俺の名前はリアム・クラエス。公爵家の長男として生まれ、優雅で気品のある貴族生活を……なんてものとは無縁の、騒がしい日々を送っている。
目の前では、庭の畑で泥だらけになったカタリナが
カタリナ
と無邪気に笑っている。彼女は俺の双子の妹であり、クラエス家の令嬢。貴族らしからぬその奔放さは、家族だけでなく使用人たちをも日々、振り回している。
カタリナ
リアム
カタリナ
俺の言葉なんて意に介さず、カタリナは笑いながら泥まみれの手を俺の服に押し付けようとする。
やめろ、俺のシャツが犠牲になる。
アデル・セバスティアン
俺の後ろから穏やかな声がかかる。振り向くと、琥珀色の瞳を持つ黒髪の青年ーー俺の専属の使用人であるアデル・セバスティアンが、相変わらずの微笑みを浮かべていた。
カタリナ
アデル・セバスティアン
カタリナ
ぷくっと頬を膨らませるカタリナに、俺はため息をついた。こいつが幼いころからこうなのは知っていたが、相変わらず手に負えない。貴族としての教育を受けているはずなのにどうしてこうも自由奔放に育ったのか……
まあ、その元凶の一端は、俺にあるのだろう。
何を隠そう、俺はこの世界に転生している。前世の記憶はほぼないが、ごく稀に断片的な記憶が蘇ることがあった。貴族でもなければ、剣や魔法の世界に生きていたわけでもなかった気がする。
それなのに、気が付けば公爵家の長男。そして、目の前にはとんでもなく自由奔放な妹。
……まあ、悪い人生じゃない、か
平和が一番。面倒ごとは避けて、穏やかに暮らす。それが俺のモットーだ。
だが、この日、俺は気付くことになる。
ーー平穏を望むことは、決して許されない運命なのだと。
この後、王宮からの突然の招待状が届く。そこから俺の平穏な日々は、じわじわと壊れていくのだったーー。