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「今週末はボルダリングに行かないか?」
帰りの車の中で、社長は運転しながら私に話しかけた。
「えっ……ボルダリングって岩を登るやつですよね?」
朧げに壁にカラフルなホールドがあるジムを思い浮かべる。
メキシコ料理を食べに行って以来、私は社長と週末よくスポーツをしている。私が昔からテニスをしているのを知って社長が誘ってくれたのがきっかけだ。
最初は距離をやたらと詰めてくる彼に警戒心を抱いたものの、実際に一緒に出かけてみるととても楽しい。彼はなんと言うかエネルギーの塊の様な人で、とにかくバイタリティに満ち溢れ好奇心も旺盛だ。
しかも運動神経が抜群で何をやらせてもうまい。この前は一緒にアイススケートに行ったのだが、初めてとは思えないほどいきなり上手に滑り出した。
そんな彼と毎週出かけるのは実は最近ちょっと楽しみだったりする。とにかく元気一杯の社長は次々と新しい事を私にやらせて、一緒に過ごすのに全然飽きない。
「私ボルダリングなんてした事ないんですけど……」
「大丈夫。初心者はちゃんと落ちない様にロープをつけてくれるから」
「また私に何か新しい事をさせようとしてますね」
私は思わず笑った。
「そうだな。七瀬さんにはもっといろんな事に挑戦してもらいたいんだ」
彼の私を見つめる瞳はとても優しい。
「いろんな事ですか?」
「そう。自分の殻にずっと閉じこもってばかりだとせっかく目の前にあることも見えない。だってそうだろ?俺も七瀬さんも日本という殻を抜け出して海外で暮らした。そうすることで日本にいた時には見えなかった日本の事を知ることができた。きっとこれからの人生だって同じだ。いつも同じ殻に閉じこもってないでそこから勇気を出して飛び出すことで発見できることがたくさんある。きっといろんな事が見えてくる」
そう言い放った彼はどこか自信に溢れている。彼はきっとこうして自分の人生を切り開いてきたに違いない。とても彼らしい考え方に思わず笑みを浮かべた。
「わかりました。新しい事にチャレンジしてみます」
私が笑顔でそう答えると、彼はじっと私を見つめた。
瞳の奥が少し揺れていて、何か強い感情がそこにあるのが見える。私も彼の瞳をじっと見つめていると、社長はその感情を押さえ込むように瞼を閉じ震える吐息をはいた。
「ほら、着いたよ。アパートの中に入るまでここにいるから。それじゃ週末楽しみにしてるよ」
「ありがとうございます。では、おやすみなさい」
私はお礼を言って車を出るとアパートの部屋の前まできて振り返った。社長は手を上げて私に早くアパートに入る様に促した。
── 本当に心配性なんだから。
くすりと微笑むと社長に手を振ってアパートの中に入った。