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僕は、 その言葉を忘れられなかった。 『本当に落としたの俺だけだと思う?』 電話はその直後に切れた。 かけ直しても繋がらない。 僕は暗い部屋で、 携帯を握ったまま動けなかった。 心臓だけが嫌にうるさい。 頭の奥が痛む。 思い出したくない何かが、 骨の裏側を引っ掻いているみたいだった。
翌日。 かやまは学校へ来なかった。 僕は授業中も落ち着かなかった。 黒板の文字が読めない。 教師の声が遠い。 耳鳴り。 雨の音だけが、 ずっと頭に残っている。 昼休み。 僕は保健室へ向かった。 理由は分からない。 でも、 行かなきゃいけない気がした。
薄暗い保健室。 消毒液の匂い。 古いカーテン。 誰もいない。 僕はゆっくり室内を見回す。 その時。 棚の奥に、 古い段ボールが見えた。 少し開いている。 僕は近づく。 中には、 古い写真が入っていた。 色褪せたインスタント写真。 小学生くらいの僕。 そして、 隣にいるかやま。 二人とも笑っている。 今では信じられないくらい、 普通に。 僕の呼吸が浅くなる。 写真の裏。 震える指で裏返す。 そこには、 子供っぽい字で書かれていた。 『こにしが撮った!』 その瞬間。 頭の奥で、 何かが弾けた。
夏。 蝉の声。 橋の下。 小学生のぼく。 隣にいるかやま。 そして。 笑いながらカメラを向けるこにし。 三人だった。 ずっと。
息ができない。 思い出したくない。 でも記憶が止まらない。
かやまは昔から、 少し壊れていた。 親がほとんど家にいない。 1人でいることが多かった。 僕はそんなかやまを放っておけなかった。 こにしも同じだった。 3人でずっといた。
ゲーム。 夜道。 秘密基地。 雨の日。 ずっと。
でも。 中学へ上がる頃から、 かやまは僕に異常に執着し始めた。 僕が他の友達と話すだけで不機嫌になる。 帰ろうとすると黙る。 何度も、
かやま
と言った。 僕は怖かった。 でも。 かやまを見捨てる罪悪感の方が、 もっと怖かった。
記憶が流れ込む。 雨の橋。 高校生になった三人。 こにしの怒鳴り声。
こにし
かやま
こにし
その時。 こにしが、 僕の腕を掴んだ。
こにし
かやまが僕の反対側を掴む。
かやま
僕は混乱していた。 怖かった。 苦しかった。 全部終わらせたかった。 その瞬間。 僕は。
かやまの手を掴んだ。
世界が止まる。 こにしの顔。 驚いた目。 滑る足。 雨。 水音。 僕の呼吸が壊れる。 違う。 違う。 自分は。 助けようと—— でも。 思い出す。 橋の下。 まだ息のあったこにし。 川辺へ倒れていた。 咳き込んでいた。 助けを求める目。 かやまが震えながら言った。
かやま
僕は動けなかった。 怖かった。 警察。 学校。 全部壊れる。 でも。 それ以上に。 かやまがいなくなるのが怖かった。 こにしが、 僕を見ていた。 苦しそうに。 必死に。 その時。 僕は。 かやまの手を握った。 助けを呼ばなかった。
僕はその場へ崩れ落ちた。 吐き気。 涙。 呼吸ができない。 自分は被害者じゃない。 共犯だった。 いや。 もっと最低だ。 かやまを選んだ。 こにしを見捨てて。
その時。 保健室のドアが開く。 僕は顔を上げる。 かやまだった。 眠ってない目。 二人の視線が合う。 長い沈黙。 かやまが、 ゆっくり口を開く。
かやま
その声は。 怒っているというより。 ずっと独りだった人間の声だった。
#ミステリー