死が持つ花-決めた"最期"の一年-
この社会には「自ら人生を終える自由」がある。
その施設『叶花』の院長をしているのが私、藤花ふきだ。
この申請には、一年間の猶予が与えられる。
私は、この制度の正解をまだ知らない。
正直に言えば、無いほうがいいのかもと思った日もある。
それでも、利用者さんを見ていると、あったほうがいいのかもしれない。
週に一度の通所を義務としながらも、施設で暮らすことも、外での生活を続けることも自由。
「生きる理由を探す人」もいれば、
「死ぬことを見つめ続ける人」もいる。
親からのプレッシャーに押しつぶされそうになっている人。
好きな人に置いてかれた人。
「この年まで生きた」と言って微笑む人。
誰にも言えなかった想いを抱えて、人々は“最後になるかもしれない一年”を歩き出す。
けれど、迷いの中、本人たちは、「生きたい」のか「死にたい」のか、わからなくなることもある。
そして、私の判断が遠回りに奪ってしまった、あの人の命。
それでも私は、あの人の意志を受け継ぎたいと、思ってしまう。
そんな私が、年齢も境遇も異なる人々の“死と生の境界”と向き合い続けている。
あなただったら、なにを思って『叶花』という施設に足を運びますか。