テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
鷹槻れん

30,772
鷹槻れん

11,094
#極道
鷹槻れん

9,469
鷹槻れん

1,412
京介に案内されて入った風呂場は、広い洗面・脱衣所と大きなユニットバスを備えていた。
脱衣所の片隅には作り付けのリネン棚があって、真っ白なバスタオルやフェイスタオルなどが整理整頓されて綺麗に並べられていた。
京介がそこからバスタオルを一枚取り出しながら、
「タオルはここから好きなのを好きなだけ使え。洗濯は毎日組の若い者が来てするから、心配しなくても補充もちゃんとされるぞ?」
なんて言うものだから、芽生は黙っていられなかった。
「あ、あのっ。京ちゃん、洗濯機は……」
聞けばLDK横のユーティリティースペースに二台並んで設置されているという。乾燥機もあるそうなのでかなりハイスペックだ。
「お洗濯、私がしちゃダメ、……かな?」
使い方さえ教えてもらえれば、洗濯くらい芽生にだって出来る。
誰かがタオル類を洗いに来てくれるということは、下手するとそれ以外も人の手にゆだねることになるんじゃないだろうか?
例えば――。
(下着とか下着とか下着とかっ!)
そんなのを他人様――それも恐らくは若い男性――に任せるなんて絶対無理! 恥ずかしくて死ねる!
いま身に着けている服だって、出来れば自分で洗って干したい。
そう思って京介を見詰めたら、京介は少し考える素振りを見せた後、「まー、確かにお前が一人で家へいる時によく知りもしねぇ男が出入りするのは気詰まりか」とつぶやく。
そんな京介にコクコクうなずきまくったら、「張り子のトラかっ」と笑われてしまった。
「うちの若い衆に限って間違いは起こさねぇって断言はできるが、それとお前が安心できるかどうかは別問題だよな」
京介は少し考えて、「……じゃあこれからは洗濯、お前に任せてもいいか?」と聞いてくる。
芽生は「もちろん!」と答えてからハッとした。
「あ、あの、それって京ちゃんのも……?」
「あ? ……してもらえりゃ助かるが、まあ最悪俺のはコンシェルジュに託したんで構わねぇよ。どうせクリーニングに出すもんは彼女らに頼んでるし、ついでに出せばそんなに手間も掛かんねぇだろ」
言われて、芽生はスーツやワイシャツはそれでいいとして〝ついで〟に何が含まれるのかが気になってしまう。
「あの、ついでって……ひょっとして下着もコンシェルジュさんに頼むってこと?」
先ほど下で会った綺麗な女性を思い出した芽生は、なんだかモヤモヤしてしまう。
まさか下着をクリーニングに出すとかはないはずだけれど、京介ならやり兼ねないとも思えてしまうから不思議だ。
「は? ついでは部屋着とかそういうのだぞ? 下着は俺、基本使い捨てだからな」
だけど想像していたより斜め上の言葉が返ってきて、芽生は思わず「もったいない!」と叫んでいた。
「芽生?」
「京ちゃん、下着は買ってきたのをそのまま肌に当てるより一度洗ってからの方が絶対いい! あと、使い捨てなんてもってのほかよ!? 洗えば何度でも履けるんだからそうしなきゃダメ! もう! 京ちゃんの下着も私が洗うから今度から私にちょうだい!? いーい!?」
「お、おう、分かった……。じゃ、頼むわ」
驚きのあまり一気にまくし立ててしまったけれど、ややしてクスクス笑われて「子ヤギはいい嫁さんになれそうだな」と頭をくしゃくしゃされて、芽生はにわかに恥ずかしくなった。
***
「今日は色々あって疲れただろ。風呂、ちゃんと湯張りもしてあるし、ゆっくり温もって身体ほぐしてこい。……あー、それから脱衣所、内側から鍵も掛けられるから。不安なら掛けとけ」
そのままの流れでひらひらと手を振りながら京介が立ち去るのを呆然と見送った芽生は、着替えとバスタオルに顔を埋めるようにして、いま彼が出て行ったばかりの扉へもたれ掛かって空気の抜けた風船みたいにズルズルと座り込んだ。
(きゃー、私のバカ! 京ちゃんの下着任されるとかっ。絶対照れ臭いやつー!)
言葉とは裏腹。ちょっぴり新婚さんみたいで嬉しいな? と思ったのも事実。
***
お風呂から上がって、買ってもらったばかりのモコモコ部屋着に着替えた芽生は、LDKに戻ってきて恐る恐る扉を開けた。
途端、出汁の芳しい香りが鼻先をくすぐって、お腹がグゥッと鳴ってしまう。
「京ちゃん」
それを誤魔化すみたいにお腹を押さえながらキッチンに立つ男の名を呼んだ。
「おう、子ヤギ、風呂上がったか」
「うん」
不思議だ。
いま京介自身が問いかけてきたように、芽生が風呂から上がったばかりだというのに、何故か京介もまるで風呂上がりででもあるかのように髪がしっとりと濡れそぼっている。それを裏付けるように、肩へ引っ掛けられた真っ白なタオルが、湯上がり感をいや増させていた。
外で会うときにはいつもきっちりセットされた髪の毛も、無造作にタオルでワシワシ拭いた後みたいにラフな感じで下りている。それが、全体的になんとも言えない男の色香を漂わせていた。
加えてさっきまではきちっとしたスリーピースのスーツを着こなしていたはずなのに、今は白のTシャツの上に上下揃いのジャージ姿。そんなラフな服装の京介を見たのも初めてだった芽生は、妙に緊張してしまった。
「芽生、千崎に持って来させたパジャマ、似合ってるじゃねぇか。可愛いぞ」
ちらりと芽生に視線を投げ掛けてフッと笑うと、京介が芽生の部屋着姿を褒めてくれる。
ほわりと柔らかな印象を受ける薄桃色のモコモコパジャマは、左胸のところに愛らしいウサギのアップリケが付いていた。
ただ単に服装の力かも知れないが、大好きな男に〝可愛い〟だなんて言われて、心を躍らせないなんて無理。
「あ、りがと。えっと……きょ、京ちゃんも、その、……かっこいい、よ?」
「バーカ。なに赤くなってんだ」
(いや、だからそういうことはいちいち口にしないでっ!)
芽生はボフッとフードを被って顔を隠すと、「だって京ちゃん。何だかいつもと雰囲気違うから落ち着かないんだもん」
本当は〝照れ臭い〟と言いたいのを〝落ち着かない〟と言い換えて、芽生はうつむいたままボソリとつぶやいた。
***
「うまいか?」
京介が作ってくれた鍋焼きうどんをはふはふしながら食べ始めた芽生だったのだけれど、ダイニングテーブルの向かい側に座った京介が気になって仕方がない。
(京ちゃんと向かい合わせでお食事するのなんて初めてじゃないのにっ)
芽生は正直今まで感じたことのない圧倒的な〝アットホーム感〟漂う京介の外観にやられまくりなのだ。
京介自身は夕飯をすでに済ませた後だったのか、小さなデミタスカップを手にしている。中身はエスプレッソマシンで淹れたエスプレッソコーヒーらしい。じっと見つめすぎたのか「子ヤギも飲みてぇのか?」と聞かれて京介が飲んでいるカップをスッと差し出された。
(キャー、京ちゃん! それ、間接キスになるやつ!)
思いながらも、あえて京介が口を付けていない側からちょっとだけ中身を口にした芽生は、その苦さに驚いてギュッと顔をしかめた。
「苦ぁーいっ!」
不満を漏らして、「まるでコーヒーの香りがするソースみたい!」と付け加えたら、京介にブハッと吹き出された。
「お子ちゃまにはエスプレッソはまだ早かったか」
クスクス笑われて、芽生はムッとする。お砂糖がたっぷり入っているとか、牛乳で薄められているとかすれば芽生だって飲めたはずだ。
「京ちゃん、そんな苦いの夜に飲んで眠れなくなっても知らないんだからっ!」
うどんとともに供されていたよく冷えた麦茶で苦みを追い払いながら京介を睨んだら「コーヒー飲んだくれぇーで眠気なんて飛ばねぇわ」と一蹴されてしまう。
その上で、「あのマシンな、フォームミルクも作れるからカフェラテも淹れられるぞ? 明日の朝飲ませてやろうな」とか、優し過ぎでしょ!
美味しそうにコーヒーソース……もといエスプレッソを味わう京介をチラチラ見ながら、芽生は目の前の鍋焼きうどんに集中した。
***
京介の家は本当に広くて、五〇畳以上はあると思われるLDKの他に九畳ちょっとの洋室が二部屋、十畳の洋室が一部屋、十八畳ちょっとの洋室が一部屋あった。すべての部屋にWICが備え付けられているうえ、トイレと風呂場が各々二つずつあった。
なんでも片方は来客用で、芽生が使わせてもらったのはまさにそっち側。芽生が湯船に浸かって激動の一日を思い出してぽやぽやしている間に、京介はいつも自分が使っているバスルームでササッととシャワーを浴びて身体を清めたらしい。
「お前にくっ付かれてたからだろーな。俺にもあの男の香水が移っちまってたわ」
「京ちゃんもお風呂に入ったの?」と問うた芽生に、京介はこともなげにバスルームが二つある旨を明かしてそんなことを言ったのだ。
芽生の風呂上り、キッチンに立つ京介も湯上がり感駄々洩れだったのは、そんな理由だったらしい。
ちなみに芽生が使った方の浴室は、昔、部屋住みの若い衆を住まわせて身の回りの世話をさせていた頃に使わせていたものらしい。今は事務所の方にそういう場所を用意したのでこちらは使われなくなって久しいとのことだった。
芽生はLDKや、来客用の風呂場とトイレに一番近い九畳間を使うように言われた。
「この部屋な、そこの扉から避難バルコニーに出られっから。いざってときにゃ、すぐ脱出できるぞ?」
「いざってとき?」
芽生のキョトンとした顔を見詰めて、京介が「まぁ、その、……なんだ。俺の素行が良くねぇのもあるし……。それがなくても生きてりゃ何があるか分かんねぇからな」ときまり悪そうにつぶやく。
それを聞いて、芽生は自分が正に今日、家を焼け出されてしまったばかりなことを思い出した。
「そうだね……」
それでしみじみと京介の言葉に同意した。
コメント
1件
美月ゆめかだよ〜🌸 第5話読んだよ! 芽生が京介の下着まで洗うって宣言しちゃうシーン、もう可愛すぎてニヤニヤが止まらなかった😭💕「子ヤギはいい嫁さんになれそうだな」って京介に頭くしゃくしゃされたとこ、尊すぎて天井見上げたわ…! しかもエスプレッソ飲んで「苦ぁーい!」ってなる芽生、赤ちゃんかよ!!笑 でもそんなお子ちゃまな子ヤギを優しく見守る京介のギャップやばいね…。二人のアットホーム感がじわじわ沁みる回だったよ〜✨ 続きも楽しみにしてる!