テラーノベル
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キャプションをお読みの上、ご覧ください。
kr嫌われが起こって、その後の話です。
自傷、暴力やいじめのような描写があります。
pnkr
「クロノアさん」
扉の向こうへ声をかける。
少し間があってから、返事が返ってきた。
「……ぺいんと?」
「はい。開けますね」
「うん」
ポケットから合鍵を取り出して、鍵を開ける。カチ、と音がして、扉が開いた。
部屋に入ると、クロノアさんは机の前に座っていた。俺が入ってくるのを見て、読んでいた本を閉じたようだった。
「今日はどうしたの?」
「これをクロノアさんに渡したくて」
持ってきた袋を差し出すと、クロノアさんは袋を見て、それから窺うように俺を見る。
「……俺に?」
「はい」
受け取ってすぐに開けるのかと思ったけれど、クロノアさんは袋を受け取ってそのまましばらく動かなかった。指先が持ち手を何度か撫でている。
「開けてみてください」
「……ぁ、…うん」
袋の中から取り出したものを見て、クロノアさんが瞬きをした。
「……マグカップ?」
「はい。使いやすそうだったので」
「……俺に?」
「そうです」
クロノアさんは両手でマグカップを持った。
何も言わずに、なんの変哲もないマグカップをじっと見て、指先で縁に触れて、そっと輪郭を確かめている。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「……嬉しい」
そう言って、少し笑った。
その顔を見て、俺も笑う。
「よかったら、使ってください」
「うん…大事にする、」
クロノアさんはマグカップを机の上へ置いて、新しいおもちゃを与えられた猫みたいにじっとカップを見ていた。
その日は用事を済ませて部屋を出た。
あれから何度かクロノアさんの部屋を訪ねたけどマグカップはいつも机の上にあって、使われているところは見なかった。
まあ、買ったものをいつ使うかなんて本人の自由だし、俺だって貰ったものをすぐに使うとは限らないから不自然ではないかもしれない。
でも何度見ても同じ場所にあって、まるで置物のようだった。
ある日、机の上に置かれていたものを少し片付けようとしてマグカップへ手を伸ばすと、クロノアさんが反応をした。
「あ、それ……」
「すみません。動かそうと思っただけです」
「…俺がやる」
「大丈夫ですよ」
「いいから」
クロノアさんが立ち上がって俺の手からマグカップを受け取ると、両手で包むように持った。
棚の上にそっと避難させてから机を片付けて、また両手で持って、机の上へ戻す。
置いたあと、少しだけ位置をずらして調整している。決まった位置があるらしい。
「そんなに大事なんですか?」
「うん」
クロノアさんはマグカップを見ながら、もう一度小さく頷いた。
「………大事」
「そうですか」
それ以上は聞かなかった。
それからも、マグカップは使われていない。机の上に置かれたまま、いつ見ても綺麗な状態だった。
またある日、その日は少しだけ話をしてから、俺は持ってきた作業を始めた。
クロノアさんは机の前で本を読んでいて、キーボードを打つ音と、ページをめくる音だけが聞こえていた。
しばらくして、俺は一度手を止めて何となく顔を上げると、クロノアさんがいつのまにか読書をやめて、じっとマグカップを眺めてることに気づいた。机の上に手を置いて頬を預けるようにして、そこに置いているカップを、ただ、じっと見ている。
時々存在を確かめるように指先でそっと輪郭をそっとなぞる。その動きがあまりにも丁寧で、俺は手を止めたまま見ていた。
何を見ているんだろう。マグカップを見ていることは分かるけど、何がそんなにおもしろいのか俺にはわからない。
声をかけるのを少し迷った。
けれど、ずっと黙って見ているのも悪い気がした。
「クロノアさん?」
「……ん?」
クロノアさんが俺を見る。
「………見てた?」
「はい」
見られていたことに気づかなかったのか、少し恥ずかしそうに笑って、またマグカップへ視線を戻す。
「それ、ずっとそこに置いてますよね」
「うん」
クロノアさんの指が、またマグカップの縁に触れた。
「使わないんですか?」
今度は少し考えるような間があった。
「……使ってもいいんだけど」
「はい」
でも…、と言葉が止まって、クロノアさんはマグカップを見たまま、撫でていた手をゆっくり引っ込める。
「……大事だから」
「…大事?」
「うん」
クロノアさんが俺を見る。
「……ぺいんとがくれたから」
その言葉を聞いて、返事ができなかった。
そういうことだったのか。
いや、そうだと決めつけるのも違う気がする。
クロノアさんが何を考えているのか、俺にはまだ分からない。
でも俺が渡したものを大事にしてくれている。
それだけは分かった。
「…そんなにですか」
自分でも変な聞き方だと思った。
クロノアさんは笑った。
「……うん」
それからまた、マグカップを見る。
最初に渡した時、俺は本当に何も考えていなかった。
たまたま目に入って、使いやすそうだと思って,クロノアさんに贈った。
それをクロノアさんが、こんなふうに大事にしている。
何となく、落ち着かない。
嬉しいはずなのに、手放しで喜んでいいのか分からなかった。
「……無理に使わなくてもいいですよ」
そう言うと、クロノアさんが顔を上げる。
「……いいの?」
「はい」
「……うん」
少しだけ笑う。
「ありがとう」
「いえ」
その日は、嬉しそうなクロノアさんとそれを眺める俺の静かな時間が流れていた。
コメント
1件
うわ、すごく静かで丁寧な話だね…。クロノアさんがマグカップを「大事」って言って、使わずにずっと机に置いてるの、なんだか切なくて温かい気持ちになったよ。ぺいんとが「無理に使わなくていい」って言ったときのクロノアさんの「いいの?」って返しが、印象に残った。相手の気持ちを大事にしたいけど、どう扱えば正解かわからない、そんなもどかしさが伝わってきた。夜見さんの描く人間関係の繊細さ、すごく好きです🥀
5,025
あいう
447
#cp要素あり
S✩.*˚
117
沙彩
1,129