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しばらく茫然としてトモエは、ハッと我に返ってまたヒミコに訊いた。
「つ、次に質問いいですか?」
ヒミコが無言でうなずいたのを確かめてトモエは言った。
「ヒミコさんのその長い髪、普段は首の後ろで紐で結んで背中に垂らしてますよね? でも、この前の戦いでは、刀を振るう時になって紐を解いて髪を広げましたよね? 普通逆じゃないんですか?」
ヒミコは数秒考えていた様子を見せ、畳の床に座っていた一人に声をかけた。
「それも自分で経験した方が早いやろ。イオン、手伝ってえな」
イオンと呼ばれた小麦色の肌のグラマラスな体つきの女性が立ち上がった。ヒミコはトモエを手招きして立たせ、自分の側に来るように促し、そして言った。
「このイオンはブラジリアン柔術の達人でなあ、スピードだけならウチより上かもしれん。ウチはこれから剣さばきの動きをする。トモエ、イオンと二人がかりでこれを掴んでみなはれ」
そう言ってヒミコは首の後ろで紐で結んだ自分の腰まで届く長い髪を持ち上げて見せた。イオンがトモエに向かってニヤリと笑いながら言った。
「トモエちゃん、気楽に気楽に。鬼ごっこみたいなもんだと思えばいいよ」
それからヒミコは細い木刀を構えて、縦横無尽に体を激しく動かし始めた。イオンが驚くほど素早い動きでヒミコの束ねた髪を掴もうと動き回り、つられてトモエも何とかヒミコの束ねた髪に手を伸ばそうとする。
だがヒミコの動きはそれ以上に素早く、二人がかりでもなかなか束ねた髪をつかむ事が出来なかった。トモエが息を切らし始めた頃、イオンがついにヒミコの束ねた髪を鷲づかみにする事に成功し、陽気な声を上げた。
「ヒミコおねえちゃん、捕まえたっと」
そこで突然マユキがスマホの画面を見ながら声を上げた。
「34秒。やるかやられるかの殺し合いの場でそんなに時間かかってたら、お話になりませんわよ」
ヒミコが髪を束ねている紐を解いて、長い黒髪を背中一面に広げた。ヒミコがトモエの前に立ち、ヒミコの背後にイオンが立った。ヒミコがまた木刀を構えながらトモエに言った。
「今度はウチの後ろからイオンがあんたを狙う。ウチの髪を掴もうとしながら、一分間よけきってみなはれ」
トモエはビクッと全身を振るわせて、怯えた表情で言った。
「あ、あたしを狙う?」
イオンが笑いながら言った。
「心配しなくていいよ。デコピンするだけだから」
マユキがスマホのタイマー機能のスイッチをクリックしながら言った。
「始め!」
ヒミコが前後左右に、時には一回転しながら、体を激しく揺り動かしながらトモエにじりじりと近づいて来た。トモエは後ずさりしながら、ヒミコの後ろのイオンの動きに目を凝らした。
ヒミコが動き回る度に、長い黒髪が宙に舞いトモエの視界の中に広がった。トモエはその髪を何とか掴もうとした。だが、手を伸ばす度に、髪の一部に手が触れはしたが、指の間を簡単に髪がすり抜けてしまった。
ヒミコの背後で、イオンがぐいっと前に出るのがかすかに視界に入った。自分の右だ、と直感したトモエは素早く左によけた。
トモエの視界が、宙を舞い踊るヒミコの髪で一瞬塞がれた。次の瞬間、トモエの左側の、ヒミコの髪の向こうから、手が伸びて来て、親指と中指を合わせた拳が目の前に突然出現し、トモエは見事にデコピンを食らった。
「きゃ!」
トモエが叫んで、思わず畳の上に尻もちをついた。イオンが笑いながら、トモエの手を取って立ち上がらせながら言った。
「分かった? ボクの姿見えにくかったでしょ?」
ヒミコは全く表情を変えずに言った。
「髪を束ねとる方が、敵に鷲づかみにされる危険がある。よう手入れされた女の長い髪はな、特に宙を舞っとるような状態やと、そう簡単に鷲づかみに出来るもんやない。そして相手の視界を邪魔して、ウチの後ろにおる味方の動きを、見えんようにする効果もあるんや。これが、ウチが戦いの時に髪を解く理由や」
コメント
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久しぶりに読む戦闘の実演シーン、めっちゃ好きです。ヒミコが髪を解く理由が「視界を遮り、味方の動きを隠すため」って、聞けば納得の合理的な設定で痺れました。イオンの素早い動きとデコピンのくだりも、実際に体感させられてるトモエの気持ちが伝わってきて、読みながら思わず身構えちゃいました(笑)。