水音が鳴る。
「いや…っ、…っ」
シンは真っ白な肌を真っ赤に染め、男から与えられる強い快感に身悶える。頭を振り、弱々しく抵抗する。
「ぷっ、くく…」
快感を与える側の夢魔が自身の体の下で快感に耐えている状況に嗤った。男はシンの頬を掴み、桃色の唇に自身の薄い唇を合わせると強引に分厚い舌を侵入させた。
「ん゛ん゛…っ」
男とのキスを嫌がりイヤイヤ頭を振るが、男はシンの後頭部を押さえつけ、無理やり舌を絡めてきた。嫌がるシンが面白いのか、男は目元を三日月のように歪める。
男は力のある聖職者なのだが、異常に性欲が強かった。今まで出会った女達は男の外見の良さに引き寄せられていだが、蓋を開けるとその異常な性欲に怯えてしまい、一回のセックスで必ず逃げられてしまう。だから男はいつも性欲処理に困っていた。
「う゛ぅ゛~…っ♡」
シンは男だが、中は温かくて気持ち良く、嫌がれば嫌がるほど男の陰茎を締め付けてくる。
(いい玩具が見つかった♡)
絡めていた舌を抜くと、混ざり合って白く濁った唾液の糸がシンの頬にボトッと落ちた。
「出すね…っ」
男の腰は自然と振るスピードが上がる。
「~…っ♡!!」
ビュルルッ!と、これで十回目。男の快感が限界を迎え、シンの中に大量に射精した。
___
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「ねぇ、名前は?」
「…」
男はぼんやりしているシンの頬を掴み、自身の方にグイッと向かせる。そしてまた「名前は?」と尋ねた。
「…」
「な・ま・え」
「…」
「口きけないの?」
最初は笑顔を浮かべていたが、何も答えようとしないシンに段々真顔になっていき、口調も冷めていく。
「……」
頬を掴む手に力が籠り、爪が皮膚に食い込んで痛い。逃げたいけど、それを実行したり言う事を聞かないと殺される恐怖に支配されていく。本当は同じ悪魔なのでは?と疑いたくなるくらい目の前の男が恐い。今日の映画の少女もこんな気持ちだったのだろうか。
「シ…、ン…」
「…」
男はシンが声を発し始めたので頬を離す。が、真っ黒な目が無言で先を促す。
「……。シン」
震える声で自身の名前を伝えると、男はニコッと笑い「なぁんだ!言えるじゃん!」と言いながらシンの下腹部に手を添えた。
「シン君…、シン君ね…。そうだ、君の名前が分かったんだから、僕の名前も教えないとね。僕は南雲。君達悪魔の天敵で、君のご主人様だよ。…どっちか死ぬまでよろしく」
男はそう言った後、「夢に現れ快楽を貪る夢魔インキュバス、真名をシン…」と呟き始めた。手の平がポゥ…と輝き、シンの下腹部に針で刺されたような痛みが走る。
「ぐ…っ!?」
シンは苦しそうに呻き体を捻ろうとしたが、「もうちょっとだからね~」と簡単に体を押さえつけられてしまう。手の平の下では、子宮の形の淫紋が着々と刻まれていく。
「………」
薄れていく意識の中、今日見た映画のタイトルを思い出す。今日一番不幸な日だ。