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線上のウルフィエナ ―プレリュード―

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線上のウルフィエナ ―プレリュード―

29 - 第十三章 荒野を血に染めて(Ⅱ)

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2023年08月14日

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憎き巨人の討伐が成された直後、ウイルは呆気にとらわれながらも歓喜に震えた。

 旅の目的が成就したのだから、帰路へ着くか迷いの森へ立ち寄るか、どちらにせよ一息つけるはずだった。

 無人なはずの盆地で、出会ってしまった二組の人間達。

 吹き付ける砂塵が死臭をかき消し、避けられぬ戦いを静かに呼び込む。


「あ、あの……、一体何が……」

「あそこを見てごらん。もしかして、以前話してくれた、迷いの森の魔女かい?」


 ウイルはゆっくりと振り返り、同行人達と視線を揃える。

 本来ならば、どこを見渡そうと殺風景な荒野のはずだった。

 しかし、今回は異なる。異物のように見知らぬ二人組が遠方に立っており、こちらをじっと見つめ返してくる。

 それだけではない。

 寒気を伴う圧迫感のようなものを感じていたのだが、少年はその原因を巨人族の重圧だと思い込んでいた。

 実際は別種だ。ディーシェがそれを完膚なきまでに殺した今もなお、痛いほどの殺気が彼らを飲み込んでいる。

 発生源は彼女らだ。

 なぜ、自分達に敵意が向けられているのか、ウイル達には見当もつかない。それでも事実は事実として受け入れるしかなく、四人は戸惑いながらも警戒心を強める。


「すみません、わからないです。見たことない人達です……」


 問いかけに対する素直な回答がこれだ。

 あの二人組は魔女だろう。少年の視力では彼女らの目に赤線の円を確認することは出来ないが、佇まいや雰囲気はイダンリネア王国の人間とは思えない。ならば消去法で魔女だと決めつけようと的外れではないはずだ。

 目と鼻の先に広がる迷いの森。そこには魔女がひっそりと隠れ住んでいる。

 地理的にはこの二人がそこから来たと考えるべきだ。むしろそう思う以外にはありえない。

 だからこそ、この状況は理解不能だ。

 迷いの森でひっそりと生きていくためにはそれ相応のルールがあるはずだと、ウイルでさえ子供ながらに想像出来る。

 その一つが、イダンリネア王国の人間と接触してはならない。自分達の存在を勘づかれてはいけないのだから、厳守すべき規律のはずだ。

 魔女狩り。王国は建国以降、軍隊を使って彼女らを殺し続けている。

 曰く、魔物だから。

 曰く、人間の姿を模してまで自分達を殺そうとするから。

 曰く、殺された軍人達の仇討ちのため。

 動機はなんであれ、つまりは魔物の一種である以上、殺さないという選択肢は存在しない。

 魔物は人間を殺す。食べるためではない。殺したいから。

 ならば、ためらってはならない。もとより人間などひ弱な存在だ。本来ならば一方的に狩られる側ゆえ、外敵に抗おうなど無茶な話だ。

 この世界の掟であり、言わばルールそのもの。躊躇した者から順に殺される。それが嫌ながら逃げ出すか、大人しく命を差し出すしかない。

 魔女は人間だ。その事実を知る者はいない。

 否、そんなはずはない、と少年は見抜いている。

 親や先生が嘘を吹き込んだのではない。彼らもそうだと教わったに過ぎない。

 もっと上の誰かが真実を隠している。

 清廉潔白だと思っていた祖国に対し、ウイルは十二歳の若さで疑惑を抱く。

 もっとも、そんなことはこの際どうでもよい。

 傭兵のような身なりの彼女らは何者だ?

 わからないが、味方ではなさそうだ。

 そう思える理由は二つ。

 巨人と戦っているディーシェに対して、加勢の素振りすら見せなかったこと。

 そして、むき出しの敵意が最たる根拠だ。


「魔女は魔物だって俺も小さい頃教わったが……。まぁ、実際のところは違うだろうな~と薄々は気づいてたんだけどな。ディーシェとトュッテもそうだろ?」

「ああ」

「も、モチロンニャー……」


 短剣に手を添えながら、サキトンが立ち位置をわずかにずらし、ウイルの右隣りに陣取る。

 盾だけを回収したリーダーが、三人を追い抜き先頭へ躍り出る。

 トュッテはウイルの左に立ち、サキトンと二人で依頼人を手厚くカバーする。

 自分達の置かれた状況は未だ不明なままだ。それでも、傭兵は即座に戦闘態勢へ移行してみせる。


「実はな、傭兵の中には魔女に会ったことがある奴がごくまれにいてな。俺達は運が良いのか悪いのか、そんな経験はなかったけども」

「だから、ウイル君から迷いの森について話を聞いた時は、多少驚きはしたがすんなり納得出来た。そんなところに魔女の里があったのか、と。あぁ、もちろん、言いふらすつもりはないよ。森の中でひっそりと生き続ける、それはきっと大変なはずだ。それでも、そうしなければならない理由が彼女らにはあるのだろう。その理由が僕達だとしたら申し訳ないと思うけど、だからと言って……」


 サキトンとディーシェはベテランの傭兵だ。自分の目で見て確信を得たいという信念を抱いており、噂話に耳を傾けるも鵜呑みにはしない。

 魔女は人間。

 それを確かめるためにも話し合いに興じたいところだが、相手にその気がないのなら諦める。

 否。迎え撃つ。


 「た、戦うんですか?」


 相手は人間なのに。そう付け加えようとするも、少年は言葉を飲み込む。

 肌に突き刺さる闘気は本物だ。甘えたことを言っている暇もなければ、希望にすがることも許されない。


「あの二人次第かな」

「だな。まぁ、十中八九、ぶつかることになるだろ。それが殺し合いなのか単なる手合わせかは、わかんねーけど」


 盾役としてディーシェが集団の先頭へ。

 サキトンは未だ武器を抜いてはいないが、心構えは既に移行済みだ。


(魔女ならハクアさんの知り合いのはず……。それがなんで? なにか、状況が変わった?)


 ウイルにはわからない。

 ハクアを筆頭に、そこに隠れ住む人々は決して敵ではなかった。王国の人間に敵意を向ける者も少なからずはいるようだが、それを理由に十二歳の子供を殺そうとする愚か者には出会えていない。

 だからこそ、困惑する。

 なにより迷いの森では、エルディアが右足の再生を受けている最中だ。

 自分達が狙われるということは、彼女も無事では済まないはず。

 そんな最悪の考えが脳裏をよぎるのだから、少年の顔はすっと青ざめる。


「殺気が高まったか。来るな……」


 ディーシェは目を細めながら、警戒心を高める。

 ネイグリングの三人は魔物狩りの専門家だ。一方で対人戦の経験はなく、つまりは魔女に命を狙われたことなど過去に一度もなかった。

 培ったノウハウで戦えるのか、彼らとしても未知数だ。慎重な立ち振る舞いが求められる状況ゆえ、先ずは敵の出方を伺うことから始める。


「あ……」


 ウイルはハッと気づく。同行人に伝えるべき事柄があったということを。


「魔女の魔眼には特別な力が宿ります。天技のように人それぞれみたいで……。だから……」


 その時だった。新たな情報が提供されたことを受け、その場の全員が魔女ではなく少年に意識を向けた瞬間、緑色の殺意が音もなく空から現れる。

 水のように透き通る、翡翠の鳥。

 その正体を、視認した面々は瞬時に察する。

 野鳥ではない。

 魔物でもない。

 そもそも生き物ですらない。


(タビヤ……)

(ガンビット!)

(ニャッ⁉)


 唯一、ディーシェだけは気づけない。数歩先で魔女だけを見据えていたのだから、無音で飛行するこれを認識出来るはずもない。

 人間を嘲笑うように、鳥はウイルの眼前で爆弾のように爆発する。

 ゆえに助かるはずもない。その威力は岩ですら容易に砕く。傭兵であっても直撃なら致命傷だ。

 タビヤガンビット。探知系の人間が三番目に習得する戦技。緑色の半透明な鳥を具現化し、魔物を探させる。ウイルのジョーカーと同等の性質だが、こちらは鳥そのものを爆発させることが可能だ。索敵範囲だけならジョーカーに劣るが、攻撃手段に転用出来るという点では優れているとも言えよう。

 爆ぜる閃光。爆風は破壊エネルギーそのものであり、目の前で晒されようものなら人間など粉みじんだ。

 自分の死を認識することはおろか受け入れる猶予すら与えられない。

 だからなのか、ウイルは自身に何が起きたのか、即座には理解出来なかった。


(ぐあっ!)


 痛む後頭部。錯覚か現実か、それすらも脳が処理してくれない。状況を把握するためには外部からの情報が必要だ。


「オラァ!」


 近場で発生した、見知らぬ女の叫び声と金属の激突音。


「次っ!」

「ほいぃ」


 間髪入れずに、先ほどの声と新たな声が走る。

 どちらも初耳だ。この瞬間、ウイルは理解する。

 自分はまだ死んでいないということと、魔女の攻撃が始まったことを。

 耳がキインと痛むが、それでも聴覚は正常だ。

 それよりも頭が痛い。硬い地面に押し付けられたからであり、その理由は布団のように覆いかぶさる男に起因する。


「おう、生きてるか?」


 ひそひそ声はサキトンのものだ。爆発に誰よりも早く反応するだけでなく、依頼人の盾となって守ってみせたその実力は、まさしく凄腕の傭兵だ。


「あ、はい……。頭がズキズキしますけど」

「すまん。なにぶん急いでたからな。おもいっきり叩きつけちまった。さて……と」


 依頼人の無事は確認出来た。ならば、ここからは次のステップへ移行する。

 サキトンは音もなく立ち上がる。背中が煤けているが、本人は無傷だ。

 戦場へ視線を向けると、どうやら自分達が劣勢なのだと思い知らされる。

 ディーシェは見当たらない。その理由まではわからないため、ひとまず後回しだ。

 問題はトュッテ。右腕を失ったばかりか、今なお二人の敵狙われており、明らかに追い詰められている。

 ならば、やるべきことは一つ。


「どらぁ!」

「な……ぐぅ⁉」


 走り出した次の瞬間には間合いを詰め終える。サキトンの右足はそのまま女の腹部に食い込み、長髪の魔女を荒野の彼方まで蹴り飛ばしてみせる。


「ルーフェン姉さんがぁ、おもしろいぐらい飛んでったぁ」


 ナイフを構えながら、童顔の魔女が平然と言ってのける。表情に変わりはないが、それでもこの状況には驚きだ。

 腕の立つ従妹が奇襲とは言え、一撃をもらったこと。

 そして、タビヤガンビットで殺せたと思っていた男がしれっと戦線に復帰したこと。

 どちらも信じ難い。それでもこの女は事実として受け入れ、眉一つ動かさずに戦況の変化を分析する。


「へ、たいしたことねーじゃねーか」

(油断ならないぃ)

「痛いよー痛いニャー」


 残された三人はそれこそ三者三葉だ。

 勝ち誇るサキトン。

 劣勢と判断し、じりじりと後退する魔女のミンク。

 右腕の切断面から滝のように血を流すトュッテ。

 つまりは、一対一。負傷者の加勢は当てに出来ないが、少なくとも劣勢ではなくなったはずだ。

 そんな幻想は、あっさりと否定される。


「勝ったつもりかよ?」


 その声はサキトンの真後ろで発生した。

 刺々しいそれは、先ほど吹き飛ばした魔女の声だ。

 殺さないよう、斬りつけるのではなく蹴ることを選んだのだが、その選択が誤りだったとサキトンは後悔と共に気づかされる。


「ドラァ!」

「ちぃ!」


 振り下ろされる銀色の斧。それが男の背中を切り裂くはずだった。

 こまのように回転、反転と同時に両手で短剣を構え、迫り来る刃をギリギリのタイミングで受け止める。

 ギィインと金属音が響く中、もう一人の魔女がその隙を見逃さない。

 狙いはもちろん、男の無防備な後ろ姿だ。従妹の攻撃を防いだ手腕は称賛に値するも、二対一という自分達に有利な状況を活かさない理由もなく、小さな体を発進させ、隙だらけなサキトンに斬りかかる。

 その瞬間、突風が戦場を駆ける。それは息苦しいほどの殺気を吹き飛ばし、勢いそのままに二人の魔女を飲み込んでみせる。


「くそっ、一旦立て直すよ!」

「了解ぃ」


 長身の魔女は悔しそうに、もう一人はひょうひょうとサキトンから離れる。

 この状況、想定外ではないのだが予想よりも早いタイミングで訪れた。

 ゆえに動転せずに済んだが、ルーフェンの心中は穏やかではない。


「あぶねーあぶねー。あと少し遅かったら俺もざっくり切られてたのか。こいつら、けっこうつえぇぞ」

「そのようだな」


 プレッシャーを伴いながら、ディーシェが静かに現れる。盾は破壊されたが、白色の鎧と白銀の片手剣に傷は見当たらない。金色の髪も整っており、聡明な顔立ちは健在だ。


「はぁ、痛かったニャン」


 そしてもう一人。

 右腕を切り落とされたトュッテだが、地面のそれをさりげなく拾い、切断面をくっつけながら回復魔法であっさりと治療を済ます。出血量は決して少なくはないのだが、見た目は健康そのものだ。


「ウォーシャウトか。ち、わかってはいたけど……」

「あちらさん、無傷そうですぅ。お命頂戴は失敗ぃ」


 ルーフェンとミンク、二人の魔女は態勢を立て直すためにも合流を果たす。

 ウォーシャウト。守護系が習得する一つ目の戦技。その効果はウォーボイス同様、対象の行動を制限する。受けた者は攻撃相手を発動者に限定されてしまうため、今回の場合、魔女達はサキトンへの殺傷を諦め、その男に狙いを定めるしかない。

 ウォーボイスと異なり、この戦技は使用者の周囲へ効果を及ぼす。一度に複数の敵を縛ることが出来ることから、これを多様しない理由などない。


「で、どこ行ってたんだ?」

「爆発の直後に斧で殴られたんだが、いなしきれなかった」

「おいおい、ディーシェですらさばけないってマジかよ? あぁ、だからか。俺の腕が逝ったのも」


 サキトンはつまらなそうにぼやく。

 面妖な瞳を持つ二人組の実力は想像以上だ。

 そうであることを主張するように、今しがたの一撃を受け止めた際、彼の両腕は負荷に耐えられずに負傷してしまった。

 骨が折れたのか、筋組織が破壊されたのか、もしくは両方か。症状まではわからないが、鈍痛と共に力が入らない。


「ヒーリングシャワーニャン。手がかかるんだから~」

「おまえに言われたくねー」


 トュッテの魔法が彼らを包む。劣勢だった事実を否定するように、白色の輝きは瞬く間に傷を癒してみせた。

 ヒーリングシャワー。回復魔法の一つ。単体ではなく集団の負傷を一度に治すことが可能だ。習得者は非常に少なく、使えるだけで他者から羨望のまなざしを向けられるほどの希少な魔法だ。


「み、皆さんご無事で……」


 そして、ウイル。トュッテの後ろに隠れていたのだが、半歩踏み出して顔を覗かせる。


「ウイル君も大丈夫そうだね。さて、これが人間同士の戦いか……」


 ディーシェは剣を構え、最前列から相手を見据える。


「魔物に襲われた時とはこうも勝手が違うとはな。まぁ、やられたからにはやり返してやる。もう殺すことにも躊躇しねー」


 サキトンの鼻息は荒い。殺されかけたという事実が、闘争心に火をつけた。


「すっごい痛かったんだからー! もう許さないぞー、ぷんぷん」

(ニャンがない)

(うざ……)

(大人の人もぷんぷんなんて言うんだ。あ、母様もか)


 トュッテも怒り心頭だ。杖を破壊されたばかりか、右腕までも切られてしまったのだから、回復魔法がなければ傭兵としての一生は終わっていた。その後の追撃が間に合っていれば、そのまま命を落としていた可能性すらある。

 しかし、過程はどうあれ、四人は危機を乗り越えた。

 ここからは反撃に打って出たいが、リーダーとウイルは冷静な態度で先ずは会話を持ち掛ける。


「君達は何者なんだい? 俺達は傭兵、イダンリネア王国の傭兵だ」

「ぼ、僕達は先ほどの巨人を倒しにここまで来ました。目的は果たせたので、後は帰るだけなのですが……」


 嘘は何一つ告げていない。信頼出来ない相手とは言え、騙す理由が一切ないからだ。


「証拠はあんのかよ? おまえら、どうせ紅深紅の手下だろーが」

(ルーフェン姉さん、それは禁句ぅ……。まぁ、もう言っちゃったし、いいかぁ)


 長身の魔女が、濃厚な青色の長髪を揺らしながら威嚇する。つまりは疑っており、そもそも耳を傾けるつもりもない。

 一方、ぼさぼさ頭の女は無表情を貫きながらも困り顔だ。単語の意味は四人に伝わらずとも、自分達の立ち位置を探る手がかりにはなりうる。伏せるべきだとわかってはいながらも、従妹の暴走は止められない。


「傭兵としての証拠……か」

(ベニシンクだぁ? 聞いたこともねー名前だな)

(証拠……、難しい難題なんだニャ)

(紅真紅……。紅い……赤? だとしたらそれは……)


 その反応は四人それぞれだが、リーダーは白銀の鎧に手を入れ、それを取り出すことから始める。

 長方形の小さなカード。傭兵しか所有出来ない、言わば身分証のようなものだ。


「知らないかもしれないが、傭兵の証、ギルドカードだ。どうかな、納得してもらえたかい?」

「そんなへんぴなもん見せて何が言いてーんだ。おちょくってんじゃねーぞ!」

(本物っぽいけどぉ、そもそもルーフェン姉さんはギルドカードのことを知らないかぁ。ま、こうなっちゃったら四人殺せば済む話ぃ)


 残念ながら話し合いは平行線だ。年下のミンクは年長者を差し置いて状況把握を終えているものの、この場の打開策を皆殺しで済ませようと思っており、あえて沈黙を選ぶ。


「信じてもらえなくて残念だ。ところで、繰り返しになるが君達は……」


 カードをしまい、問いかけ直す。自己紹介が済んだ以上、今度こそ相手の素性を知りたい。

 ディーシェとしては、戦闘の回避が本音だ。相手は魔女であり、人間である以上、不必要な殺生は避けたいに決まっている。


「教えるはずねーだろ? 派閥がちげーんだからよー!」

(それぇ、ほとんど答えてるよ~なぁ)


 その通りだ。ルーフェンの言動が、隣のミンクをただただ困惑させる。

 この発言が決定的だった。少年は欠けていたパズルのピースをついにつかみ取る。


「そういうこと……。あなた達は、迷いの森とは別の場所で暮らしている魔女……ですね?」


 ウイルが真実にたどり着く。

 答え合わせは魔女の反応からも明らかだ。長身の女は取り繕うこともせず、顔を歪ませる。

 ゆえに、少年の追求は止まらない。


「ハクアさんを、真っ赤な髪のあの人を襲おうとしている? 同じ魔女なのに、なぜ?」


 彼女らは魔女だ。ならば、一致団結してイダンリネア王国と戦うべき立ち位置の勢力と言えよう。魔女狩りという悪しき風習がどれほどの血を流してきたかは、当事者こそが誰よりも知っている。だからこそいがみ合っている場合ではない。

 足並みを揃え、手を取り合い、憎き人間達に戦争を仕掛けるはずの魔女が、動機は不明ながら殺し合っているという事実。ウイルとしても信じ難いが、長身の女からもたらされた情報がそうだと雄弁に語っている。

 ありえない。

 それでも納得する。

 魔物という驚異がこの大陸にはうごめいている以上、人間同士の争いは完全に悪手だ。本来ならば、自分達の首を絞めるだけの行為だが、眼前の魔女は嘲笑うように口を開く。


「ミンク、やっぱりこいつら紅真紅の手下じゃねーか。傭兵だか何だかって嘘つきやがって」

「迂闊な子供ぉ。傭兵なのは本当なんだろうけどぉ」

「え⁉ そうなの⁉」

「奴のことを知ってるのならぁ、どの道私達の敵ぃ。んでぇ、あなたが気づいたようにぃ、私にも色々見えてきたぁ。紅真紅は王国とも繋がっているぅ。うん、黒婆様の言ってたことは本当だったぁ」

「だな!」


 状況は悪い方向へ進展する。

 ウイルが相手の素性を見抜けたように、彼女らもまた四人の立ち位置を再認識する。

 ディーシェ達三人は単なる傭兵だ。

 一方で、ウイルだけは異なる。迷いの森と繋がっており、この少年が加わることで四人組はルーフェンとミンクの獲物へ変化する。


(うぅ、取り付く島もない。魔女には魔女の事情があるようだけど……)


 平和的解決の糸口を見いだせたつもりでいたが、現実は甘くない。魔女を刺激ばかりか、敵対関係であることをより鮮明に際立たせてしまった。

 狼狽するウイルと笑みをこぼすルーフェン。ミンクと傭兵達だけは平然としているが、戦闘は避けられないと初めから覚悟を決めていた。


「ババアからは紅真紅を殺せって言われたけどよー、皆殺しはダメなんて一言も言われてねーからな。だったら、思う存分暴れてやるぜ!」

「賛成。お命頂戴ぃ」


 立ち話は終了だ。正体を探り合ったところで行きつく先は殺し合いでしかなく、二人の魔女は意気揚々と闘気を高める。


(だったら仕方ない、のか? 立ちはだかるなら、排除するしかなさそうだけど……)


 悔しがる素振りを見せながらも、ウイルは酷く冷静だ。

 魔女は人間。そのことを理解していながらも、目を背けない。

 つまりは、今から始まる殺し合いを見届けるつもりでいる。

 もちろん、自分達が負けるとはつゆにも思わず、その理由は四対二と数の上で優勢だからだ。

 残念ながら、そんな楽観的思考は彼女らの発言によってあっさりと覆される。


「タビヤガンビット、いけるな?」

「もち。次こそ一人は殺すぅ」


 その瞬間、ウイルは体を硬直させ、サキトンは小さく舌打ちをする。


(さ、さっき使ったばかりじゃ……)

(ブラフっぽいが、だとしても警戒は必要ってことか。ふん、これで実質二対二に持ち込まれちまった。こいつら、相当に戦い慣れしてやがるな。しかも、人間相手に……)


 タビヤガンビットは再使用までに六百秒のインターバルを必要とする。ウイルの指摘は正しいのだが、抜け道があることを知らないだけでもある。

 呼び出した鳥の活動時間もまた、最大十分間。

 ならば、その時間ぎりぎりまで空中で待機させ、その後に獲物を攻撃したのなら、その直後に二匹目を羽ばたかせることが可能だ。

 回りくどいやり方かもしれないが、傭兵ならば知っておかなければならない手法であり、学校では教わらない泥臭い戦法と言えよう。


(サキトンに少女の相手を任せようと思っていたが……)

(タビヤガンビットはサキトンに押し付けるニャ。私はいつものように回復ニャン。あれ? 頭ぼさぼさの子はどうしよ?)


 四人は余裕を持った戦闘運びが可能だと思い込んでいた。

 ディーシェが長身の魔女と。

 サキトンが小柄な魔女と。

 トュッテは二人の回復に努め、ウイルは安全地帯から見守る。

 一対一なら負けないという算段の元、傭兵らしく戦況を分析していた。

 だが、その単語が口から飛び出した以上、警戒すべき相手は二人だけではなくなる。

 タビヤガンビット。空から迫り来る爆弾。

 普段ならば問題ない。その程度の火力ではディーシェ達は傷一つつかないのだから、目の前の敵に集中すればよい。


(これじゃ、僕はただの人質……)


 ウイルもついに気づく。態勢を立て直したこの状況においても、自分という存在が彼らの足を引っ張ってしまっている、と。

 なぜなら、三人の誰かが護衛のために張り付かねばならず、当然ながら戦力はその分低下する。

 その役割はサキトンが担う以上、数の上では上回れているという分析は単なる妄想だ。

 この状況を作り出したことで、二人の魔女は静かに笑みをこぼす。


(へへ、バカみてーに青ざめてら)

(嘘なんて言ったもん勝ちぃ)


 実は、タビヤガンビットはまだ使えない。先ほどの使用からそれだけの時間が経過していないからだ。

 それでも啖呵を切った理由は、戦場にただの子供がいるからだ。脅しであろうとこの四人は警戒せざるをえないのだから、嘘か本当かはこの際どうでもよい。


(だけど……!)


 少年は怯まない。泣き言が何も解決しないと知っており、なにより、ディーシェ達に頼り切っていることなど百も承知だ。

 エルディアに助けられ、今はさらに腕の立つ傭兵に助力を求めている。非力な人間がこの世界で目的を達成するためにはそうするしかなく、とは言え、このようなやり方はもう終わりだ。

 ここからは違う。

 不出来な傭兵であるという事実は否定せず、その上で自分の仕事を見つけることから始める。

 先ずは突破口を見出す。成功するかどうかも未知数だが、何もしないよりは有意義だと自分に言い聞かせ、ウイルはその可能性に一縷の望みを託す。


「ミンク、先ずは白鎧のキザ野郎からだ」

「ほいぃ」


 両脚に力を溜め込み、ルーフェンが姿勢をわずかに落とす。従妹との阿吽の呼吸で、人間を一人殺す算段だ。


「行くぜ!」


 斧のグリップをぎゅっと握り、後は突撃するだけ。

 それをわかっているからこそ、隣のミンクも短剣を構えながら相方の突撃を待ち続ける。

 だが、異変は既に起きていた。それに気づいたのは、当然ながら当事者からだ。


「んな⁉ 動けねー! い、いや、違う!」


 魔女の足が動かない。まるで地面に張り付いてしまったかのように錯覚するも、状況としてはそれに近い。

 一方で上半身は自由だ。青色の長髪を揺らしながら、両腕を振り回せている。


「ルーフェン姉さん? どしたのぉ? え? も、もしかしてぇ?」

「グラウンドボンドか⁉ どういうことだよ!」


 それだけはありえない。それをわかっているからこそ、長身の魔女は敵の視線に晒されながらも取り乱す。


「え、だってこの四人はぁ……」

「だからありえねー! 誰だ! 誰がグラウンドボンドを使いやがった!」


 殺気のこもった怒声が空気を震わせ、一瞬の静寂を招く。

 しかし、今は人間同士が醜く殺し合っている最中だ。無人の荒野ならそれが当たり前だが、ここには六人も集っている。

 その男が沈黙を破ったところで不自然ではない。


「実は俺だったり……」


 なぜか恥ずかしそうに、サキトンが右手を挙げる。


「ふざけるな! おまえは技能系だろ!」


 男の嘘を、ルーフェンは即座に見破る。それを可能とする魔眼を宿しているのだから、彼女としてはその言動に神経を逆なでられる。


「ふ、ばれては仕方ない。俺だ」


 謎の問答は続く。威風堂々とディーシェが口を開くも、魔女の瞳はそれが嘘だと既に見抜いている。


「守護系が何言ってやがる! それとも何か⁉ 二つの戦系を持ってるとでも言いたいのか! それこそ冗談以外の何者でもねーじゃねーか! あ~、イライラする!」


 ついには斧を地面に突き立て、青い髪ごしに頭をガシガシとかきながら、ルーフェンが苛立ちをぶちまけるように叫ぶ。

 彼女の思考はもはや錯乱状態だ。たった一度、魔法を当てられただけなのだが、死線をくぐり抜けた魔女だからこそ、異常事態だと気づけてしまう。

 グラウンドボンドは支援系だけが習得する魔法だ。技能系や守護系が使えるはずがない。


「二人とも何言ってるニャン。使ったのはウイうっ! な、なぜ殴るニャン……」

「乗っかってこねーなら少し黙ってろ、このバカ」

「暴力も言葉も痛いニャン……」


 仲間を嘲笑い始めたトュッテの脇腹に、サキトンの拳がめり込む。クリっとした瞳に大粒の涙が浮かぶも、同情する者は少年ただ一人。


「該当する奴はいないはずぅ。どういう、ことぉ……」


 無表情なミンクも、想定外過ぎる現状に戸惑いの色を隠せない。

 殺し合いは一旦中断し、二つの勢力による睨み合いが始まる。片方が近寄れないのだからそうなることは必然であり、先ほどの魔法がそのための時間を作り出す。

 実は、魔女と同等かそれ以上にウィルもまた驚いている。


(まさかとは思ったけど、本当に命中するなんて……。いや、あの巨人相手に成功した以上、今回も不思議じゃないのか? いや、そういう次元じゃない……)


 グラウンドボンドは弱体魔法の一種だ。フレイムやスパークのような攻撃魔法とは異なり、相手を傷つけることは出来ないが、代わりに対象をその場所に縛れてしまう。

 ウイルが心底驚いた理由は、またもこの魔法が成立したからだ。

 弱体魔法は、詠唱者と標的の魔力差によって成否が決まる。

 強い者が格下の相手に使えば、ほぼ確実に縛れる。

 その反対なら高い確率で失敗するだろう。


(白紙大典……、本当に何者なんだ?)


 この少年もルールには抗えない。それでもグラウンドボンドを使いこなせている理由は、魔法の発生ロジックが普通ではないからだ。

 魔源の消費はウイルが受け持つも、実際のところは元の所有者である白紙大典が発現させている。

 ならば魔力の参照先もこの本ということになり、だからこそ、格上の巨人族や魔女相手にグラウンドボンドが命中する。

 つまりは、白紙大典は隻腕の巨人はおろか、眼前の魔女すらも上回る実力の持ち主ということになる。

 ただの本ではない。そんなことは契約当時からわかっていたが、彼女がどれほどの存在かを、この出来事で改めて思い知らされる。


(とりあえず今は……)


 ウイルのすべきことは一つ。それしか出来ないとも言えるが、どちらにせよ、一見すると無意味なこの時間を延長する。

 グラウンドボンドによる拘束は最大で三十秒。その時間が過ぎ去るよりも先に、ルーフェンの立っている地面に黄色い輪っかが出現、瞬く間に収束する。

 それこそがこの魔法の合図だ。それを裏付けるように、長髪の魔女は自由を取り戻すよりも先に再度縛られてしまう。

 もっとも、四つの魔眼は見逃さなかった。魔法の詠唱時に発生する、視認可能な魔力の揺らぎを。


「なん……だとっ⁉」

「あ、ありえないぃ……」


 シャボン玉のようなそれは、小さな子供の体から湧き出ていた。ひっそりとサキトンの背後に隠れたが、その動作がかえって彼女らの視線を呼び込んでしまう。

 わずかに間に合わなかった隠ぺい工作。ならば、その二人が見落とすはずもなく、犯人の特定はこうして成される。


「そ、そこのチビが……。おまえは、おまえの戦系は……、バカヅラな女共々、魔療系だろっ! しかも! あー! 意味がわからねー!」


 ルーフェンの混乱は最高潮だ。動かぬ足以外を振り乱し、悲鳴のような叫び声を荒野に響かせる。

 一方、ウイルも明かされた事実に面食らう。今の今まで知らなかった情報が前触れもなく開示されたのだから、彼女ほどではないが驚きを隠せない。


(僕って魔療系だったんだ……。今となっては、だから何だって感じだけど……。それよりも……)


 戦闘系統を言い当てられたことは、この際どうでもよい。より大事なことがあると少年は見抜いており、開示された事実からとある答えに辿り着く。


「あなたの魔が……」

「バカヅラって、もしかして私のこと⁉」

「ったりめーだろうが。今大事なところだから少し黙ってろ、バカ」

「バ……⁉ 風評被害ニャ、肩身が狭いニャン……」


 横やりがウイルの発言を遮るも、心を強く持って再度口を開く。


「あ、あなたの魔眼の正体がわかりました。見るだけで僕達の戦闘系統を見破れるなんて……。堂々と奇襲してきたことも、戦う姿に迷いがない理由も納得です。こっちの手の内は事前にわかってしまうのだから……」

「く、う……」


 正解な上に図星だ。

 だからなのか、長身の魔女は一回り以上も幼い子供に怯んでしまう。


(魔女と呼ばれる彼女らには、きっと重宝する能力なのだろう)


 ディーシェの予想通り、ルーフェンの魔眼は魔女だからこそ役立てられる。

 思念公園。そう名付けられたこれは、魔物との戦闘では効果を発揮しない。対象は人間に限定されており、魔物狩りを専門とする傭兵には不要とさえ言い切れる。


(人間相手に……、王国の軍隊を相手にするのなら話は違ってくるか。まぁ、今回は裏目に出たんだけどな)


 サキトンも見抜いている。

 この魔眼は対人戦に特化しており、長身の魔女が戦いの主導権を握れていた理由そのものだ。


(私の思念公園は一発芸みたいなもんだ。バレたところで問題ない。だけど……)

(私の魔眼も戦闘向きじゃないしなぁ。どしよぉ)


 ルーフェンとミンクはこの子供を警戒しなければならない。

 理由は二つ。

 戦闘系統と合致しない魔法を使用した不可解さ。

 グラウンドボンドで二度も拘束されたという事実。。

 不気味だ。

 見た目こそ、ひ弱な子供にしか見えない。

 しかし、中身はそうではないと気づかされる。

 内に秘めた闘志。

 他の三人に負けず劣らずの眼力。

 そして、ずば抜けた魔力。正しくは白紙大典の魔力なのだが、事情を知らぬ第三者には見抜けるはずもない。

 人数差を覆すため、嘘をついてまで二対二という状況を作り出したはずだ。

 しかし、摩訶不思議な一手によって作戦は霧散する。


(あのチビ……。どう見ても強そうには見えねー。もしかして、魔力がずば抜けてるだけ? だとしたら……)


 動転しながらも、魔女は冷静さを取り戻す。

 自身の現状はその場から動けないだけだ。倒すべき相手を見極めることは出来たのだから、次の一手を仕掛けるためにも従妹に視線を向ける。


(やるぞ)

(ん、なんか見られたぁ)


 阿吽の呼吸とはいかないが、合図という意味では十分だ。

 荒野に訪れた刹那の静寂。人間同士の殺し合いなど興味ないのか、上空の雲が普段通りに流れ去っていく。

 ここは六人だけの戦場だ。

 そして、脚本には描かれていない想定外の演劇だ。

 それでも客席には孤独な観客が二人着席しており、一方は満足そうに拍手を送るも、もう一人は眉をひそめずにはいられない。

 舞台に上がった六人の人間達。

 生きるか、死ぬか。

 勝つか、負けるか。

 殺すか、殺されるか。

 どちらしか選べないのなら、彼女らは自分達の手を血に染める。


「ふん!」


 殺意と共に繰り出される一手。地面に突き立てられた斧を蒼い長髪が揺れ動くよりも素早く抜き取り、腕の力だけで放り投げる。

 標的はグラウンドボンドの使い手だ。殺し合いに水を差したのだから、その代償を支払わせるため、片刃の凶器でその頭を勝ち割る。

 当然だが、ウイルには迫り来る凶器はおろか、彼女の一連の動作すら視認出来ない。人並以上の体力は付いたが、裏を返せばそれだけだ。十二歳の子供に抗えるだけの身体能力は備わっておらず、魔女による殺人は成立して然るべきと言えよう。


「させんよ」


 甲高い金属音は激突の合図だ。守護系という戦闘系統を誇るように、金髪の傭兵が即座に割り込む。同時に白銀の剣で斧を切り払ってみせたのだから、その実力は嘘偽りない本物だ。

 もっとも、この状況は織り込み済みなのだろう。ルーフェンはその隙を見逃さない。


「そうかい」


 吐き捨てるような発言と、それを飲み込む破裂音。

 身がすくむほどの騒音は銃声だ。不敵な笑みをこぼしながら、長髪の魔女は右手に銀色の拳銃を握っており、銃口からは小さな煙が漏れ出ている。

 誰が撃たれた?

 答え合わせなど不要だ。ディーシェの顔面に命中しており、それを裏付けるように顔面は天を見上げている。


「銃……か。実物を見たことはあったが、まさか自分が撃たれるとはな」

「へ~、こんなでっけー音がするんだな」

「爆音ニャ」


 ラスト・ミラージュの三人がそれぞれの反応を示す。

 片手剣を構えながらも前を向き直すディーシェ。被弾した左頬に血がにじむも、負傷具合はその程度だ。

 依頼人に付き添うサキトンとトュッテも普段通りだ。小さく驚くも、その場から微動だにせず、敵の出方を伺い続けている。


「けん……銃……? あれは軍に支給されている特注品のはず……。なぜ、あなたが?」


 狙われ、守られたウイルだが、半ばパニック状態だ。なぜなら、様々な理由が思考をかき乱す。

 イダンリネア王国製の銃器を魔女が所持していること。

 それが一般流通していない希少品なこと。

 超高級品かつ高威力なそれで撃たれてもなお、ディーシェが平然と耐えたこと。

 完全に理解の範囲外だ。喉が渇くも、荒野の乾燥した空気が原因か、緊張のせいなのか、今は一切合切わからない。


「チッ、狙いは悪くなかったのになぁ。だろ? 反応出来てなかったし」


 左手を真上へ突き上げながら、ルーフェンがつまらなそうに拳銃で自身の肩を叩く。

 斧の投てき後に、間髪入れずの発砲。その目論見は成功し、ディーシェは銃弾に対して回避行動すらとれなかった。つまりは魔女に軍配が上がるのだが、結果がこの程度では勝利とは言い難い。


「さすがルーフェン姉さん、お見事ぉ」

「へへん、だろ~。じゃねーって。私がこいつらの注意を引きつけたんだから、ミンクはその間に後ろの誰かを殺せよ……」

「いやいやぁ、それが全然。チビはともかくぅ、オレンジ頭とバカ女はまばたき一つしなかったぁ。私への警戒もマックスぅ」


 ルーフェンの作戦は二弾構えどころか、その先さえ考慮されていた。

 斧で殺せなかったとしても、拳銃で撃ち殺す。

 そればかりか自身が注視されている隙に、自由なミンクが暗殺を企てる。

 人を殺すことにためらいのない、彼女らに適した必殺の攻撃手段のはずだった。

 その試みは失敗だ。相手の実力を見誤ったのだから仕方ない。

 ディーシェに拳銃程度の近代兵器は通用しない。

 サキトンとトュッテはリーダーを信頼しており、自分達の役割を理解した上で己の仕事に従事する。

 隙などない。

 あるはずがない。

 この戦いは二対二などではないのだから、そう思い込んだ時点で目測を誤っている。

 それを裏付けるように、四人目が牙をむく。


「グラウンドボンド。やはり、あなた達は危険過ぎます。少なくとも、迷いの森の人達とは……」


 ウイルは使い慣れた魔法で、三度、長髪の魔女をその場に縛り付ける。

 魔女は魔物ではなく、人間だ。ゆえに善人しかいない。そんな思い込みはこの邂逅によって完膚なきまでに砕かれたが、グラウンドボンドのかけ直しに失敗するほど平常心を失ってはいない。

 この弱体魔法は再使用までに二十秒も待たなければならず、一方で最大効果時間は三十秒まで。相手が二人の場合、交互に束縛するか、片方に徹するしかない。

 ゆえに今回は標的を凶暴な魔女に絞り、少年は淡々と足止めを継続する。


「へっ、王国に尻尾を振るような連中は皆殺しでいいんだよ。おまえらも……な!」

「偵察だけでも構わないとは言われてるけどぉ、そんなのつまらないぃ。あなた達も含めてぇ、お命頂戴ぃ」


 話し合いは平行線のままだ。問答で情報交換はある程度済まされたが、終戦には至らない。

 それを裏付けるように、突き上げられていたルーフェンの左手が、天を掴む代わりに愛用の斧を握る。


「やれやれ、トマホークか。対人戦がこれほどにしんどいとはな」

「しかもタビヤガンビットと銃も警戒しねーと。どうする?」


 魔女が殺し合いを望む以上、傭兵らも受けて立つしかない。

 ディーシェとサキトンは覚悟を決めつつも、なぜか決断を先送りにする。

 なぜなら普段とは異なり、ここには小さな仲間が同行している。戦う力こそ持たないが、今、この場をコントロールしている人物は紛れもなくその子供だからだ。


「次のグラウンドボンドと同時に、迷いの森へ逃げ込みましょう」


 三人にだけ届くような囁き声。それはウイルが導き出した最善の提案だ。一度は戦うことも辞さないと思い至ったが、自身が足を引っ張っていることに気づかされた以上、より安全な方針へ舵を切る。

 逃げるのならば急がなければならない。少年に残された魔源は残り少なく、水掛け論のような口論を続けようものなら時間切れを迎えてしまう。


「よし、そうしよう」

「今回は勘弁してやるか~」

「了解ニャン」


 満場一致で賛成だ。彼らとしても人を殺さずに済むのなら、喜んでそちらを選ぶ。

 傭兵ながらも人間をその手にかけたことはなく、だからと言ってためらいはしないが、依頼人がそれを望む以上、否定する道理もない。

 行動方針が決まったのだから、彼らから迷いは払しょくされる。

 空気の変化に二人の魔女が眉をひそめるも、ウイルの魔法が着弾した時点で主導権は手放している。大人しく、彼らの動向を伺う他ない。

 ディーシェが握る白銀剣の剣先が、ゆっくりと二人へ向けられる。


「君達には君達の事情があるのだろう。俺達には想像もつかないような。だけどこちらにも都合があるのでね、終わりにさせてもらうよ」

「あぁん! いきなり何だ、偉そうに!」


 片手剣を構えたままながら、その口調は穏やかだ。

 それがルーフェンにとってはどこまでもつまらない。だからなのか、食ってかかるように怒鳴ってしまう。


「サキトン、俺の荷物も頼む」

「おう。今日は大人しく裏方に徹してやるぜ」


 業務連絡は終了だ。

 ならば、後はその瞬間を待つだけでよい。

 突然の沈黙が魔女の警戒心を高める。片方がその場から動けない以上、攻撃に転ずることは難しく、身構えながらも魔眼で四人の様子を観察し続ける。


「い、いきます。グラウンドボンド!」


 四度目のこれが合図だ。

 魔力をたぎらせ、泡のように散らしていくウイル。

 魔女への着弾と同時に、ウォーシャウトを発動させるディーシェ。

 目を見開く敵を他所に、鞄を二個回収するサキトン。

 トュッテもそれに続けば、あっという間に準備完了だ。


「今日のところはこれで勘弁してやるニャン!」

「あばよ!」


 満面の笑みだ。トュッテはニシシと笑い、サキトンはウイルを脇に抱え走り出す。

 最後にディーシェが警戒しながらもそれに続けば、彼らの作戦は見事成功だ。

 グラウンドボンドが更新されたことで、長身の魔女はさらに三十秒、その位置から動けない。

 ぼさぼさ頭の小柄な魔女は問題ないが、単独で突っ込むと返り討ちにあう可能性がある。

 銃や投てき攻撃による足止めも不可能だ。そのための布石がディーシェのウォーシャウトであり、その男にはそれらが通用しないことは既に証明されている。

 ゆえに、見送るしかない。

 南西へ走り去り、あっという間に地平線の彼方へ消え去った四人。未だ三十秒は経過しておらず、となれば追跡など夢のまた夢だ。


「に、逃げやがった……、あいつら……」

「判断してからが早いぃ。脇目もふらず一直線。敵ながら見事と言うかなんと言うかぁ……」


 呆れるしかない。

 奇襲は失敗し、殺し合いは子供に阻害され、挙句には逃亡を許してしまった。

 負けてはいない。

 だが、完敗だ。

 取り残された二人は、荒野の真ん中でポツンと立ち尽くす。


「どうしますかぁ? 予定通り、迷いの森へ向かいますぅ?」


 彼女らの使命は標的の抹殺だ。山を下り、いくつもの土地を越え、ラゼン山脈さえ横断してこの地にたどり着いた。だからこそ、目的地を目の前にして他の選択肢など選ぶはずもない。

 しかし、事情が変わった。


「あいつらの向かった先も、おそらくは森だ。こっちの存在に気づかれた以上、一度戻ってババアに相談するしかねー」

「賛成。仮に紅真紅の実力が今の連中くらいだったらぁ、分が悪いぃ」


 苦渋の一時撤退だ。


「ミンクの瞳を通して全部見てただろうし、まぁ、わかってくれんだろ……、多分……」

「そのための大詐欺師ぃ」


 魔女の眼球は極まれに摩訶不思議な能力を宿す。

 ルーフェンの魔眼、思念公園は見るだけで相手の戦闘系統を見破ることが可能だ。

 そして、ミンクの大詐欺師は他者と視覚情報を共有する。暗殺には不向きながらも、依頼人が遂次監視するという意味では有意義だ。


「あのガキさえいなければ三人共殺せたのに、クソッ」


 嘘偽りない本音だ。青い後ろ髪を垂らしながら、悔しそうに天を仰ぐ。

 灰色の雲が大部分を覆っており、青白い場所はひどくまばらだ。

 砂埃を含むそよ風が、彼女らの肌や衣服を蝕むように汚すも、気にする素振りは見せない。

 嵐は去った。

 本来の静けさを取り戻したミファレト荒野で、二人の魔女が踵を返す。

 魔物が蔓延るこの世界で、人間同士が殺し合う。

 それは愚かなことなのか、仕方ないと割り切るべきか。

 どちらにせよ、彼女達は殺し合う。一方的な殺意ゆえ、狙われた方は災難だが逃げ場などないのだから迎え撃つしかない。

 人間は魔物を殺す。

 魔物は人間を殺す。

 人間は魔女を殺す。

 魔女は人間を殺す。

 魔女は魔女を殺す。

 生きるために、そうしたいがために、彼らは皆、殺し合う。

 この世界はそうなるように作られているのだから、この惨状は必然だ。

 楽園なのか。

 地獄なのか。

 どちらであろうと関係ない。

 戦場だ。その先に破滅が待っていようと、その瞬間まで戦い続ける。

 ウルフィエナ。広大なこの世界で、生あるものは美しくも醜く殺し合う。

 競うように。

 排除するように。

 その姿こそが、最も輝く瞬間なのだから。

線上のウルフィエナ ―プレリュード―

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