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誰も、彼女を目撃して生き延びた者はいない。 それでも、『巫女様』は、確かに存在していた。 記録に残らない。映像にも写らない。けれど、その“痕跡”だけが全国のあちこちで静かに、人知れず積み重なっている。 とある田舎町の神社跡。 放置された鳥居の前で倒れていた、男の死体。司法解剖の結果、彼の死因は “心臓麻痺”だった。 顔に浮かぶのは、恐怖とも安堵ともつかぬ微妙な表情。自殺でも他殺でもない、まるで寿命が突然尽きたかのような最期。 また別の都市のマンションの一室。 鍵は内側からかかっていた。密室だった。 だが、男は目を見開いたまま事切れていた。やはり死因は“心臓麻痺“。 部屋の中には、異様なまでに真っ白な塩が一握り、机の上に盛られていた。まるで清めの儀式のように。 誰が彼らを殺したのか? 答えはどこにもない。 ただ、噂はあった。目撃証言のひとつもないのに、確かに人々はその名を口にする。 『巫女様』が来たのだ、と。 白装束に朱色の袴、顔を半分隠した神楽面。 どこか時代錯誤な出で立ちで、彼女は現れる。善人か悪人かは問わない。老いも若きも関係ない。誰であろうと、選ばれれば等しく“死”を与えられる。 巫女様に情けはない。ただひとつ確かなのは、彼女が現れるとき、人知れず、そして確実に誰かが命を落とすということ。 どうして人を殺すのか。 なぜ予告もなく現れるのか。 どんな法則があるのか——。 何もわからない。わかるのはただ一つ。 彼女は決して騙されない。 仮面の下にあるのは、神のような審判か、あるいは——悪鬼のような無慈悲か。 人々は彼女をこう呼ぶようになった。 「巫女様」と。 だが、それは畏れと共に祈るような呼び方ではない。 それは、呪いの名である。 それは、死を連れてくる名である。 そして今夜、またひとつ灯が消える。 誰が選ばれるのか、それすら彼女の気まぐれ。 だが、ひとつだけ確かなことがある。 巫女様は、騙せない。 偽りも後悔も、彼女の前では意味を成さない。 あなたの中にある「本当」が、その胸を止めるだろう。