「未開封の愛」
🟦🏺:ちょっと帰国する🏺の話
「アオセン、その、話があるんだけど」
と、妙に神妙な顔のつぼ浦に呼ばれたのが1分前。青井は訝しがりながらもつぼ浦の後について本署二階の休憩所へと赴いた。
「どうしたの?」
「その……なんだ、えーっと」
「なに?神妙な顔して。まさか別れ話とか~?」
「ち、ちげぇ!いや、違くもないんだけど」
冗談めかして言っただけの言葉に深刻な答えが返ってきた。スナック感覚でつぼ浦の話を聞くつもりだった青井の顔から血の気が引く。一瞬で思考が凍りつき、そして心の奥底のよくない燃料に火がついた。
「……は!?」
怒気と驚きを孕んだ一言でつぼ浦も自分の言葉選びのまずさに気づく。
「あー、あれだ、落ち着いて聞いてほしいんだけど、ちょっと実家に帰ることになったんだ」
「え…!?お前、それどういう……」
「チクショウ、余計ややこしくなったぜ」
「俺なんかした?俺のこと嫌だった?ねぇ、答えてよ」
「違う違う、落ち着いて聞いてくれよ!」
「落ち着いてるよ!早く答えてよ!!」
「落ち着いてるヤツは人の胸ぐら掴まねぇよ!!」
若手芸人の使い古された漫才のように、一言言うたびに会話はどんどんこじれていく。二人はひとしきりギャアギャアと不毛な言葉を並べ合った。それでも腐っても恋人同士だ、やがて互いに敵意や悪意はないことを悟り、やっと一歩引いた青井が大きくため息をついた。
「つまり、どういうことなの?別れるわけでも嫌なことがあったわけでもないんだよね?」
「アー、だから単刀直入に言うとだな、実家の事情でしばらく帰国しないといけなくなった」
「ヤダ無理死んじゃう!」
恋人の無情なセリフに青井の声がひっくり返る。
「聞いてないよそんなの」
「さっきからそう言ってただろ、耳も遠いか」
「わかった、ねぇ、お前のトランクに入ってってもいい?」
「ああそうだな。アオセンが猫だったらネットのほっこり系ニュースになるんだろうけどな。入るのは冷蔵庫だけにしてくれ」
「なんで?なにしに行くの?理由は教えてくれる?」
「まあ……実家のあれこれってやつだぜ」
「ああ、そういうことなら……ついでに俺をご両親に紹介したくない?」
「しねぇよ、なんでだ?!」
「正式に交際しようよ、これを期に」
「今は不正なのかよ」
どうにかして割り込もうとしてくる青井に辟易し、つぼ浦は手をぶんぶん振って距離を取る。しかし青井の気持ちがわからないわけではない。もし逆のことを言われたら平静でいられる自信はつぼ浦にもない。
「本当にごめん、こればっかりはどうしても行かなきゃいけねぇんだ」
顔の前で手をあわせて頭を下げるつぼ浦を見て、青井は深いため息をついた。
「……何日くらい?」
「往復のフライト入れて多分、早くて3日」
「遅いと?」
「一週間、くらい……」
鬼の面の向こうで盛大な歯ぎしりが聞こえる。プラスチックの隙間から黒っぽいオーラが溢れ出ている。
「お、俺だって寂しいっすよ?!アオセンとそんなに会えなかったことなかったじゃないっすか」
「俺らずっと一緒にいたもんね……」
鼻を鳴らしながら青井は鬼のヘルメットを脱ぐ。雨の日の犬みたいに明らかにしょぼくれた顔が出てきた。こんなにヘロヘロになっているのはガレージから出したヘリが歪みで3連続で爆発したとき以来だ。
しかし残念ながら青井は物分りの良い大人で、ゴネても恋人が困るだけでどうしようもないことも理解していた。渋々首を縦に振る。
「わかった、気をつけて行ってきてね」
「おう」
「毎日電話するからね」
「時差は考えてくれよ」
「ああ、お土産は気にしないでいいよ、選ぶ時間あるなら早く帰ってきてよ。それにサボテンしかないだろうし」
「あるぜ他にも!?春日井市をなんだと思ってんだよ」
「凍結の名所」
あんまりな物言いにつぼ浦は肺の空気全部を吹き出す。二の句も継げないつぼ浦の前で、青井は少し考えてから口を開いた。
「ああでもさ、帰ってくるまで耐えられそうにないからさ」
「ン?」
「つぼ浦を感じられるもの、なんか置いてってよ」
*
旅行のパッキングもそこそこに、つぼ浦は家で一人困惑していた。青井になにを渡すのが正解なのか思いつかなかった。
「俺を感じる、ってなんだよ……」
あの日、別れ際に言われた漠然とした言葉が頭の中を駆け巡る。
むしろ自分だって青井を感じるものを持っていきたいところだ。ロスサントスに来て、警察になってから気づけばつぼ浦は青井とたいてい一緒にいた。視界に入る気の抜けた悪魔が、おもしろ鉄砲玉が、それぞれ気になりすぎていつしか「大切」の閾値を超えたのが今の二人だ。顔を見ない日が最大何日続いたのか、考えることもできないくらいには一緒にいただろう。
つぼ浦は青井との日々を思い返す。出勤して無線から声がすれば嬉しくて、意気揚々と銀行強盗を殴り倒しに行ける。そしてそんな業務の合間にキスをねだりに行き、夜になれば身体を重ねる。そんな日々だった。
青井がかけてくれる優しい言葉も、間の抜けた声も、どれもつぼ浦は大好きだった。それだけでなくこれから最大一週間、肉体面でのふれあいもないのだ。
いつも抱かれるときにかけられる言葉を、身体を丁寧に開かれるときの仕草や表情を、思い出すだけで今も場違いにも身体がぞわりと熱くなった。
「……やっぱ、そういうのがいいか?」
トランクに荷物を詰める手が止まる。数分考え込んでからつぼ浦はその中のものを手に取った。
*
あっという間につぼ浦が実家に帰る日がやってきて、二人は飛行場で別れを惜しんでいた。
「ちゃんと用意した?」
「ああ、これを俺だと思って留守番しててくれよな」
つぼ浦は片手に持っていたビニール袋を青井に突きつける。袋から出てきたのは南国模様のおなじみアロハシャツ。つぼ浦をつぼ浦たらしめる色に思わず青井から笑いが漏れる。
しかしまだ袋になにか入っている。妙にソワソワするつぼ浦を横目に青井は袋に手を突っ込む。
出てきたのは黒いボクサーパンツだった。
「え……ええええ??」
「ち、違ったか?」
「いや、お前、どんな気持ちでパンツ…っ、いや、ええ?!」
腹からの絶叫に、遠くを歩いていた乗客まで二人の方を振り向いた。全く想定外なものを渡されて青井は口をパクパクさせる。
「俺のことこんなふうに思ってたの?!」
「だってアオセン、いつも俺の匂いとか好きって言うだろ?!」
「だからってお前、なんか……、写真とかでも良かったのに!」
赤面した青井の言葉でつぼ浦はふと”正解”に気づく。写真はもちろん、キーホルダーやぬいぐるみとかでも良かったのだろう。
きっと正解ならほのぼのとした心のやり取りがあったのだろう。それを横目に、早とちりしてパンツを選んでしまったことが途端に恥ずかしくなってきた。
「アオセン、今からでも遅くねぇ、」
「いや、これはこれとして預かっておくから」
奪い返そうとした袋は倍以上の力で引き戻された。隙を見てなんとかして取り返そうとするつぼ浦の目の前に、青井は紙の束を突き出した。
「じゃあ俺からはこれね」
手渡されたのは封筒の束だった。受け取った瞬間、ふわりとタバコの香りがした。青井がいつも吸っている安いタバコの匂いだ。封筒にはそれぞれ「1日目」「2日目」と書かれている。
「な、なんだよこれ」
「お手紙だよ。1日1通だよ、次の日の分開けたら怒るからね」
呆気にとられて紙の束を手繰ると全部で7通あった。それぞれの封筒がそれなりに分厚く、しっかりと重みがある。
「活字なんて久しぶりだったから誤字があっても見逃してね」
「これ、早めに帰れる場合はどうすんだ?」
「うーん、余った手紙の分だけお金あげる」
「やったぜ、1日で帰ってくるぜ」
「おい中身にも期待しろよ、ちゃんと読めよな」
「お、おう」
ブスリと釘を刺されてつぼ浦は反射的に頷いた。
それは一通一通が恋人がしたためた感情であり、愛だった。重さと分厚さという形をとってそれらがつぼ浦の手の中にあった。
「……これなら寂しくねぇな」
つぼ浦から思ったよりも優しく、水っぽい声が漏れた。
人の心とかイマイチわからない恋人が自分のためにどんなことを書いたのか、という興味は金への執着を上回った。
約束された愛が手の中にある。それだけで離別の悲しみは簡単に薄らいでしまった。
「じゃあ俺はお前のパンツ嗅いで待ってるから」
一人で感慨にふけるつぼ浦に、青井が真顔で告げる。その一言でつぼ浦のいい感じの世界が崩れた。
「やめてくれ、やっぱ返せよ!!」
「入れたお前が悪い。何なんだよマジで……清楚系じゃなかったの?つぼ浦くんは」
「他に思いつかなかったんだよォ!!アオセンがいつも俺の匂い嗅ぐから!」
「だってお前はいい匂いだよ、太陽みたいで好き」
「だろ?……じゃねぇ、だから喜ぶと思って」
「はいはい、そう教育した俺も悪いですね」
「チクショウ大人になって逃げんじゃねぇ、俺だけ、その……は、恥ずかしいだろ!」
ここからはただの痴話喧嘩だ。近くを歩いていた乗客もなんだ痴話喧嘩か、と無視して歩み去る。
そうしているうちにフライトの時間が迫り、保安検査を急かすアナウンスが流れる。恥ずかしさも名残惜しさもここまでだ。
「早めに帰ってきたほうがいいよ、そうしないとお前のパンツでなにするか自分でもわからないからね」
「~~~ッ!!!」
つぼ浦は声にならない悲鳴を上げる。一日でも早く帰って取り返さなければ。つぼ浦は託された愛の束を片手に、ニヤニヤする青井に乱暴に手を振った。
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最初の方はどこが好きかみたいなのを書いてるけどたぶん七日目の手紙には「ここまで見ることになったお前が悪い」って呪詛になってそうだし、帰国したら綺麗に洗濯された服を返されそうだけどそれはそれとして
とんでもねぇスランプに入って間が空いてしまいました。短い話でリハビリしながらボチボチ書いていこうと思います…
コメント
6件
愛おしい愛おしすぎるこの2人が大好きだ...!
悩みに悩んでパンツ渡しちゃうつぼ浦想定外すぎて笑 お互い大好きで数日間離れるだけも2人からしたら全然"だけ"じゃなくて寂しくなっちゃうのほんと愛おしくて大好きです………!!!
すっっっっっっごい好きです!!!!!!!! つぼ浦を感じられるものって言ってパンツ渡すのえぐい... 遅かったら手紙が呪いの文になるの怖い笑