テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#極道
鷹槻れん/鷹槻うなの

19,669
鷹槻れん/鷹槻うなの

21,373
#シングルマザー
水羽凛
1,182
#御曹司
鷹槻れん/鷹槻うなの

1,528
第1節 千崎雄二『まだ、追えない』―3―
雄二は一瞬だけ動きを止めると、手にしていた煙草を灰皿へ押し付けるようにしてもみ消した。まだ、十分吸える長さだったにも関わらずそんなことをしたからだろう。
三井がじろりと雄二を睨みつける。
「まさか……忘れてたわけじゃねぇよな?」
沈黙が落ちた。
嘘を吐くことは簡単だっただろう。だが、雄二はそうしたくなかった。
どうせ雪絵は出て行ったのだ。今更どう取り繕ったところで意味はない。
(ならばいっそ――)
自分にとって、雪絵の存在はその程度なのだと、いい加減三井にも知らしめてやりたくなった。
「……雪絵の誕生日を祝ったのは結婚前……お前に言われてケーキを買って帰った一度っきりだ」
「は……?」
三井の目が細くなる。
「……お前」
「分かってるだろう、三井。俺にとって大事なのは百合香だけだ。……お前が雪絵を一番に思うように、俺には百合香しか見えてないんだよ。――それは結婚する前も、した後も変わらない事実だ」
だから雪絵の誕生日なんて覚えているわけがないのだと――。あえて百合香の前でそうするように、雄二は一人称を〝俺〟にして、初めて本音を三井にぶちまけた。
殴られることを覚悟しての暴露だったが、三井は脱力したように力を抜いた。
そうして初めて……声に本気の失望を滲ませてつぶやく。
「俺は……雪絵さんが十歳の頃からずっと見てる」
「……」
「親ぁ亡くして不幸続きだった人だ。……誰よりも幸せになってほしかった」
静かな声だった。
怒鳴り声なんかより、よほど重い。
「……了道が決めたことだから、俺は引いた。雪絵さんも……俺じゃなく、お前を選んだ」
「……」
「でもな」
三井が雄二を見る。
「条件付きとはいえ、てめぇも受け入れたんなら……もっとあの人に優しくしてやってくれても良かったじゃねぇか」
雄二は何も言わなかった。
ずっと一緒に暮らしてきたのだ。
そうできたらどんなにか良かったと思わなかったわけじゃない。
だが、どう足掻いても自分には百合香しか愛せなかったのだ。
雪絵がそれを条件にしたというのをいいことに、雪絵のことを顧みようとしなかったのはまぎれもない事実だ。
雪絵が条件を出してでも自分を縛り付けたいくらい、愛してくれていたのは知っていた。
知っていて、百合香との仲を邪魔されたことへの怒りを、雪絵をないがしろにすることで晴らしていたことは否定しきれない。
「……百香も泣いてたの、知らねぇわけじゃねぇだろ」
もちろん、知らないはずがない。
百香には、我が子としての情がある。百合香との間に出来た子だったら……と夢想してしまう程度には、愛着もあった。
だが、名を百合香から取ってみたところで意味なんてなかった。百香は雪絵が産んだ子で、あの子の母親は雪絵なのだ。
雪絵を傷つければ、必然的に百香も傷つく。
「……」
「お前が契約をかさに着た皺寄せを、百香に負わせるのは違うだろ」
静かな声音だった。
だからこそお前は雪絵を大切にすべきだったのだと言われているようで、胸糞が悪い。
それとこれとは話が別だと思うのと同時に、分けて考えられる問題ではないというのも分かっていた。
「俺は……初めてお前が葛西組へ来た時から、気に入らなかった」
それはきっと、雪絵がずっとそばにいた三井には向けなかった感情を、雄二へ向けたからだろう。
だが、それは雄二のせいではないはずだ。
コメント
2件
ももかちゃんのことを言われるのはきつい気がする
うわ……第79話、重かったです🥀 雄二が「俺には百合香しか見えてないんだよ」って言い切ったところ、胸がギュッと締め付けられました。三井さんの「百香にも皺寄せを負わせるのは違うだろ」って声、怒鳴るよりもずっと重くて怖かった…… 雪絵さんへの優しさを条件にされても、雄二は自分の好きな人を変えられないという「どうしようもなさ」が、すごくリアルで苦しかったです。 でもその苦しさを描き切るのが、れんさんの表現力だなって思います。続きもじっくり読ませてください🤍