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仕事から家に帰り、玄関のドアを開けると、
美味しそうな匂いがした。
それは、久しぶりに感じた家庭の香りだった。
その香りに誘われるようにダイニングに行くと、
父親がすでに、ご馳走を前に、晩酌をしていた。
キッチンに目をやると、
長い髪の女性がテキパキと料理を作っている。
女性は、俺がいることに気づくと振り返り、
感じのよい会釈をした。キレイな女性だった。
______そういうことか。
母が亡くなって6年が経つ。
父親に交際相手がいても不思議ではないし、
再婚するなら勝手にすればよい。
その相手が俺と同じくらいの年齢の若い女性だったとしても、
俺がとやかく言うことではない。
ただ、俺に見せつけるような方法で
既成事実にするような真似は、やめてもらいたい。
家に呼ぶのなら呼ぶで、
事前にひと言くらいことわるのが礼儀だろう。
そう思ったが、母が死んでからは、
同じ屋根の下にいながら、まともに会話などしてこなかったので、
父親にはこういう方法しか思いつかなかったのだろう。
俺にとって彼は、お世辞にもよい父親ではなかった。
仕事人間で、家庭をかえりみない男だったからだ。
俺も、今は社会人なので、
仕事で家に帰れない事情や状況は理解できる。
しかし、病気で苦しみながら亡くなった母に対して、
いたわる様子すら見せなかった父親を、
どうしても許せなかった。
病院のベッドで寝ている母に、
ハジメ
と嘆くと、
母は俺の手を握り、小さな声で言った。
母
母
母
母
その時の、やせ細った母の姿は、
今でも俺の脳裏に焼きついている。
父
父
父親にそう言われて、俺は返事もせずにイスに座った。
父親は、豪快に酒をあおりながら、
美味しそうに料理を食べている。
父
父
父
父は台所で料理する女性に声をかけた。
_____ゆきこという名前なのか。
「由利子」という名だった母親と、名前が似ている。
すると、女性は、控えめに、
女性
と応え、父親に感じのよい笑顔を向けた。
それにしても、若い女性が
腕時計のコレクションなんかに興味があるのだろうか。
もう一つ父親の嫌なところをあげるとすれば、
すぐに自慢することである。
父は仕事もよくしたが、趣味も満喫していた。
ゴルフ、登山といったアウトドアな趣味にとどまらず、
特に腕時計を集めることに情熱を傾けていた。
父は、自分のためには高級な腕時計をいくつも買ったが、
母親にアクセサリーの一つも
プレゼントをしたことはあったのだろうか。
俺には、いつもつつしまやかに暮らしていた母が、
アクセサリーをつけていた記憶がない。
それにしても、あの父親が、
女性に「さん」づけとは以外だ。
母親のことは「由利子」と呼び捨てだった。
それに
父
と料理をほめている。当然ながら、
母親の料理をほめているところなど一度も見たことがない。
父親は、すっかりこの女にのぼせ上っているのだろう。
たしかに料理上手だし、美人で上品だ。
父親でなくても、男なら誰でも好意をもつだろう。
しかし、ここまでほれているさまを見せつけられると、
死んだ母親が浮かばれないではないか。
そんなことを思っていると、インターホンが鳴った。
宅配便かなにかだろう。
女性
女性
俺や父親より早く、
女は玄関のほうへ小走りで駆けていった。
しばらくすると、父親が小声で言った。
父
父
父
父
父
父
父
父
母
母
母
父
1人で嬉しそうにしゃべり続ける父を、
俺はポカンと見つめた。
父
父
父
父
いったい何を言っているんだ。
ハジメ
ハジメ
父
父
ハジメ
ハジメ
俺と父は顔を見合わせた。
それからすぐに2人で玄関へ走ったが、女性の姿はない。
ふと何かに気づいた父は、自室に急いで向かった。
それからすぐに、
父
と、父の叫び声が聞こえた。
父
父