「おかえりなさいませ、遥香様」
「そんなよれっとしたTシャツで頭を下げられたって、目障りなだけよ」
「申し訳ござ……」
「彼女に、他に言うことがあるんじゃないですか?」
私と向き合っていた篤久様が、私の隣に立って遥香に言う。
「お兄様は、何をそんなに怖い顔しているの?」
「今日見たこと、起こったことだけでなく、彼女に危害を加える行為があったと他からも聞きました」
あれ、とは言えない、名前も呼ばない……だから篤久様が遥香に話す時は、主語が無くてわかりにくいな。
「他からって?」
そう聞き返した遥香は、キッと私を睨んで大きな声を出した。
「真奈美が悪いくせに被害ヅラしてるのよっ!」
「明らかに彼女は被害者ですが?」
遥香の大声に対して、篤久様の声は普段よりもさらに温度のないものになる。
「お兄様はこんな使用人の肩を持つの?」
「肩を持つのではなく、事実を述べただけですが?」
よかった……この家に帰ってから、キッチンへ向かって歩くあいだにボイスレコーダーをオンにしておいてよかったよ……篤久様、もっと遥香を煽って面白いものを聞かせて……と思った時、チラッと……ほんの一瞬、彼が私を見た。
ぇ……私、絶対に言葉にはしていないけど?
「底辺の人間が、私がイラつくように仕向けたのよっ!」
「底辺の人間……って、私ですか?」
ここは録音したいから聞かせて欲しいと思い、私は遥香を見た。
「そうよ、改めて言われないと分からないの?」
「すみません…」
「そうやって頭を下げることが仕事、這いつくばって床を磨くのが仕事。学のない者でも、誰でも出来る底辺の人間の底辺の仕事」
「遥香様、酔っておられますか……?」
「いいえ、私は正気よ」
「正気の人間が口にする言葉ではないですね」
「お兄様は真奈美が仕向けたいじめられるシチュエーションに同情しているのね。教えてあげるわ」
篤久様が軽蔑を含む音を吐くと、遥香がすかさず言葉を返す。
「女にしか分からないこともあるからね」
と言葉を区切り、溜める遥香だけれど、何も分かっていないのはアナタよ。
私はアナタがセレブインフルエンサーなんていう活動をしているよりも、PCなどの関連機器を使いこなせる自信はあるの。
SNS方面で目的達成が出来れば……うまくいけば一瞬で世界中に情報は行き渡る。
なんとかそういう状況を作りたい。
「この女はね、ここへ来た時から、家政婦の中で一番若いからって何でも許されるって顔しているのよ。ただの家政婦ごときが偉そうにね。だから私の担当にしてしつけようと思っているだけ」
「桑名さんはよく動いて、よく働くと評判です」
「だぁかぁらぁ、それってお兄様は運転手とかから聞くんでしょ?健気を装う若い女に男は騙されるのよね。はっきりと言ってあげる。お兄様は真奈美の肩を持つようだけど、真奈美は悲劇のヒロインになりたがっているだけよ」
なかなかいいセリフを残して、遥香は螺旋階段を上がって行く。
「最初に会った頃から…ああいう考えのまま。信じられない」
呆れた声の篤久様に掛ける言葉はない。
ああいう人間は魂が汚れているのよ。
人にはどこかいいところがある、というのは嘘。
魂が汚れた人間は救いようがないのよ。
「何かあれば、俺か父へ」
そう言った篤久様は
ぇ……?
短くなった私の髪の長さを確かめるように一束持ち上げると
「ショートも似合ってる」
と私を慰めてから二階へと消えた。
遥香のいない家なら、ドキドキするところだけれど、ここでは無理だわ。
コメント
3件
篤久さんって真奈美ちゃんの事知ってるの?ショートも似合うって?
えええ篤久様はやっぱり気がある?髪の毛前から気にしてるしね🤭真奈美ちゃんドキドキしちゃったよ💓でも今は🈲あれに悟られたりでもしたら… 何かあったら俺か父へ、ご主人様もあれにはお困りなのかしら?なにかあるよね!2人とも裏の顔があるはず… あ、底辺のあれに底辺なんて言われたくないわ( ゚^゚)フンッ!!
遥香何様!?しつけでなくイジメでしょ。