廊下の向かい側にあるシャワーを借りて、部屋に戻ると、玲伊さんはスウェットパンツを履いただけの姿でヘッドボードに背を預けていた。
その姿があまりにも|艶《なま》めかしくて、心臓が小鳥のそれのように、早鐘を打ち始める。
「おいで、優紀」
そばにいくと彼はベッドを降りて、わたしを両腕で包み込んだ。
そして、髪を優しく撫でながら囁く。
「もう本当に怖くない?」
「はい……」
素直に頷くと、彼はわたしの顔を覗き込み、慈しむように頬を撫でて囁いた。
「心配しないでいい。優紀が嫌がることは絶対にしないよ。愛し合うことがどれだけ素晴らしいことか、今からゆっくり教えてあげるからね」
「素晴らしいこと?」
「ああ、そうだよ」
彼はわたしをベッドの縁に座らせると、真横に腰を下ろし、後ろから手を回して、わたしのパジャマのボタンをゆっくり外しはじめた。
ひとつ外されるたびに、胸の鼓動が高鳴ってゆく。
すべて外し終えると、彼はわたしの腕からパジャマを抜きさり、露わになった肩に口づけを落としてきた。
「こっち向いて」
言われるとおり、首を向けると、その窮屈な姿勢でキスをされ、脚の下に手を差し込まれ、ベッドに横たえられた。
「優紀……愛している」
彼は上からわたしを見つめる。
その眼差しはいつもの慈しみに満ちている。
けれど同時に、今まで見たことのない、獲物を捕らえた獣のような危険な光も宿していた。
その目に捉えられたとき、急にまた激しい羞恥に襲われた。
下着姿を玲伊さんに晒していることが、この上なく恥ずかしい。
でも、わたしが手で顔を隠そうとすると、玲伊さんは「隠さないで」と言って、わたしの両腕をつかみ、そのままベッドに縫いつけた。
そして、彼は唇をわたしの耳の辺りから首筋のほうへと這わせはじめた。
「ひぁぁ……」
ぞくぞくして、体がわななく。
その、言いようのないくすぐったさから逃れようとするけれど、腕をつかまれていては、どうにも逃れられない。
「首、弱いんだ」
玲伊さんは、なにか重大な秘密を暴いたかのような、満足げな声を漏らした。
それから彼は鎖骨へと唇を滑らせてゆく。
さらに手がわたしのパジャマのショートパンツにかかり、ゆっくり引き下ろそうとしたとき、苦しいほど息が詰まって、わたしは喘ぐように言った。
「れ、玲伊さぁん、や、やっぱり無理かも」
そう言って、涙目になって首を振ると、玲伊さんは一旦、愛撫の手を止めて、わたしの横に寝そべった。
そして腕を回してわたしを抱き寄せ、優しく髪を撫で始めた。
「そうか。優紀が嫌なら、無理強いする気はないよ。今日はこうして、何もせずに抱き合っているだけでいい」
「玲伊さん……でも」
彼は手は背中に降り、今度はあやすように軽く叩きながら、「ん?」とわたしの顔を見つめる。
「男の人は……その、こういうとき、我慢させられると辛いんじゃ……」
「なんでそんなこと知ってるの?」
「あの、ちょっと予習をしてきて」
玲伊さんはくすっと笑った。
「予習って。なに? 動画でも見た?」
「ううん。あの、漫画とか。小説とかで」
「へえ」
彼はまたぎゅっとわたしを抱きしめた。
「まあ、そういうこともあるにはあるけど。でも、俺は自分の快楽のためだけに優紀と愛し合いたいわけじゃないから」
「玲伊さん……」
「優紀が嫌なら、嫌じゃなくなるまでしない。それは我慢じゃないんだよ」
ああ、やっぱり、玲伊さんはわたしのヒーローだ。
こんなにもわたしを大切に思ってくれている。
それなのに、いつまで怖がっているんだろう、わたしは。
もう、ぐずぐずするのは、本当にやめなければ。
まだ顔を見て言う勇気はなかったので、彼の肩に顔を埋めて、そっと呟いた。
「もう大丈夫です。わたしも本当は……玲伊さんと、その、したい……です」
語尾はほとんど消え入りそうに細くなったけれど、ちゃんと聞こえたようだ。
玲伊さんが小さく息を飲んだのがわかった。
「うん、嬉しいよ、そう言ってくれて。でも、やっぱり嫌って言われても、もうやめてあげられないかもしれないけど」
わたしは首を横に振った。
「そんなこと、もう言わない……です」
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