俺の父は家族を笑顔にすることを生きがいにしているような人だった。
県議会議員という立派な仕事をしていて、いつも家族を支えてくれていた
世間的には権威あるような仕事をしていても、本当は家族と過ごす時間以外、何も欲しがらない人とだった。
そんな父が犯罪者になるなんて誰も思っていなかっただろう。
きっと父自身も
中学二年の、風が涼しくなった10月初旬。土曜日だった。
そのつい1週間前、俺は趣味でやっていたピアノのコンクールで中学部門で一位になった。
優勝した本人(俺)よりも父は喜び、「やったぞー!」と中学二年になった息子を抱き上げようとしそれで腰を痛めてうずくまるありさまだった。
父
teahyong
騒ぎ続ける父に呆れながらも俺は少し嬉しいとも思っていた。
その約束の土曜日だった。父は前日に急な仕事が入った。
少し行って欲しくない気持ちもあったが、昔からよくあることだったので、いいよと俺は手を振った。
父
teahyong
何度も謝ってくる父を玄関まで見送って少し笑った。
_____ どうしてあの時、去っていく父の背中に何も感じなかったのだろう。
虫の知らせとか、胸騒ぎとか、親子ならそんなものがあってもいいはずなのに。
コンクールの練習ばかりで全く勉強をしていなかったので、その日はずっと勉強をしていた。
気づけばもう夜の7時を過ぎていて、俺は1階のリビングに向かった。
父が帰宅していないことは分かっていた。父が帰ってくるといつも家の中が明るく賑やかになるのだが、その時は変にしんとしていた。
リビングのドアを開けた瞬間、何かあったとわかった。
隣の部屋からは、祖父の険しい声が聞こえ、ソファにはこわばった表情で固く手を組んでいる母が座っていた。
立ち尽くす俺に気づくと「あ、もうこんな時間?」と笑おうとして失敗したちぐはぐな表情のまま、数秒黙り込んだ
そして、落ち着いて聞いてね、と細い声で話し出した。
仕事に出かけていたはずの父が、今、警察署に居ること。
理由は父が人に怪我をさせたらしいこと。その人は病院に運ばれたこと。
母
母の笑顔は痛々しくて、くり返す「大丈夫」は自分に言い聞かせているようでもあった。
なんの味もしない夕食を終え、俺はずっとうわの空でソファーに座っていた。
どれくらい時間がたっただろう、誰も口を開かないしんとした空間に電話の着信音が響いた。
すばやく母が出て、長い長い沈黙の後、小さな悲鳴のような声を喉の奥からもらした。
電話の内容は、父に突きとばされ階段から落ちた男性が死亡したという報せだった。
父は相手の男と言い争いになり、父は立ち去ろうとしたものの、男は後を追って来て、下りの階段付近でつき飛ばされそうになった父は逆に彼をつきとばした
バランスを崩した男は階段を転げ落ち、父は直ぐに救急車を呼んだが、男は病院で死亡した。
人が死んだことに加えて、父が県議会議員だった事でニュースはかなりの規模になった。
インターネットや掲示板には父を罵倒する言葉が連なっていた。
そして、さらし者になっているのは父だけではなかった。
父が逮捕されてからは学校にはずっと行っていなかったが、ある夕方、クラスの連絡網がわりに使っているメッセージアプリのグループに、とあるウェブページのURLが投稿された。
なんなのかと思い、そのページへアクセスした瞬間、息が詰まった。
「人殺し県議の息子は未来のピアニスト?」
そんな見出しの下に、この前のコンクールのトロフィーを抱いた自分の写真が載っていた。
teahyong
そこでは誰かも分からない人間が父と、そしてその息子である俺を罵倒するような内容が投稿されていた。
俺はその内容を見ていられずに画面を閉じた。
十月の下旬は学校で中間試験があった。学校に行って試験を受けると言うと、母は顔色を変えた。
母
teahyong
不安だったし恐れだって強かった。ただ、胸の底に怒りのようなものが、このまま屈するわけにはいかないという思いがあったのだ。
父の行為によって人が命を落とした、それは事実だ。
命は何にも代えようがなく、父も含めて俺たち家族は償っていかなければならない。
ただ、それでも父は、顔の見えない人々が言うような邪悪で生きる価値のないゴミくずのような人間ではない。
だから、息子の自分はここで顔をうつむけているわけにはいかない
次の日、俺は久しぶりの学校に足を踏み入れた。
ずっと授業を休んではいたが、テストの出来は上々だった。
いい点をとってやろうと思って臨んだから当然だ。
テストが終わって、どっと疲れがおしよせた俺はぐったりと机につっぷしていると、突然ドアが開いた。
先輩
2人の仲間を引連れてやってきたソイツはひとつ上の先輩だった。
これは相手にしていたら面倒なことになると思い、俺はスクールバッグを持って出口を塞ぐ彼らの前に立った。
teahyong
一瞬、「どけ」と言いそうになったのをこらえて俺は先輩にそういった。
だが、リーダー格の先輩は身長の差を見せつけるかのように上から顔をよせてきた。
先輩
teahyong
うすら笑う先輩を俺は見返した。
俺が何も喋らずにいると、先輩は居心地の悪さを否定するように声を荒げた
先輩
先輩2
teahyong
語尾にかぶせて言い返したのはわざとだ。人には思考や発声の固有のリズムがあって、それを乱されると一瞬ひるむ。
先輩もやはりひるみ、その隙にさらに言葉を撃った。
teahyong
先輩
teahyong
teahyong
先輩
teahyong
先輩
言い負けそうになった先輩は俺に拳を振り上げてきた
teahyong
殴られると思い、瞬間的に目を瞑った
ガァン
先輩の拳が振り下ろされることはなく、そのかわりに先輩の後ろですごい音がした。
先輩
先輩の後ろに、冬服のブレザーを着たジミナが立っていた。
背筋が凍りつくような目で先輩を睨みながら。
jimin
先輩はジミナの圧におされ、教室から走ってでていった。
jimin
teahyong
父の罪はまだ確定していない、けれど、人が一人死んだのは確かだ。
加害者とその家族である俺たちには、もはや何も言う権利もないのではないか。
俺はもう本当にいっぱいいっぱいで、そのままジミナに倒れかかった。