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日々は刻々と進んでいく

戻ってこない時間が通り過ぎていく

五月雨がパラつく5月になった

もう最後の大会まで1ヶ月を切った

焦りが募っていく

なぁ春紀

春紀

ん?

俺この1年ちゃんとキャプテン出来てたのかな

春紀

今更何言ってんだよ

春紀

出来てたに決まってる

春紀

澄が不安になってどうすんの

ごめん

春紀

あと、

春紀

お前一人でチームを背負わなくていい

春紀

俺だって少しくらい持つよ

春紀

焦らなくて大丈夫だから

いつになっても変わらない僅かに棘のある優しさが心に残る

ありがと

今までの約2年間の高校生活

誰かの拠り所になれただろうか

自分らしく生きられただろうか

誰かの特別になれただろうか

春紀

…なに?

春紀

そんなに心配しなくても

春紀

ちゃんと誰かの居場所になれてるよ

…え?

考えていたことを口に出してしまったのかと思って焦燥に駆られた

春紀

澄が黙ってる時

春紀

大体考えてること一緒だから

春紀

外れてたらごめん

春紀

じゃあな

うん

溜息を噛んで追憶に浸ってみる事にした

去年の夏は少し涼しかった

そしてその日は太陽が隠れて涼しく風が通り抜けていた

誰かの特別になりたかった

そのために本当の自分を隠してもいいと思っていた

…憧埜

憧埜

どうかしましたか?

心配した顔で俺の目を見つめる

俺がキャプテンでよかったのかな

こんな弱音を吐いたって憧埜を困らせるだけだってわかってる

でも少しずつ不安と苦しさを消していかないと潰れてしまいそうになる

自分で作った粗末な複数の仮面が前へ進むのを妨げるように散らかっていた

困惑した憧埜の顔は見なくても想像 できる

そう思いながら顔を上げた

憧埜

良かったに決まってるじゃないですか

戸惑いながら優しい言葉でそう言う

憧埜

実力もあって

憧埜

周りをよく見てて

憧埜

誰よりも優しい

憧埜

誰もこれ以上望まないと思います

憧埜

そんな不安にならなくていいですよ

俺を安心させるような笑顔だった

あと一つだけ聞いていい?

憧埜

はい

夕日は次第に暗くなる

心を落ち着かせることに必死で空が眠っていくのに気がつかないでいる

憧埜にとって

特別って何だと思う?

そう問いかけて数秒後に後悔した

憧埜

特別…ですか

どうしてこんなこと聞いてしまったのだろうか

困らせるって分かっているのに

どうして

考え込んでいる間に憧埜は答えを出していた

憧埜

例えば友達と笑って過ごした瞬間とか

憧埜

忘れたくない記憶だとか

憧埜

他のものとは比べられない何かとか

憧埜

でもそれって人それぞれ違うし

憧埜

ある人にとっては特別なことが

憧埜

別の人にとって普通だったりする

憧埜

その逆も然りです

憧埜

だから特別って

憧埜

ある意味自分らしさだと思います

憧埜

高柴くんが持ってる色は高柴くんだけのものですから

その言葉に危うく涙が溢れそうになった

言葉にしきれない想いが湧き出して止まらなくなっていた

…ありがと

憧埜

…でも

憧埜は静かに呟く

憧埜?

憧埜

高柴くんは特別になりたいんですか

…わかんないんだ

憧埜

そうですか

憧埜は愁いを隠せなくなっている

憧埜

僕にとって特別は

憧埜

…苦痛なのかもしれません

…そっか

ごめん急にこんなこと聞いて

憧埜

全然大丈夫です

2人の会話が終わる頃には

空は眠りについていた

特別=自分らしさ

憧埜はあの時そう言った

でも澄は憧埜に

普通=自分らしさ

そう言った

特別と普通は相反するもので

その2つが同じなはずがない

2人の考えに真偽を記すなら

答えは明らかに偽だった

でもそれぞれが出した答えは

無意味なんかじゃない

たとえ不正解だとしても

憧埜

高柴くん

驚いた顔を隠そうとしたけど間に合わなかった

憧埜じゃん

どーした?

憧埜

春紀先輩に呼んで来てって言われたので

あそうゆうことか

あと10分くらいで行くから先行ってていいよ

憧埜

わかりました

寂しげな背中を向けて足音を遠ざけた

この世界で誰も本当の俺を知らない

きっと知られたら

本当に孤独になってしまいそうで

ひたすらに怖かった

第7話 白昼夢

3年生が最後の大会まであと7日

もう既に寂しさを感じてしまう

今僕が持て余している言葉や気持ちも本当にどうしようもなくなってしまう

後味の悪い後悔を残してしまう

何もちゃんと言えないまま

高柴くんは僕に言ってくれた

普通=自分らしさ

僕とは全く正反対の考え

でもその言葉でここに少しでも救われた心があるのなら

僕の言葉も高柴くんを少しは救えているのかもしれない

そうやって補い合えたなら

扉が開く音で思考がとまった

やっぱここにいたんだ

少しうっとうしく思って何も言葉を返さなかった

また考え事でしょ

憧埜

ちょっとだけ

零は軽くうなづいて続ける

後輩たちはどんな子?

憧埜

みんな優しくていい子だよ

憧埜

僕には勿体ないけど

そっか

あとちょっとで先輩たちいなくなるの寂しいね

憧埜

…うん

憧埜

寂しい

…そう思われる先輩になりたいな

零が呟いた言葉が妙に心を反芻する

ざわついた心が落ち着かない

自分じゃ割に合わないとか

そう思うのもすごくわかるよ

でもそれじゃずっと寂しいじゃん

まず自分で自分を好きにならなきゃ

…他の人に埋めてもらうのを待ってるだけじゃ虚しくなるでしょ

自分の不甲斐なさが肩を重くする

他人の優しさにすがりついて出来れば愛してくださいなんて

何も行動せずに他責していた

かけがえのない理性が手探りでは見つからない程に自己否定に埋もれていた

…自分を好きって思えたら

ちゃんと伝えれるはずだから

大丈夫

煌めく笑顔に顔を逸らしながら

憧埜

…ありがと

その言葉は掠れて宙に消えた

おとといの雨で涼しい風が通る競技場

煮え立つ情熱が充満している

県IH予選1日目

大抵の競技は上位6名の選手が関東大会への切符を手にする

3年生にとって高校最後の大舞台

メンバー全員で戦うのもこれで本当に 最後だ

憧埜

憧埜

ちょっと久しぶりだな

うん

響はどこか不安そうな顔で上手く笑えてないみたいだ

憧埜

そんな暗い顔しないでよ

憧埜

ここにいてくれるんだろ

強く首を縦に振る

憧埜

僕は信じてるから

憧埜

絶対大丈夫

憧埜

ちゃんと笑ってまた話しに来て

わかった

強ばった顔を綻ばせて僕に背を向けて進んで行った

たくさんの思いが舞い上がるこの大会で

僕の思いだけは隅にぽつんと沈んでいる

暗い顔なんてしていられない

そう思ってとりあえず笑ってみる

憧埜

秋人

秋人

はい!

嬉しそうな顔で振り返る

憧埜

幅跳び何時から?

秋人

2時半です

秋人

アップ行ってきます!

憧埜

うんがんばれ

秋人の肩を軽く叩いて送り出した

敦志

憧埜くん眠たそうですね

憧埜

まじ?

敦志

はい

憧埜

ちゃんと寝たはずなんだけどな

敦志

あんまり無理しないで大丈夫ですよ

敦志

影に入って休んでていいですから

後輩に気を遣わせてばっかりで頼りなさが募っていく

憧埜

ごめん

憧埜

ありがとう

敦志の笑みで心のざらつきが押しなべられるのがわかった

一日目も徐々に終わりに近づいていく

終わって欲しくない瞬間ほど倍速で目の前を過ぎ去っていく

一日目最終種目

男子100m

応援席の最前列に座って固唾を飲む

響の自己ベストは11.66

そして藤晴に残る条件は11.50以下

緊張感が体を蝕む

そして思い浮かべてしまう

考えたくないifを

響は自分のレーンに凛と立つ

響の優しさを

涙を

強さを

誰にも踏み躙られないように

ただ強く祈る

さよならだけは聞きたくもないし言わせたくもない

空気を押し出す発砲音が耳を突き刺す

喉が潰れるほどに叫ぶ

憧埜

響ー!!

手に汗を握りながら祈る

ここにいて欲しいから

1人になりたくないから

僕の本当を抱きしめてくれたから

響の本当を抱きしめたかったから

そんなエゴが入り浸った心に

微かな光を注いでくれたから

響への思いで占められた約10秒間

響は2着で100mを通過した

目を閉じで手を強く重ねる

憧埜の手は震えていた

そしてその手を包むもう1つの手

大丈夫だって

憧埜

…高柴くん

この温もりもあと少しで期限が切れる

そう思うと虚しくて仕方がない

胸に迫る感情で息が詰まる

恐る恐る電光掲示板に目を移す

11.45

目にした数字に涙が込み上げる

憧埜

…やった

高柴くんは背中をさすってくれた

行ってきな

僕の目を見て朗らかな笑みを向けて くれた

憧埜

…はい!

涙を必死に堪えて自然と走り出していた

今すぐ響と話がしたい

階段を疾走して姿は見えなくなった

そこに取り残された悲しい背中を

置き去りにして

嬉しさと感動が混ざりあって

もうよく分からなくなっていた

憧埜

響!

僕の声に気がついた響は走り出した

そして両手を広げて憧埜を抱きしめる

響の涙の冷たさが肩に触れる

憧埜

よかったよ

憧埜

…信じてよかった

堪えていた涙が止められなくなる

…ありがと

涙はあと少し取っておくはずだったのに

息が出来ないほど涙が流れる

ずっとここにおる

…どこにも行かんから

柔らかな光が2人の肌に染みる

涙を互いに拭った2人は

何だか恥ずかしくなって笑いあった

県IH4日目

早くも最終日となった

時間はあまり僕らを味方してくれない

止まってくれない

どんなに足掻いても

そして僕は高柴くんと春紀先輩にとって最後の舞台に

並んで立っている

競技は最終種目

男子4×400mR決勝

1日目から3日目の激戦で他校の選手も疲れが目に見えるほどだった

すると背中に暖かさが宿る

大丈夫か憧埜

春紀

緊張しすぎ

憧埜

心臓バクバクです

それな

こんなにも愛しい時間が

大切な時間が

削り取られていく

今日で最後にしたくない

絶対に

関東大会へ勝ち進む

少しでも長く

あなたと一緒にいるために

一走目の恵が髪をかきあげて位置に着く

目を瞑って思いを巡らせる

胸にまで響く音が鳴る

凍った空気が1つの音で暖められた

歓声が沸き立っている

一走の恵へのエールがスタンドから聞こえてくる

少しフォームは崩れているが安定した走りができてる

恵は2位で300mを通過した

憧埜

恵!!

嗄れた声を遠く響かせる

周りの声にかき消されないように

恵最後がんばれ!

恵は順位をそのままにして春紀先輩へと繋いだ

スタンドから呼ぶ声も一層大きくなった

春紀先輩は1位の藤晴の後ろについてペースを維持しながら走っている

そして200m地点で一気にペースが上がり藤晴を追い抜いた

近づくバトンに緊張が抑えられない

憧埜

春紀先輩!

そしてほぼ同着でバトンが渡った

風を切って藤晴との距離を保つ

スタンドから叫び声が聞こえる

結空

憧埜がんばれ!

憧埜くんファイトー!

秋人

憧埜先輩ラスト!

10m程差をつけられてしまう

強く地面を蹴って

前の選手へ食らいつく

敦志

憧埜先輩あと100m!

紘時

しょーやーー負けんな!!

大きく手を広げて高柴先輩が僕を待ってくれている

汗が滴り息が上がりきっていた

それでも残りの力を振り絞って加速した

僕の思いを全部

バトンに乗せて

全身全霊であなたに渡したいから

全部受け取って欲しいから

そして強くそのバトンを高柴先輩の手に託した

藤晴との差は5m未満

タータンに倒れ込んで空を見た

その光景に目が潤む

春紀

ナイスファイト憧埜

親指を立てて満足そうに笑ってる

なんでもう泣いてんのw

咄嗟に目を手で覆った

憧埜

…いや

憧埜

…こんなに空って

憧埜

…青かったっけ

恵が手を差し伸べて言う

やっと気づいたか

そして3人で高柴先輩の帰りを待つ

残り100m

藤晴とほとんど並列していた

高柴先輩抜かせー!!

憧埜

高柴先輩最後全力で!

春紀

澄!!追い抜け!

高柴先輩が笑う姿が見える

残り50mで高柴先輩が前へ出た

藤晴との距離を着実に離していく

盛大な歓声が会場へ注がれた

高柴先輩は1位でゴールラインに強く踏みこんだ

高柴先輩は僕らの方へ駆け寄ってくる

4人で強く抱きあって笑いあった

よかった!

泣きそう

憧埜

最高です!

春紀

やったな!

嬉し泣きをする恵と笑っている僕の頭を先輩たちは撫でてくれた

そして4人は広大なフィールドに一斉に礼をしてから歩き出した

春紀

ありがと憧埜、恵

ありがとう

憧埜

こちらこそです

楽しかった!

夕暮れが迫る

時間が次第に僕の首を絞める

少しでいいから

時間が足を止めてくれたなら

なんて

いつかのさよならを君に。

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