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「さて、こうして顔を合わせるのは初めましてだったかな?」
「いえ、こちらの事務所でお世話になる初日、一度だけ顔を合わせています」
「ああそうだったか。いやぁもう歳だからね、ごめんごめん」
私は今、管理長の部屋に1人でいる。
実年齢は知らないけど、大体40歳ぐらいで老いのせいにするにはまだ若い。
単純に顔を憶えていない、ということぐらいわかる。
だとしても、私を呼び出しておいて書類にすら目を通していないということなんでしょう。
そして、呼び出された理由についてはある程度理解している。
「最近の調子はどうかな? 活動と学業」
「……好成績とはいえません」
「ふむ」
椅子に座って、髭もないのに顎を撫でながらこちらを見ている。
私の表情などをみて観察しているのか、それとも笑いを必死に堪えてでもいるのか。
「そんなにかしこまらなくて大丈夫だよ。少しばかり質問をしたりして話してみようかなと思って」
「……わかりました」
……これは、私を試そうとしているの……?
「アイドルっていうのは、ただ歌って踊っているだけではなく、人気を獲得したり曲を売ったり笑顔を売ったりする、ちゃんとした仕事だと思うんだ」
「はい、その通りだと思います」
「なら……例えばの話なんだけど、人気が出ないアイドルというのはちゃんとした仕事をこなせていると思うかい?」
「……いえ、みてくれる人が居ないとお仕事として成立しないと思います」
「ほうほう、だよね。ちゃんと理解しているみたいだね。じゃあ、その人はアイドルとして活動していながら、アイドルと呼べるのだろうか。また、そんなアイドルは事務所にとって必要だろうか」
「……」
ここまでくれば、半信半疑だった私にも理解できた。
今、こうして会話をしているようで、質問されているようでそうじゃない。
「私のようなアイドルは不必要です」
「ああそうだ。しっかりと自覚をしているのはいいことだよ。で、だ。聞いているのだろ?」
「なにをですか?」
「言葉が足りなかったね。きみは、こうなることを草田くんから聞いていたのだろ?」
「……」
「いいさ隠す必要はない。概ね、草田くんのことだから、話をし終えてすぐに電話なりで伝えたのだろう。そして、柿原くんと目里くんも知っているんだろう」
「はい、その通りです」
管理長は全てが計算通り、と言いたそうな不敵な笑みを浮かべている。
じゃあ、私がどれだけ頑張ったところでこうなる未来を予想し、全員を試したということなの?
結果は最初から決まっていたということなの?
「ちなみにきみのテスト結果はこちらも把握しているよ。これがどういうことを意味しているかわかるね?」
「……」
「じゃあ、キミは今日この時をもってクビ、ということになる」
「……わかりました」
何も言い返せなくて悔しい。
結果を出せなかった自分に腹が立つ。
みんなと一緒に頑張って、頑張って、頑張ったのに結果を出すことができなかった。
後悔だけは込み上げてきて拳に力が入るのに、なぜか涙が込み上げてこない。
「今までお世話になりました。ありがとうございました」
こういった結果になってしまったけど、この状況で駄々を捏ねても結果が変わるわけではない。
私は深々と頭を下げる。
「いやあ、これでやっとあの3人を有効活用できるというものだよ」
「――」
顔を上げて、言葉の意味がわからず管理長に目線を合わせた。
「少しも気にならなかったのかい? あの3人、草田くん・柿原くん・目里くんは”かなり”が付くほどの優秀な人材なんだよ。気が付かなかった? 人気のない子に配信用の衣装が用意され、専属スタッフが3人もいる。普通だったらそんなこと絶対にありえない」
ただ話を聴くことしかできない。
だって、本当にその通りだから。
「彼女達のわがままから始まったことだけど――こちらがとやかく言って、彼女達がここを辞めてしまうリスクを考え、今の今まで放置してきた。だが、それもようやく今日で終わる。素人で彼女達に持ち上げられていたキミには、これがどれほど利益に繋がるかわからないだろうがね」
「……」
本当になにも言い返せない。
「今回は残念な結果になってしまったが、これで中途半端になっていた学業に専念できるというものだ。学生は学生らしく、しっかりと勉強に励みたまえ。話は以上だ」
「ありがとうございました」
最後にもう一度だけ深々と頭を下げて、部屋を後にした。
廊下を歩き始めて、ようやく実感が沸いてくる。
もう私はアイドルじゃない。
お父さんとお母さんと交わした約束を破ってしまった。
涙がどんどんと溜まっていって、視界が揺れていく。
管理長に言われたことが、鮮明に蘇ってくる。
私が欲張っていろいろなことをやっていたせいで、なにも結果を出すことができずに事務所へ迷惑を掛けていた。
私に期待をしてくれていた、草田さん・柿原さん・目里さんに報いることができずに裏切ってしまった。
応援してくれていた美姫も同じく。
涙が溢れ、頬を伝い流れ始める。
「うっぐっ――」
管理長はなにも間違ったことを言っていなかった。
私は不当な解雇を通告されたのではなく、自分の至らなさがこの結果になっただけ。
誰かを責められるわけがない。
悪いのは、期待に応えることができず結果を出せなかった私。
流れる涙を右手で、左手で、右腕で、左腕で拭う。
自動ドアが開いて外へ。
すると。
「美夜ちゃんどうしたの!?」
「――えっ」
私を呼ぶ声がする方へ視線を向けると、そこには草田さんの姿が。
「一旦、このまま一緒にきて」
「――はい」
そして私は草田さんの車に乗る。
「これ、使って」
草田さんはハンカチを私に手渡してくれた。
「ありがとうございます」
「ダメよ、アイドルが目をそんなに擦っちゃ」
「ごめんなさい草田さん、私……もうアイドルじゃないんです」
「……どういうことか説明して」
草田さんの声には怒りの感情はなく、いつもより冷静でトーンが一定だった。
「今日、テスト用紙が返却されたんです。そして放課後、連絡が入って管理長と一対一で話をして……」
「大丈夫、落ち着いてちゃんと話して」
「はい」
感極まって呼吸がままならない状況で話をしていたけど、深呼吸をして少しだけ落ち着く。
「呼び出された時、詳しい内容は説明されなかったんですけど、移動している最中にテストの点数を計算したりして、いろいろとわかってしまったんです」
「テストの結果はよくなかったということね」
「はい……そして、管理長と対面してすぐに事務所を辞めるように言われました」
「……やはりそうなってしまったのね」
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。皆さんにいろいろと手伝ってもらったのに、私……ごめんなさい」
今の私は謝ることしかできない。
ただ誠意を込めて謝ることしか。
「わかった。私達も行動を起こす時が来たってわけね。ちょっと電話するけど、ごめんね」
「……はい」
一度収まった涙が一気に溢れ始めてしまう。
「今、電話大丈夫?」
『~~~~』
「最悪な状況になったわ。ええ、そう。書類を持って今から来れる?」
『よしきたっ!』
「声が大きいわよ。私の耳が壊れる」
あれ、今の声って柿原さん?
「じゃあ、できるだけ早く来てね。それじゃ――美夜ちゃん、もう1人だけ連絡するからそのまま待っていて」
「わかりました」
草田さんはまた電話を繋ぐ。
「今日、美夜ちゃんの話が決まったみたい。悪い方に」
『~~~~』
「うん、そう。話が早くて助かるわ。じゃあ事務所まで待ってるから。柿原にはもう連絡してあるから。それじゃ」
「もしかして、今のって目里さんですか?」
「ええそうよ。前に掛けたのは柿原」
「私は大丈夫ですから、皆さんはお仕事中ですよね」
自意識過剰かもしれないけど、きっと皆さんは私を慰めようとしてくれている。
もう私は事務所に所属していないしアイドルでもない。
このまま家に帰って、アイドルではない普通の生活に戻るんだ。
だから――。
「まあ仕事中だろうけど、大丈夫よ。あの2人の腕は確かなものだから、パパっと終わらせて来るわよ」
やっぱりそうだったんだ。
皆さんは私が独占していてよかったような人達じゃない。
ここはもう赤の他人として、なにも聴かずに帰るべきなんだ。
「今まで本当にありがとうございました。私、このまま歩いて帰ります」
扉を開けようとした時だった。
カタン。
「え、どうしてですか」
鍵が開かないようにロックされてしまった。
「美夜ちゃん話を聴いて」
草田さんの声は、凄く落ち着いている。
「……はい」
「短い期間だったけど、私はちゃんと美夜ちゃんを観てきた。それは、あの2人だって一緒。だからね~わかるよ、今は『全ては私のせいだから。皆さんにこれ以上の迷惑をかけないように、言葉を耳に入れないでこのまま帰る』なんて感じに思っているんじゃない?」
「……」
「ふふっ、沈黙はなによりもわかりやすい答えってねっ。こんないい子、そこら中探しても簡単にはみつからないわよ。そして『”いつも自分のことより誰かのために”』なんて考えている超お人好しってだけじゃなく、『”自分の姿を観てもらって、誰かを元気にしたい、勇気を伝染させたい”』なーんて思っちゃうような美夜ちゃんだから、私達は背中を押し続けたの」
「……」
「そんな美夜ちゃんから、私達は勇気を貰ったの。だからお願い。私達を信じて、もう少しだけ待っていてちょうだい」
言葉が出てこない。
「美夜ちゃん、お願い」
「……わかり、ました」
そうだ、この機会を活かして柿原さんと目里さんにも謝れる。
これが最後の顔合わせ。
「お、来たわね」
その声に顔を上げると、それぞれ書類を持った柿原さんと目里さんの姿が。
2人は真剣な表情というより、眉間に皺を寄せて少し怖い表情をしている。
扉を開けようとしたけど、未だにロックがかかったまま。
「美夜ちゃん。私達を信じてここで待っていてくれる?」
「え、でも……」
「大丈夫。ちょっとだけ用事を済ませたら戻ってくるから。――そうね、用事が終わったらこのまま焼き肉に行きましょ」
「こんな明るいのに、焼き肉ですか……?」
「たまにはいいじゃない。当然、私達が全部奢るから」
「よくわからないですけど、わかりました」
「よーっし、お姉さん達との約束よ? それじゃ」
草田さんはちょっと不器用なウインクをして、車の扉を閉めた。
柿原さんと目里さんに視線を向けると、先ほどから急変して、笑顔で私に手を振ってくれている。
でも私は、心の中で渦巻く葛藤のせいで手を振り返すことができない。
私はただ、みんなの背中を眺めることしかできなかった。