観客席では、ラビがスナックを頬張りながら身を乗り出していた。
「うわっ、みんなかっけぇ!これ、レースって感じじゃないよな!?もうデスレースでしょ!」
隣でアレクセイは淡々と答える。
「正確には“合法的武装レース”。ルール上、車輪走行の機体しか出られないみたいだね。」
「だから俺、出られなかったのか……」
ラビが肩を落とす。
「賞金、あれだけあったら新しい推進ユニット買えたのに。」
アレクセイは小さく笑った。
「ラビさんが出たら、コースを全部ひとっ飛びでレースにならないよ。」
ラビは口を尖らせた。
「いいじゃん!逆に盛り上がるって!」
その瞬間、スタジアム全体の照明が一斉に落ちた。
暗闇の中で、轟音のような歓声が渦を巻く。
ホログラムの数字が宙に浮かび上がる。
3――2――1――
「――GO!!!」
実況の声がスタジアム全域に響き渡る。
「アイアン・スラスト・グランプリ、開幕だぁぁああッ!!」
爆音を上げながら二十台のマシンが同時にスタートを切った。
地面を裂くようなタイヤの音と、金属が悲鳴を上げる衝撃。
スタジアムの壁が振動し、砂塵が宙に舞い上がった。
車両同士が互いに押し合い、弾き飛ばし合う。
ルール上、重火器はまだ使えない――
だが体当たり、踏み潰し、妨害走行はすべて合法だ。
一台の車両が追突されスリップし、並走車を巻き込んで壁に激突。
爆炎と共に炎上。観客が歓声を上げる。
「二台脱落だ!」
実況の声が響く。
「やれやれ……戦争と変わらねえな。」
カイが低く笑うと同時に、ヴァルヘッドが急加速した。
ヴァルヘッドが炎上した車両のすぐ横をすり抜けた。
火柱が両側から吹き上がり、車体の装甲を赤く照らす。
一瞬、炎の中を駆け抜けるその姿が、まるで獣が炎を纏ったかのように輝いた。
観客席がどよめき、次の瞬間、スタジアム全体が総立ちになる。
大型モニターには、炎の海を切り裂くヴァルヘッドの映像がスローモーションで映し出され、光と熱と轟音の中――その走りに、誰もが息を呑んだ。
エンジンが咆哮し、ヴァルヘッドは先頭集団へと食らいついていった。
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ヴァルヘッドがスタジアムのトンネルを抜け、市街地へ飛び出した。
ビル群の間を縫うようにコースが続き、ネオンの光が装甲を照らす。
そのとき、前方の空間に淡い青い光が浮かび上がる。
リング状のホログラムがゆっくりと回転し、点滅していた。
「……出たな、アイテムゾーン。」
レナが息をのむ。
「アイテムが10個しか出てない。奪い合いになるわ。」
ボリスが荷台から叫ぶ。
「10個って……この中の何個が“当たり”なんだ?」
「わからない。だけど、きっと誰かが当たりを引いた瞬間に地獄が始まるわ。」
レナが淡々と答える。
ヴァルヘッドの後方では、他車両も加速を始めている。
エンジンの咆哮、タイヤの悲鳴、巻き上がる粉塵――
全てがひとつの渦になり、青いリングを目指して殺到した。
「カイ、中央ルートは渋滞してる。右に回り込んで!」
「了解!」
ヴァルヘッドが中央車線から一気に車線変更。
そのタイミングで、後方の救急車《メディック・クライシス》が強引に突っ込んできた。
「退け!緊急車両のお通りだァ!」
「後ろから来る!」
ボリスが背後を確認しながら、声を張る。
「分かってる――!」
カイが瞬時に判断し、サイドブレーキを引いた。
ヴァルヘッドのタイヤが悲鳴を上げ、スモークを上げながら急減速。
次の瞬間――
ドガァンッ!!
救急車がブレーキを間に合わせられず、そのままヴァルヘッドの後部へ追突。
金属が砕け、ボンネットが潰れ、白い車体がバウンドする。
反動で軌道を外れ、そのままスピンをしながらコースを外れていった。
「っしゃあ!」
ボリスが荷台で吠える。
ヴァルヘッドが再び咆哮を上げ、焦げた煙の中を一気に抜けて加速した。
金属の匂いと火花が流れ、スタジアムの観客席が再び爆発的な歓声に包まれる。
「ヴァルヘッド、《メディック・クライシス》を振り切ったァァッ! 冷静沈着なブレーキング! まさに戦場の運転だぁああ!」
ヴァルヘッドを含む十数台の車両が一斉に加速。
サイレン、ブースト、火花――
市街地を切り裂くように、マシンたちが次々と青白いリングを通過していく。
ピピピッ……! ピピッ……!
「ハズレ!」
「こっちもハズレ!」
「うちもだ、クソッ!」
無線越しに怒号が飛び交う。
次々と車両が光をくぐるが、何も起きない。
「……ヴァルヘッド通過、反応なし。」
レナが冷静に報告する。
「チッ、俺たちもハズレか。」カイが舌打ちした。
「……ってことは、残るあと数台だな。」
ボリスが荷台で後方をにらむ。
最後尾近く、漆黒の車体がゆっくりとリングに突入する――
霊柩車《デス・キャレッジ》。
ピピ――ピピピピ――ッ!!
真紅の光が一気に弾け、車体全体を包み込んだ。
観客席から爆発的な歓声が上がる。
『当たり、確認。攻撃権、付与――10秒間、解禁。』
霊柩車の運転席で、シスターと巫女が十字を切った。
二人の声がスピーカー越しに重なる。
『神のご加護がありました――アーメン。』
そして――車体後部の棺型パネルが、ガコンと動いた。
棺の扉が完全に開いた瞬間――
そこから、黒い煙とともに“何か”が溢れ出した。
ガシャガシャガシャッ……!
金属の手首。
無数の――まるで人の腕を模した機械式の手が、棺の中から這い出してくる。
細い関節がうねり、爪先のようなマニピュレーターが路面を掴んだ。
「な、なんだあれ……!?」
ボリスが目を見開く。
手首は次々と霊柩車《デス・キャレッジ》の後方扉から噴き出し、道路を這いながら前方の車両へ殺到していった。
『“グレイヴ・ハンド”――起動。』
スピーカーから、シスターの静かな声が響いた。
「……きもっ。」
レナが眉をひそめて吐き捨てた。
すると、スピーカー越しにシスターの柔らかな声が返る。
『“きもい”だなんて……ひどいです。』
『このハンドたちは、私たちの家族なんですよ?葬送を終えた人々の手――“祈りの形”です。』
巫女の声がそれに重なった。
『さあ、家族たちよ……救済の手を、差し伸べなさい。』
路面を這う無数の金属の手が、まるで磁力に引かれるように近くの車体へ飛び掛かる。
透明な強化樹脂の爪がフロントガラスを叩き、引っかき、細かいヒビが走る。
その亀裂の隙間から、金属の指が蛇のように這い込み、まるで中の運転手を“引きずり出す”ように蠢いた。
「ひぃっ……うわあああっ!」
また、他の手首はタイヤに絡みつき、回転と共にタイヤを肉片のようにねじ切る。
「ハンドルがっ!効かないいいいぃぃ!」
幾人ものドライバーの阿鼻叫喚がスピーカー越しに響いた。
悲鳴と衝突音が入り混じる、まるで“地獄の葬列”のような光景が広がった。
ヴァルヘッドはその惨状のすぐ脇をすり抜け、滑るようにハンドの群れをかわした。
背後では、掴まれた車両が一台、また一台と沈黙していった。
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