僕は今日も一人、森の中でピアノを弾いていた。
アクエ
そう祈りながらピアノを弾いてみても、 水神様は答えてくれない。 いつもと同じ、だめだめな一日がまた始まった。
僕、精霊師アクエの役割は、 精霊の力を使って神様と対話し、 この国の自然を守ること。
アクエ
近くにいた水の精霊ニンフに話しかける。 この子の力で水神様と対話するのだけど、 一度も成功したことはない。
ニンフはあからさまに落ち込んで、 背中を丸めてしまった。
アクエ
お互いに落ち込んで、余計にその場の空気が重くなった。 それを感じた動物たちが僕たちの周りに集まってきた。
さまざまな動物たちが舐めたり頬ずりをして、 落ち込んだ僕を慰めてくれた。
アクエ
その様子を見ていたニンフは青色の長い髪をなびかせ、 綺麗なシルク色の羽をぱたぱたと動かしながらどこかへ行ってしまった。
本当は精霊の力と楽器の音色があれば神様と対話できるはず、 なのに僕だけはそれができない。 みんなは僕のことを落ちこぼれと言って馬鹿にした。 その結果、僕は一年間も森に引きこもっている。
アクエ
こんな独り言も、聞いているのは動物たちだけだった。
精霊の力を使えるのは選ばれた者だけ、 なぜ僕が選ばれたのかはわからないけど、 水神様と対話ができるのは僕だけなのだ。
毎朝ニンフと試しているけれど、一向に返事はこない。 でも今のところ自然に問題は起きていない、今のところは。
いつもと同じ日々を過ごしていたある日のこと、 森に異変が起きた。
森の泉が枯れ始めているのだ。
このままだと国に水が行き渡らなくなり、 人も動物も大変なことになってしまう。
アクエ
焦ってピアノを弾く。
ニンフも一生懸命に力を注いでくれているけど、 やっぱり返事はない。
そんな僕のところに、 火の精霊サラマンダーを連れた精霊師イグニスがやってきた。
イグニス
イグニスは僕に対してはいつも強気で、 あまり仲良くはない。
アクエ
イグニス
イグニスは丁寧に説明してくれた。
どうやら火神様が泉を枯らしているらしいのだ。
アクエ
イグニス
水神様と一度も対話できていない僕を見た火神様は、 僕に本気を出させるために泉を枯らしているのだと、 言っていたらしい。
アクエ
イグニス
アクエ
イグニスは大きなため息をついて、 くるっと後ろを向いて歩き出した。
イグニス
トカゲの尻尾を振りながら僕を嘲笑うように、 イグニスについて行くサラマンダー。
アクエ
イグニス
そう捨て台詞を吐いてイグニスは行ってしまった。
悩んでいる間にも泉はどんどん枯れていた。
僕が弾いている泉のピアノも、 だんだんと輝きがなくなっているように感じる。
ニンフも心なしか元気がなさそうだ。
アクエ
精霊は喋らない。 だけど精霊師には言いたいことがわかる。
ニンフは首を縦に振り、 泉のピアノに力を送っていた。
でもすぐに力が抜け、 その場に倒れ込んでしまった。
アクエ
僕は申し訳ない気持ちになった。
動物たちもこの数日間は僕のところに来ていない。
泉が完全に枯れてしまえば、 水神様との対話はより一層難しくなるだろう。
アクエ
勝手に涙が出てくる。
何もうまくいかないし、 ニンフも苦しそうだし、 イグニスもあれから助けてくれなくなった。
サラ
声をかけたのは、 地の精霊ノームを連れた精霊師サラだった。
アクエ
サラ
サラは近くの岩に腰掛けた。
いつも冷静でクールなサラは、 僕にさりげなくアドバイスしてくれることが多い。
アクエ
サラ
サラに言われたとおり、 僕はいつものように泉のピアノを弾いた。
でも少ししてサラは僕の演奏を止めた。
サラ
アクエ
サラ
言っている意味が分からない。
アクエ
その言葉にサラはため息をついた。
イグニスと同じように、呆れたため息。
サラ
何も変わらない、枯れかけた泉だ。
それを見て焦りが募るばかりだった。
サラ
サラはそれだけ言って歩き出した。
僕はその後をついていき、 サラの家にたどり着いた。
サラ
サラの言葉に頷いたノームは、 庭にあった草原のハープに触れた。
サラ
椅子に腰掛けて草原のハープを弾き始めるサラ。
その瞬間、周りの草木は成長し花が咲き始めた。
アクエ
僕は気づいていなかった。
精霊師が使う楽器には、 神様と対話する他にもう一つ能力がある。
それは自然の促進。
サラの草原のハープは大地や植物を成長させ、 イグニスの太陽のギターは陽の光の増幅や火を生み出し、 僕の泉のピアノは雨を呼んだり水を生み出す力がある。
サラ
アクエ
サラはまたため息をつく。
サラ
そうだ、僕は一度もピアノを弾きたいと思って弾いていなかった。
サラ
サラの言葉に僕は納得した。
自分のすべきことがやっとわかったような気がする。
アクエ
サラ
サラとノームに手を振って、 僕は泉のピアノまで戻ってきた。
泉の水はもうすくうほどもない。
ニンフはピアノの上でうつ伏せになって寝ていた。
アクエ
僕の言葉に反応してすぐに起き上がったニンフは、 笑顔で頷いた。
アクエ
いつも弾いている曲を、 いつもと違う気持ちで演奏する。
僕はすぐに何かを感じ、あたりを見回した。
アクエ
僕とニンフの周りにはいくつもの水滴が浮かんでいた。
それに太陽の光が反射してきらきらと輝いている。
水神様
誰かの声がした。 だけど姿は見えない。
これはきっと水神様だ。
水神様
初めての対話、僕はすごく感動した。
そうしているうちに周りの水滴が一つに集まり、 泉のほうに飛んでいった。
ピアノを弾き終わり泉を見てみると、 かつての透き通った泉がそこにあった。
アクエ
僕たちは強く抱きしめ合った。
と言っても精霊は手のひらサイズだから頬ずりをする程度だけど、 それでも僕たちは喜びを分かち合った。
気がつくと動物たちも集まってきていた。
イグニス
サラ
隣を見るとイグニスとサラが精霊たちを連れて立っていた。
アクエ
僕は急に恥ずかしくなってニンフと離れた。
ニンフも顔を赤らめている。
イグニス
イグニスはそう言うと僕に近づいてきた。
アクエ
イグニス
不意に僕の頭を撫でるイグニス。
その顔は今まで見たことがないほど笑顔だった。
サラ
その光景を見たサラも近づいてきた。
サラ
そう言ったサラは僕たちを強く抱きしめた。
イグニス
イグニスは照れくさそうにサラに言った。
僕もなんだか恥ずかしくなってきた。
アクエ
サラ
その言葉に僕とイグニスは完全に固まってしまった。
サラはきょとんとしている。
アクエ
そういえばニンフがいない。
耳をすませると遠くのほうではしゃぐ声がする。
サラ
イグニス
アクエ
声がするほうに目を向けると、 ニンフとサラマンダー、 そしてノームが楽しそうに戯れていた。
アクエ
僕たちはこれからも一緒に、 この国の自然を守り続けていく。