テラーノベル
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夕方の帰宅ラッシュ。まなみは吊り革につかまりながら、ぎゅうぎゅう詰めの電車の中で身動きが取れずにいた。
「人、多いなぁ……」
小さく呟いた声は、周りのざわめきにかき消される。
そんなときだった。
隣に立っていた中年の男性が、じわじわと距離を詰めてきた。
(……気のせい、かな)
最初はそう思っていたけど、
電車が揺れるたびに、その人の肩や腕が妙に触れてくる。
まなみは反対側の手すりへ寄ろうとしたけど、
混雑で一歩も動けない。
(やだな……)
次の停車駅でドアが開いた瞬間、
人波をかき分けるようにして乗ってきたのはそらとだった。
「……っ、そらと!」
声を上げたまなみに、そらとが一瞬だけ視線を向ける。
でも何も言わず、そのまままなみとおじさんの間にすっと割り込んだ。
「お、俺ん隣空いとるやん。こっち来い」
「え、でも……人いっぱいやし……」
「ええけん、こっち」
そらとは自然な動きでまなみの手首を軽くつかみ、
自分の背中側にかばうように立たせた。
その一連の流れ、
まるで当たり前のことみたいに見えたけど——
そらとの鋭い視線は、
さっきまでまなみに近づいてたおじさんを真っ直ぐ射抜いていた。
一言も発しない。
でも、低く細められた目は「近づくな」とはっきり告げていた。
「……びっくりした、そらと乗ってくるって聞いとらんかったし」
「たまたま仕事終わりやけん、駅から一緒帰ろう思って」
「そ、そうなんや……」
まなみは少し震えている手を隠すようにカバンを握りしめた。
そらとはそんな様子に気づきながらも、
あえて普段通りの声で囁く。
「……大丈夫か」
「っ……だ、大丈夫」
「そっか。ならよかった」
たったそれだけなのに、
そらとの声はいつもより低くて、
ほんの少しだけ優しかった。
降車駅で 電車が停まり、人の流れに押されるまま二人で降りる。
外に出た途端、そらとが足を止めて振り返った。
「……さっきの、お前狙っとったな」
「っ……!」
「次から混んどる電車は、俺おるとき以外乗るな」
「な、なにそれ、勝手に決めんとって」
「いいけん。俺がおるときにしとけ」
そう言い切ったそらとは、
すっと手を出してきた。
「……なに」
「歩くとき、こっち寄れ」
「……っ」
それだけで、まなみは少しだけ肩の力が抜けた。
コメント
1件
そらとくんはまなみちゃんの 事大好きなんだね〜!