フロアは結構広かった。
新しいだけに結構キレイだ。
受付の向こうに本棚がいくつもあって、更にその向こうに個室の扉がズラッと並んでいる。
横の階段を見上げると、更に多数の本棚が見えた。
どうやら上はオープンスペースになっているようだ。
大きな机と、それを取り囲むように椅子が並んでいるのが伺える。
「あの、すみません。人を探してるんですけど」
受付のお姉さんにコソッと聞いてやったってのに、ヘンタイメガネはエレベーター降りたところで仁王立ちしている。
「アーリカぁーーー!!」
絶叫しやがった。
何なんだ、コイツ。正気か!?
数人のスタッフが慌ててこっちに来て、しかし一定距離をおいて近付いてこない。
これは完全にアレだ。
不審者への対応だ。
ちなみにその不審者には、アタシも当然含まれてるわけで。
「あ、あの、違うんデス。ヒトヲサガシテ……」
言ってみたところで彼らがアタシを見る目は変わらない。
その時だ。
奥の個室の扉が少し開いたのが視野の端に入った。
騒ぎに驚いた利用者がそっと様子を伺っているに違いない。
そう思ってヘンタイメガネを宥めにかかったのだが、奴はアタシを突き飛ばして奥へダッシュした。
「あ痛っ!」
尻もちついたアタシ。
ヘンタイメガネの通り道にいたスタッフが、凄い身のこなしで飛びのくのが見える。
その瞬間に奥の個室の扉がバタンと閉まったのが分かった。
「有夏ぁぁっ!!」
ヘンタイメガネ、扉に取りすがる。
え、覗いてたのって有夏チャン?
まさかあの一瞬で分かったの?
「俺が悪かった! ここを開けてくれ、有夏!! 許してくれーっ!!!」
アタシもスタッフもドン引き。
周りの個室も異様な静けさで静まり返っている。
ジュースを啜る音も、ページをめくる音もしやしない。
ゾッとするような空気の中、ヘンタイメガネが個室の前で何やら喚き散らしている。
「もう中島の悪口は言わないから! あの疎ましき中島の悪口!! 有夏が隣りのクソビッチに安い駄菓子貰ってるとこも監視しないから! 俺が留守の間に有夏が何してるか気になるけど、盗聴器しかけたりもしないからぁぁ! 有夏とヤッてるとこ録画しといて1人の時ヌこうかと思ってたけど、それもしないからぁぁぁっ!!!」
このヘンタイメガネ、何言ってんだろうか、この変態は!
扉はピクリとも動かない。
当然か。
有夏チャン、これは出れないわ。
怒ってるとかじゃなくて、このタイミングで出るに出られんわ。
しばらくの間、その場に正座した変態メガネは泣き喚く。
時間にして3分くらいだったろうか。
この時間の何と長かったことか。
地獄のような一瞬一瞬の積み重ねの後、扉がほんの少しだけ開いた。
2cmほどの隙間。
そこから目だけが覗いている。
「有夏!?」
飛び上がったヘンタイメガネに一言。
「うるさい。死ね」
すっごい低い声でそう呟いて、彼は意を決したように出てきた。
今まで見たことないくらいにフードを目深にかぶっている。
ありかぁ……と泣き出すメガネを無視して、そそくさと清算を済ませると非常階段を脱兎のごとく駆け下りていった。
ヘンタイメガネも慌ててエレベーターに駆け込む。
「あ、ちょっと……!」
残されたのはポカンと口を開けたままのアタシ1人。
清算のタイミングで、瞬間的に通常業務に戻ったスタッフさんたちは凄いと思う。
「や、もう……すみませんねぇ。いやはや、参りましたねぇ」
胡麻化しながら? エレベーターを待つ時間の長いこと。
全然関係のないアタシなのに、これは絶対ヘンタイメガネの連れだと思われたな。
キツイ…キっついなー、この事態は。
もうこのネカフェ来れないよ。
その夜、有夏チャンも同じことを言っていた。
「今日はブリーチ全巻読もうと思ってたのに。もうあのネカフェ使えないし!」
「有夏ぁ、ごめんって」
そう言って甘えるメガネを、それはそれは恐ろしい目つきで睨み付ける有夏チャン。
アタシとしてもこんな騒ぎに巻き込まれて、ひどい目にあったもんだよ。
せめて……せめて謝ってほしいものなのだが。
奴ら、アタシの話題すら出しゃしねぇ。
アタシはあの後、エレベーターの扉が閉まるまでずっとペコペコ頭を下げてたんだぞ?
何て言っていいか分かんなかったから、無言で頭下げただけなんだけど。
せめて今夜は濃厚なやつを拝ませてもらおうかと、張り切って覗き穴に目を当てたんだが。
「有夏……」
ごめんねと肩に触れた手。
しかし有夏チャン、幾ヶ瀬の手首をつかんで捻りあげる。
「痛ててて」
悲鳴をあげながらヘンタイメガネ、何だか嬉しそうだ。
ヘンタイメガネの変態たる所以だな。
今日はダメだ。ダメな日だ! エロは無いよ!
待ってたって何も始まんないよ。
みなさん、ごめんなさい。
アタシだって濃厚なエロを求めているんだよ!
「ヘンタイメガネの変態たる所以」完
「かきまぜる行為」へつづく
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