「さっきは助かった」
拠点に戻ってきて声を掛けられ振り向けば勇者がいた。
「ま、前に助けてもらったんだからおあいこよ」
まさか彼からそんな感謝の言葉を貰えるとは思っていなかったから不意をつかれてしまった。私は気恥ずかしさから対応に困ってついつい憎まれ口を叩く。
「これで貸し借りなしだからね!」
何やってるの私ったら!?
「ぷっ!」
隣からゴーガンが|堪《こら》えきれずに吹き出したせいで、格好のつかなかった私は羞恥でそっぽを向いたんだけど――
「耳まで真っ赤になってるぞ」
――ゴーガンの指摘に私は思わず両手で顔を隠した。
「すまんな。こいつは素直じゃなくてな。前に助けてもらってから、あんたの事を気に掛けてたんだ」
「余計な事を言わない!」
私とゴーガンのやり取りに警戒心が薄れたのか、彼はふっと薄く笑った。
「俺はゴーガン。見ての通りの剣士だ」
「私はフレチェリカよ。これでも腕利きの大魔法師なんだから」
「俺は悠哉。結城悠哉だ」
「知っているわ」
「姓があるんだな」
最初の名乗りで聞いたとても不思議な響きの名前。
「ああ、ユーキが姓でユーヤが名だ」
「そう……それじゃあこれから宜しくねユーヤ」
私が差し出す手にユーヤは戸惑ったので、私は強引に彼の手を取った。
「お、おい……」
「どうせいつも1人でしょ。私達が一緒に戦ってあげるわよ!」
「ホント素直になれん奴ですまんな」
そう謝罪したゴーガンと驚いて目を丸くしていたユーヤが顔を見合わせて笑い出した。
彼の周囲へ向けていた殺気を|孕《はら》んだ表情が初めて緩み、彼の年相応の屈託ない笑顔に私の目は奪われてしまった。
「それにしてもアシュレインの騎士は何やってるのかしら」
私達はそのまま連れ立って食堂へ入り、食事を摂りながら先の戦いでユーヤが孤立して戦わされた騎士の言い訳を聞かされ、私は憤りを露わにした。
自分達では足手纏いになるから戦線を離脱していたと|曰《のたま》わったそうなの。
ユーヤ1人に戦わせて自分達は安全な場所から高みの見物?
本当にふざけた連中よ!
「あいつらはただ王家の命を忠実に果たすだけの自分で考えることをしない木偶の棒だ。粛々と命に従うのが忠義だと勘違いしてるのさ」
アシュレインの騎士は国王の指示に従ってユーヤを孤立させているのではないかとのゴーガンの読みだった。
「アシュレインの王族や貴族共はユーヤと『魔族』が上手いこと共倒れになるのを願ってるんじゃないのか?」
「つまりユーヤへの褒賞惜しさってわけね。小さい奴!」
「俺は褒美なんぞいらんぞ」
私とゴーガンの話にユーヤは心外そうに眉を顰めた。
「家に帰してくれればそれでいいんだ」
「アシュレインの奴らはそう考えていないのさ」
「そうね。これでユーヤが『魔王』を討ち果たして凱旋すれば国民からの人気は絶大なものになるわ。奴らユーヤが自分達の地位を|脅《おび》やかすと恐れていても不思議じゃないわね」
馬鹿と恩知らずばかりのアシュレインの王族や貴族の考えそうな事ね。
「だが、あの張りぼて騎士団共から距離を置かれているのは却って良かったかもな」
「国王の命令なら平気で仲間さえ裏切る様な連中だものね」
「そうなのか?」
「前にいた聖女の追放劇は諸外国にも知れ渡ってるからね」
「その話は聞いたな。王族や貴族、王都民からは蛇蝎の如く嫌われていたと。教会では全く反対の素晴らしい聖女だったと聞かされていたから可笑しいと思っていたんだ」
「彼女はアシュレイン王太子の元婚約者で歴代最高の聖女だったのよ。名前はミレーヌ・フォン・クライステル……」
彼女は貴族としての清濁をきちんと理解して受け入れていながら、自分は清廉さを失わない稀有な存在。
まさに聖女で、王都の為に身を粉にして励んだ奇特な人物。
「概ね教会で聞いた話と同じだな。だがそれ程の人物が貴族はともかく民衆からまで嫌われていたのは何故だ?」
「聖女の聖務は地味で目立たないものが多いのよ。今の王太子妃は庶民時代にその力を王都民の為に行使して人気があったし、聖女になってからも受けの良い聖務ばかり従事していたそうよ」
「成る程、エリーは嫌な女だな。その話は俺が出会った時の印象と同じだ」
得心がいった顔でユーヤは頷いた。
「やはり、アシュレインの連中とは距離を取って正解だったな」
その後、私達はどの戦場でも3人で戦った。
どんな強敵もユーヤが容易く斬り裂き、その背中をゴーガンが守る。多数の相手をする時には私が魔法で一網打尽。歯車がかちりと合ったみたいに連携の取れた私達3人は強かった。
数々の戦場での勝利は私達の活躍によるものと言っても過言ではない。
こうして3人で2年も戦場を渡り歩いて、ずっとずっとユーヤの背中を見てきた。彼はこの世界の者に良い感情を持っていない。それは当たり前の事よね。これだけ酷い目に合わされているんだもの。
だけどユーヤは戦場ではいつも他人を助けてしまうお人好しだった。口では私達の世界を憎み罵るのに、戦場では誰かれ構わず救っている。
そんな彼を私はいつしかただの戦友以上の存在として……
1人の男性として意識して見てしまっていた……
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