コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
あの日の風は、少しだけ春の匂いがして、 卒業式が終わって、校門の前はみんな写真を撮る人でいっぱい。
その中で私の前に歩いてきたのは、 ずっと優しかった先生だった。
先生
白いネクタイに、小さな花の飾り。 いつもより大人っぽく見えて、ちょっとだけ胸がぎゅってなる。
私
ぎこちない笑顔のまま立っていた私に、 先生は笑って言った。
先生
その一言で、心臓が跳ねた。 だって私、先生のこと……ほんとは少しだけ特別に思ってたから。
ピースを作る指が震えてたの、気づかれてなかったらいいな。
──カシャッ。
写真に写っていたのは、 制服姿の私とスーツ姿の先生。 それだけなのに、誰にも知られたくない私の“秘密”がそこにあった。
先生
そう言って背中を軽く叩いてくれた瞬間、 なんでだろう、涙が出そうになった。 “ありがとうって言いたいのは、もっと別の理由なんだよ” なんて言えるはずもなくて。
先生はすぐに、他の生徒たちの方へ歩いていった。 その背中を見つめながら、私はスマホの中の写真をそっと開く。 小さな画面に並んだふたりのピースサイン。 ほんの数秒の出来事なのに、 私にとっては、一生忘れたくないワンシーン。
これは恋じゃない。 でも恋よりずっと、大事だった気がする。 “先生、ありがとう。 私、きっとこの写真、ずっと宝物にする。”
春の風が吹いて、 私の秘密を静かに連れていった。
あれから、何年が経ったんだろう。 社会人になって、毎日慌ただしく働いて。 気づけば、あの卒業式の写真を見ることも少なくなっていた。
──はずだった。
春の帰り道、駅前の人混みの中で足が止まる。 見覚えのある横顔が、夕陽に照らされていた。
私
心臓が一瞬で跳ねた。 記憶の中の“特別な先生”と同じ優しい雰囲気。 髪は少し短くなって、大人っぽさが増してる。
でも、間違いなく──先生だった。
先生
ゆっくり振り向いた先生は、驚いたように目を細めた。 名前を呼ばれただけで、あの頃の感情が胸の奥でふるえる。
私
先生
そんなふうに言われるなんて、思ってもみなかった。
駅前のベンチに座って、少しだけ話した。 今の仕事のこと、昔のクラスのこと。 ほんの短い時間だったけど、 “先生”の声は不思議とあの日のままだった。
先生
先生は鞄を探って、小さな封筒を取り出した。
先生
先生
先生
手渡された封筒の中には、 ピースサインの私と先生が写った、あの日と同じ写真。
でも、色あせてるのに、なんだか少しだけ温かくて。
先生
先生からもらった卒業式の写真を見つめていたら、 気づかないうちに目元が熱くなっていた。
私
そう言うと、先生は少し照れたように笑った。
先生
その一言で、胸の奥がまたふわっと温かくなる。
駅前には人が行き交ってて、 ほんの数分だったはずなのに、 時間がゆっくり流れているように感じた。
先生
先生が何気なく聞いてきた。
私
先生
“また”なんて、そんな言葉ずるい。 心がまた少し揺れる。
だけど先生はすぐに手元の時計を見て、
先生
そのときだった。
先生
名前を呼ばれて、顔を上げる。
先生
先生
その言い方が、なんだか先生らしくて。 優しくて、ちゃんと距離を保ってて。 それでも、嬉しかった。
私
スマホを差し出す手が、少し震えていた。 先生が落ち着いた指でQRコードを読み取って、 小さく“友だち追加”の音が鳴る。
たったそれだけのことなのに、 心臓の音がやけに大きく聞こえた。
先生
先生は軽く手をあげて人混みへ消えていった。 その後ろ姿を、何秒も見送ってしまった。
スマホを開くと、 新しい名前がひとつ増えてる。 ──先生
家に帰って部屋のドアを閉めた瞬間、 今日あったことが一気に胸に流れ込んできた。
“再会” “写真” “LINE交換” なんだろう、全部夢みたい。
着替えもせずにベッドに倒れ込むと、 スマホの画面がちらっと光った。 ただの通知なのに、 そのたびに先生からのLINEじゃないかって胸がざわつく。
開いてみても、 まだメッセージは何も来てない。 ──当たり前だよね。
そう思いながらも、 ホーム画面に並んだ名前を見る指先が止まらなかった。
“先生” 中学生の頃、黒板の前に立っていた時の姿しか 知らなかったはずなのに、今日駅前で話した先生は、 あの頃よりずっと優しい大人の人に見えた。
あんなふうに名前を呼ばれたの、 いつぶりなんだろう。
私
感情がごちゃまぜになって、 眠れそうにない夜だった。