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翌朝
山下の家
はやとは約束通り姿を消していた。
けれど、前夜のことがえいくの頭から離れない。はやとの血、涙で濡れた声、そして最後の言葉 「ありがとうな、えいくちゃん」。 何度も何度も、頭の中で反響する。 胸の奥が締め付けられるように痛む。
えいくは、はやとを助けたかった。 ただ、そばにいたかった。 でも、結局いくら「はやと」と名前を呼んでも、はやとは振り返らなかった。
えいく
目に涙が溜まり、自然と声が震える。
学校で会えなくても、 どこかで元気でいてくれればそれでいい。 けれど、えいくはどうしても、もう一度だけでもはやとに会いたいと願ってしまう。
その時、えいくのスマートフォンが振動した。知らない番号からの着信だった。
〇〇
通話
00:00
えいく
通話
00:00
〇〇
えいく
ふみや
ふみや
えいく
えいく
ふみや
えいくの胸が一瞬凍りつく。
ふみや
ふみや
ふみや
えいく
胸の奥の不安が現実になったようで、 息が詰まる。
えいく
えいく
学校で
教室に着くと、 廊下は朝の光に包まれていた。
誰もいない教室のドアを開けると、はやとの指定席に黒いフーディがきちんと置かれているのが見えた。
震える手で近づくと、フーディの上に封筒があった。白い封筒に、震える文字で「えいく」と書かれている。
えいく
声が震え、 手も震えて封筒の角が少し破れてしまう。 ゆっくりと封を開く。
最愛のえいくへ 正直に言うと、この手紙はいいラブレターじゃない。ごめん、精一杯書いたけど、読まないかもしれない。でも一つだけ、どうしても伝えたいことがある。 ぼくは、えいくが好きだ。 一番、好きだ。 ちゃんと言えなくてごめん。言ったら、えいくが離れていく気がして怖かったんだ。 えいくは、ぼくの初恋だ。 あの日、キャンディをくれたときから、許可もなく心の中に場所を作った。 学校で歌っているのを見たり、友達と笑っているのを見たり、ぼくに微笑んでくれるたびに、どんどん心に刻まれていった。 もし、えいくに会えなかったら、きっと一生自分を嫌いになっていたと思う。 と一緒にいることで、少しでも良い人間になりたいと思えた。ありがとう。 ぼくが転校したくないのは、そのためでもある。ずっとえいくといたいけど、それはきっと自己中心的なことだ。 ぼくのそばにいると、ろくなことが起きない。父さんの血を引いているぼくは、どうしても誰かを傷つけてしまう。 えいくを巻き込みたくないんだ。 悲しいけれど、これがぼくの気持ちだ。 だから、ぼくがいなくなっても、幸せでいてほしい。 もしぼくが少しでも成長できたら、また会えるかもしれない。 ただ、一人だけ、ずっと愛する人がいる。それは、やましたえいくだ。 出会えて本当に良かった。 友達でいてくれてありがとう、えいくちゃん。 このフーディを置いていく。 えいくが着てくれると思ってるから。 忘れて、幸せに生きてほしい。 笑っていて。 ―― はやと
紙の文字が滲み、えいくの視界が歪む。 震える手で封筒とフーディを抱きしめ、涙が止まらずに溢れた。
えいく
えいく
てった、れい、なおやが駆け寄る。三人とも驚きと心配の表情だ。
てった
なおや
れい
なおや
なおや
えいくは言葉にならず、ただフーディと手紙を抱きしめ、肩を震わせた。
なおやが手紙を見て険しい顔をした。
なおや
れいは唇を噛み、てったは静かにえいくの背中を撫でた。
てった
てった
れい
三人の温かさが、えいくの胸にじんわり広がる。 けれどその優しさすら、えいくの痛みを完全には癒せなかった。
えいくはフーディを抱きしめ、はやとの匂いを感じながら、声を潜めて泣き続けた。
えいく
えいく
5年後。。。
はやとは本当に消えてしまった。
最初、えいくは信じられなかった。何度も何度も、はやとの番号に電話をかけ続けた。だが、「現在使われておりません」という無機質な音声が返ってくるだけだった。
望んでいなかったのに、時間は無情に過ぎていった。はやとのいないままリハーサルがあり、はやとのいないまま定期試験があり、はやとのいないまま卒業式が過ぎた。 周りの皆はそれぞれ前を向き、普通に進んでいった。
えいくだけが取り残されていた。
れい
えいくは首を振った。
えいく
えいく
れい
れい
えいく
えいく
えいく
そう言ってしまった瞬間、胸の奥が苦しくなる。
えいく、れい、なおや、そしててったは、数年間にわたり『One N' Only』として活動してきた。メンバーの入れ替わりがあっても、その人気はますます高まり続けていた。本来なら、えいくは満たされ、幸せを感じているはずだった。
それでも、えいくはふとした瞬間に考えてしまう。 はやとは今、どこにいるんだろう? もう一度、会える日は来るのか? 幸せに、生きているんだろうか?
最後に会ってから、もう五年が経った。 それでも心の奥から、言いたい言葉が消えない。 「はやとは悪くない。」 「はやとは、何も悪い人じゃない。」
れい
れいの声に、えいくははっと顔を上げた。
えいく
れい
れい
えいく
えいく
れい
れい
ふたりでてったの部屋を開けると。。。
れい
えいく
布団の中で、てったがなおやを抱きしめて眠っていたのだ。恋人のようにぴったり寄り添って。
目を疑った。
れい
れい
えいく
その瞬間、えいくが笑ってしまった。声が漏れてしまい、その笑い声で布団の中の二人が目を覚ます。
なおや
なおやが寝ぼけた顔を上げる。だが横を向いたら、そこには満面の笑みを浮かべてなおやを抱くてった。
なおや
なおや
てった
てった
えいく
なおや
てった
てった
なおや
なおや
なおや
れい
れい
てった
なおや
なおやは慌てててったを引きはがし、額を小突く。
えいく
新しいドラマの顔合わせ。しかもBLドラマだった。 えいく自身もまだ信じられない。 ファンはどう思うんだろう。嫌われるんじゃないか。応援してもらえるのか。考えるだけで胃が締め付けられる。
れい
てった
てった
てった
えいく
えいく
からかわれているのに、えいくの心はどこか遠い場所をさまよっていた。
またえいくの心ははやとへと向かっていた。舞台の上でも、コンサートの光の中でも、どこでもいい。
はやとにもう一度見つめてもらえるのなら、それだけで十分だった。 ただ、はやとの視線が自分に戻ってくることを願わずにはいられない。
えいくはれいに車で送り届けられ、今日がそのBLドラマのキャスト初顔合わせの日だとわかっていた。
れい
えいく
えいく
れいが去ると、えいくは小さく息を吐き、エントランスへと歩き出した。
だがそのとき、不意に背後から声をかけられる。。。
ストーカー
ストーカー
えいく
えいくは思わず会釈する。ファンとのやり取りには慣れているはずだったが、今日は何か違う気配を感じた。
ストーカー
えいく
背筋に冷たいものが走る。笑顔は崩さずにいたが、心の中で警戒が高まっていく。
ストーカー
ストーカー
えいく
えいく
ストーカー
女性の笑顔が、ふっと歪んだ。 次の瞬間、女性が腕を掴んで強引に引っ張ろうとした。
えいく
えいくは振り払おうとしたが、相手の力は意外に強い。周囲に人は少なく、助けを求める声も飲み込まれる。
それまで。。。
〇〇
低く鋭い声が響いた。
えいくの目の前に、長身の男が立ち塞がる。黒いマスクにキャップ、ラフなジャケット姿。女性が驚きに目を見開く。
ストーカー
〇〇
〇〇
男が一歩近づいただけで、女性は怯えたように後ずさりし、次の瞬間には走り去っていった。
一人残されたえいくは、 ただ呆然と立ち尽くす。 その男が振り返る。
その目
えいく
えいくの胸が跳ね上がった。 鋭い線を描く切れ長の目。どこか懐かしく、忘れられない視線。
〇〇
えいく
けれど心臓は激しく鳴り続けている。
えいく
えいく
気づけば口から言葉が漏れていた。
えいく
男は少しだけ目を見開き、それから小さく笑った。マスク越しでも分かる、懐かしい仕草。そして、えいくの頭にそっと手を置いた。
その感触。 震えそうになる。かつて、何度も同じように撫でられた。安心するように、そして距離を感じさせない優しい仕草。
〇〇
えいく
その言葉に、えいくは胸が締め付けられる。
〇〇
えいく
えいくが手を伸ばしたときには、もう人混みに紛れて姿が消えていた 残されたえいくは、呆然とその場に立ち尽くす。
えいく
けれど、男が本当にはやとだったのか確かめる術はもうなかった。 打ち合わせの時間が迫っているのに、足はすぐには動かなかった。
えいくの心には、確かなものは何一つ残されていない。ただ、強烈な既視感と、どうしようもない渇望だけが、焼き付いていた。
会議室に入ると、すでに数人のキャストとスタッフが集まっていた。えいくは深呼吸し、緊張を隠すように笑顔を作る。
えいく
端の席に座る男が手を挙げる。ひぐちこうへい。以前『マダー』で共演した仲だ。
こへい
こへい
えいく
そしてもう一人、えいくの視線が止まる。 ――たかおふみや
ふみや
えいく
監督やスタッフの挨拶が終わり、キャスト一人ひとりが自己紹介を始める。えいくの番になった。
えいく
えいく
えいく
えいく
そのとき。。。
ガチャ
扉の開く音が会議室を切り裂いた。
〇〇
その声に、えいくの背筋が凍る。 マスク姿の男が入ってきた。
えいく
鼓動が耳を打つ。 ゆっくりとその男がマスクを外した。
はやと
えいく
世界が止まった。
ふみや
ふみやが椅子を蹴るように立ち上がり、男に駆け寄る。笑いながらその体を抱きしめた男。
はやと
えいくの唇が震えた。声はほとんど聞こえないほど小さい。
会議室の空気が一瞬ざわめき、しかしすぐに収まる。はやとは軽く会釈して謝罪し、空いた席に腰を下ろした。
はやと
はやと
はやと
はやと
はやと
はやと
えいくはただ見つめるしかなかった。はやとの顔立ちは以前より大人びて、鋭さと輪郭がはっきりしていた。はやとが微笑むと、目尻がやわらぎ、本当に幸せそうに見えた。
えいく
はやともまた、えいくを見ていた。 オレンジに染めた髪。引き締まった体。 それでも、あの頃と同じ、愛らしい小動物のような瞳。えいくは、はやとが覚えている通りに可愛かった。
こへい
えいく
同級生。
その言葉が、はやとの胸を突き刺した。 “友達”ではなく、“同級生”。 距離を置かれた感覚に、どうしようもなく痛む。
こへい
はやと
小さく、悲しげに微笑んだ。
監督が拍手すると、状況が一変する。
監督
えいく
スタッフが配った台本をめくり、声を合わせて読み進める。
そして、告白の場面。。。
えいくのキャラクターは、表面上は何もかも持っているように見えて、内面は空っぽで孤独。 はやとのキャラクターは、家庭環境に押し潰され、傷つきながらも不器用に愛を求めている。
声を出した瞬間、えいくの感情が溢れた。
えいく
涙が滲み、視界が揺れる。本来なら演技で泣くつもりはなかった。だが、目の前にはやとがいる 。それだけで感情が制御できなかった。
はやともまた、深い目で彼を見つめ返す。
はやと
その声に震えが走る。まるで過去の自分たちの会話のようだった。
読み合わせが終わると、静かな拍手が広がった。
監督
監督
監督
スタッフも頷き合う。
えいくは必死に涙をこらえた。
えいく
はやとは視線を逸らさず、ただ静かにえいくを見つめ続けた。 心の中で叫んでいた。
はやと
はやと
居酒屋
その夜、ドラマのキャストたちは居酒屋に集まった。
えいくは、どうしても心が落ち着かず、念のためにと「わんえんおんりー」の三人 ―― れい、てった、なおや ―― を連れてきていた。もしも、はやとが現れたら、ひとりでは耐えられないと分かっていたから。
テーブルに並んだグラスはすぐに空になり、えいくは緊張を紛らわすように、次々と酒を口に運んだ。頬が赤く染まり、目元もとろんとしていく。
えいく
なおや
なおや
なおやが慌てて突き放すと、隣でてったが大笑いしながら腕を絡めてきた。
てった
てった
えいく
なおやがてったの額を軽く叩くと、てったはわざと大げさに「いってぇ!」と叫び、さらに場をにぎやかにした。れいは苦笑しながらも、えいくからグラスを取り上げた。
れい
えいく
そんな空気を裂くように、店の入り口から二人の姿が見えた。
はやと。そして弟のふみや。
えいくの胸が跳ねた。ずっと会いたくて、でも会えないと思っていた人。視線が自然と追ってしまう。
えいく
てったがすぐさま駆け寄り、わざとらしく涙声を作った。
てった
てった
はやと
その芝居がかった声に、なおやがすかさず手を伸ばしててったの頭を叩いた。
なおや
なおや
れい
れいが腕を組み、母親のような口調で叱りつける。
れい
れい
れい
はやとは苦笑して肩をすくめた。
はやと
はやと
グラスを受け取り、彼はようやく口を開いた。
はやと
はやと
はやと
テーブルのざわめきが一瞬静まった。えいくの耳には、その最後の一言だけが、やけに大きく響いた。
えいく
えいく
はやと
はやと
けれど彼の胸には疑念も渦巻いた。なら、なぜ連絡をくれなかった? なぜあの夜、あんな風に終わらせたのか。
えいく
グラスを握る手が震える。気づけば、また誰かに体を預けていた。
こうへいが隣で苦笑しながら支えてくれる。えいくはふらりと寄りかかり、その肩に頬を押し付けた。
こへい
えいく
その光景を、はやとは黙って見ていた。笑みを浮かべながらも、手元のグラスはほとんど減っていない。喉を潤すより、じっと誰かを見張るように視線を外さなかった。
はやと
「おい、えいく。 他のやつにそんな顔すんなよ」 心の奥で言葉がこぼれそうになるが、飲み込んだ。
はやと
はやと
一方、てったは酒が回りすぎてなおやにしつこく抱きつき
てった
なおやは相手を突き飛ばしつつも、顔を赤くしている。
なおや
笑いとざわめきの中、えいくはぼんやりとはやとを見つめた。
彼の声も、言葉も、存在そのものも、ずっと求めていた。 なのに。 距離は近いのに、触れられない。声をかけたら、また拒まれてしまうのではないか。
えいく
はやとは てった、れい、なおやと話し続けながら、時々 えいくの方をちらりと見ていた。
はやと
はやと
夜遅く
打ち上げの後、居酒屋のざわめきも落ち着き、残っていたのははやととえいくだけになった。 他のみんなはすでに帰宅していた。
えいくは酔いのせいで足元がおぼつかず、肩を揺らしながら泣き出した。
えいく
はやとは心配そうに近づき、優しく背中に手を回す。
はやと
えいく
はやと
はやと
えいくはぷうっと頬を膨らませ、ふくれっ面で返す。
えいく
えいく
はやと
はやと
えいく
えいく
はやと
えいく
そのまま、涙でぐしゃぐしゃの顔をはやとの肩に押し付ける。
えいく
えいく
はやと
はやとは小さく笑いながら、肩に寄せるえいくの頭をそっと撫でた。
はやと
はやと
えいくは恥ずかしそうにぷいっと顔を背け、はやとの腕を軽く叩く。
えいく
えいく
必死で逃れようとするが、ふらりと足を踏み外して転ぶ。
えいく
はやとは瞬時に反応し、えいくを背中に抱え上げた
はやと
えいく
はやと
背負われた感覚に、えいくの頬が赤く染まる。高校のとき、廊下でふざけて背中に乗せてもらった記憶がよみがえるのだ。
はやと
はやと
えいく
えいく
えいくは恥ずかしそうに目をそらした。
えいく
えいく
えいくはしばらく沈黙してから、ちらっとはやとを見上げ、目をうるませながら続けた。
えいく
えいく
はやと
その告白に、はやとの心が一瞬固まる。
はやと
だが、えいくはもう限界だった。肩に頭を預けたまま、ふっと眠りに落ちてしまう。
思わず微笑む。酔ったえいくの無防備な表情を見て、胸がぎゅっとなる。
はやと
はやと
はやとはえいくの柔らかい体を背中に感じながら、静かに息をつく。
えいく
はやと
はやと
はやと
えいくの小さな寝息に、はやとは胸がいっぱいになった。
これまでの誤解、距離、すれ違いすべてが、この夜だけは静かに溶けていくようだった。
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