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第4章 黒旗の王座
黒い旗は風でしか動かない。
城門は割れ、回廊は乾いていた。魔王の間に踏み入るまで、私たちは一言も交わさなかった。交わすべき言葉は出発前の倉で使い切っている。刃を抜くのは今だ、とだけ互いの肩で理解した。
戦いは長くなく、派手でもなかった。
魔王は重い鎧を脱いだ獣のように、骨ばった顎でこちらを量り、三歩で距離を詰めた。魔法使いの標が一点、僧侶の祈りが一点、盗賊の影が一点。三つの点が線になり、私の剣がその線を引き取った。音は一度、床石を伝って消えた。黒旗が遅れて揺れ、王座は空いた。
勝利は、静かすぎた。
私の呼吸は浅く、肘の関節が乾いた蝶番みたいに鳴った。喉が勝利を欲しがって水を求める。持参の水袋を口に運び、やめる。袋の革越しに、金属の匂いがする気がした。
「終わったのか」
盗賊が問う。
「外は、終わった」
僧侶が記録帳を閉じた。私たちの足取りは軽くならない。衰弱は敵ではなかったのだ、と膝が先に理解していた。
第5章 凱旋の準備、沈黙の列
王都からの使いが来た。
封蝋は真紅で、文言は明快だった。凱旋せよ、祝祭をもって迎える、と。広場には飾り台、通りには旗、教会には新しい賛歌。命令は歓待の形をしていた。
荷は少なかった。
戦利品は持たない。証拠になるものは倉に寝かせ、別々の手で散らして託す。魔法使いは印章をふたつ割り、僧侶は記録の写しを小袋に二つ、三つ。盗賊は路地の抜け道を地図から消し、私は鞘の口金を磨いた。磨けば磨くほど、剣を抜かない選択が強くなる。
出立の朝、私たちは列になった。
沈黙は武装と同じ重さがあった。沿道の家々から人が出て、花を投げる代わりに手を胸に置いた。誰かが囁く。「勇者は?」
答えは用意していない。代わりに、歩幅をそろえる。沈黙の列は波を立てずに王都へ入る。その間じゅう、鐘が一つ、間をおいて二つ、そして三つ——街じゅうで同じ調子だった。
第6章 恩寵の杯
祝宴の間は白かった。
白布の卓、白い花、白手袋。音は銀食器の触れ合いに限られ、笑い声は賛歌の合間に挟まれていた。私たちの席には杯が並び、台座には刻印——翼と剣、そして小さな雫。給仕は手袋のまま、透明な液を注いだ。匂いはない。表面だけが薄い皮を張ったように静かだ。
「恩寵に、杯を」
司祭が立ち、白手袋が一斉に上がる。
壁際の鐘が三つ、間を置いて鳴る。
——その瞬間、先導の手袋が合図した。
「上を向け」
天井のフレスコは、青い空を描いていた。
皆が同じ角度で喉を伸ばす。私も従う。杯の影が頬に落ち、縁が唇に触れる。舌の上で、銅貨を触ったときのような気配がひときわ薄く、すぐに消える。喉を通る途上で、微かな涼しさが一本、背骨をなぞった。
乾杯の音が重なる。
司祭は微笑み、王は頷き、白手袋はまた降りる。
私たちは杯を置いた。縁に白い繊維が一本、指に移った。僧侶は祈りを終え、魔法使いは目を閉じ、盗賊は笑った。私は笑い返した。約束を守る顔で。
夜更け、祝宴の外に出ると、石畳が冷たい。
遠くで鐘が一つ、二つ、三つ。
のどの奥で、同じ数だけ、遅れて小さな鐘が鳴った気がした。