日本一賢い大学に、ボクは入学することが出来なかった。
日本一賢い大学生に、ボクはなれなかった。
悔しかった。何より、悲しかった。 脱け殻になった。
____そして気づいた。
日本一賢い大学生に なれないならボクが 日本一賢い大学生を
育てたらいいんだ。
その少年はまさにボクの理想だった。
成績は学年トップ。 ボクの出した問題もスラスラと正解を出した。
完璧だ。 ボクは素晴らしすぎる逸材に出会わせてくれた神様と言うものに心の底から感謝した。
前の、娯楽にしか興味が無い愚図とは大違いだ。
ボク
ボク
ボク
ボク
ボク
ボク
ボク
ボク
東大学に入ることじゃなくて入らせることがボクの夢になった。
それは少年の目標となり夢にもなる。 完璧だ。
ボクは少年___鳴沢柚月で夢を叶えることにした。
柚月
柚月が中学に上がって最初の夏休み明け。
家を出る時間になっても部屋から柚月が出て来ないので様子を見に行っくと、柚月はまだ布団をかぶっていた。
ボク
ボク
ボク
ボク
柚月は布団をかぶったまま首を横に振った。
ボク
ボク
柚月
柚月はボクの言葉を遮るように さらに布団の奥に籠った。
柚月
ボク
柚月
布団の中から涙に濡れた声が発せられた。
柚月
ボク
ボク
ボク
ボク
ボク
ボク
ボク
布団の中で、柚月が震えた息を吐いた。
助けを求めて手を伸ばしたけど誰も掴んでくれなかった人のような、絶望し諦念に満ちた吐息___の、ように感じた
けど気のせいだろう。 柚月が起き上がったのだから。
ボクの言葉が届いたのだ。 やっぱり柚月は出来る人だ。
親の義務は子を養育すること。それなら親を喜ばせるのが子の義務だ。
柚月はボクの顔を見ずに掠れた声で言った。
柚月
それでいい。その言葉が聞けたら長居は無用だ。ボクも仕事がある。
___だけど親としてこれだけは言っておこう。 立ち去りかけたボクは顔だけ柚月に向けた。
ボク
柚月はまだ涙に濡れた目でボクを見上げた。 ボクは にっこりと笑いながら言ってあげた。
ボク
ボク
柚月
柚月はボクを部屋の外に押し出すとドアを閉めた。 ボクも今度こそ立ち去った。
ドアの向こうから、すすり泣きが聞こえた気がした。
それ以来 柚月が「学校に行きたくない」と駄々をこねることは無くなった。
眠気覚ましの竹ものさし片手に深夜まで勉強を強要させたり とか
テストで目標をクリア出来なかったから体罰とか
ボクはそんなことはしない。 そんなことをしなくても柚月は勉強してくれる。
ただテストの日程とか結果を子細に聞き出して アドバイスをするだけ。
頑張れよ。ボクは日本一賢い大学生になれなかったけど、柚月なら出来る。ボクは信じてる。 だからボクを失望させないでくれ。
毎日夕飯の時に そう言うだけ。
今でもたまに、不合格通知を貰った時のことを思い出して胸が引き裂かれるような気持ちになるけど
柚月にアドバイスしている時は その気持ちも忘れることが出来る。 柚月はボクの理想だから。
___もちろん新しく妻になった女の「相手」も怠らない。
何せ女は感情に任せるのが得意な生き物だ。柚月を連れて離婚、なんてことになったら堪らない。
全ては柚月のためだ。
そもそも勉強に集中出来るんだから、友達なんていなくても別にいいじゃないか。
そう思ってたけど、柚月が2年に進級してから そうでも無くなった。
__どうやら柚月に彼女が出来たらしい。
中学生の柚月に大学生の彼女。最初は信じなかったけど、
現実だった。 柚月の成績が下降気味になってきたからだ。
このままでは まずい 。 柚月を東大学に入学させる夢が潰(つい)えてしまう。
そんなことはあってはならない。 柚月は他とは違う。
簡単なことだ。 大学生の家に遊びに行ったり、夜に電話したりする時間を勉強に充てたらいい。
柚月から大学生の彼女とやらを遠ざけたらいい。 交際を良く思っていないらしい妻に その話をすると、嬉々として話に乗ってきた。
妻は柚月を塾に入れることを提案し、入塾手続きまで済ませてきた。 なんて扱いやすい女だろう。
これで柚月の弊害は無くなった。柚月を堕落の道に引きずり込もうとする大学生は もう柚月に近づけない。
__ボクは柚月のためにやれる全てのことをやる。
だから柚月も全力で期待に応えるべきだ。
ボク
ボク
ボク
鳴沢真由子
ボク
ボク
ボク
いつもなら媚びるような笑みを浮かべてボクの話を聞く妻が、今日はスマホを弄る姿勢を止めない。
ボク
鳴沢真由子
ボク
鳴沢真由子
ボク
ボク
ボク
ボク
ボク
スマホを弄る手が止まった。 妻は温度の低い目でボクを見返した。
ボクの顔色を窺って媚びるような笑みは、どこにも無かった。
鳴沢真由子
容姿端麗な柚月の血の繋がった親なだけあって、均整のとれた顔立ちに冷たい空気を纏っている妻の姿に一瞬たじろいだ。
ボク
鳴沢真由子
鳴沢真由子
ボク
ボク
鳴沢真由子
鳴沢真由子
妻はボクから視線を外し、昔を懐かしむような微笑を浮かべた。 扱いやすいはずの女が何を考えているのか今は全く理解出来なかった。
鳴沢真由子
ボク
鳴沢真由子
妻の口から、かつてボクを苦しめた その3文字が発せられた。
息が止まった。 頭の中で「それ」はエコーを伴って響く。
鳴沢真由子
響く。ヒビク……。 妻が再びボクを見た。
その目には、憐れみの色が浮かんでいた。
鳴沢真由子
そう言い残して妻はリビングを出て行った。
___頭の中で高校時代の記憶が断片的に浮かんでいく。
学年1位を取った数学のテスト。 一番上にボクの名前があるランキング表。 尊敬の眼差しでボクを見る同級生。 東大学も狙えると言った教師。
合格圏内に入った自己採点結果。
ボクは他とは違う。
なのに「合格」の横に「不」の文字。 フゴウカク。
開示請求した答案用紙。科目、英語。
見落としたスペルミス。
ビリビリに破いた不合格通知。 ボクの名前が記載されていない「東大学合格者一覧」。 憐れみの眼差しでボクを見る同級生。 東大学に合格した別の生徒を褒めちぎる教師。
ボクは?
……違う。やめろ。
ボクは他とは違う。
違うから柚月を日本一賢い人に育てるんだ。
ボクは馬鹿じゃない。
ボクは
ボクは
どうしてこんなことになったんだろう。
柚月も妻もボクの言うことを素直に聞く従順な人間じゃなかったのか。
ボクが他とは違うからボクの言うことを聞いていたのではなかったのか。
家庭内で、ボクの発言力は弱まりつつある。
どうしてこんなことになったんだろう。 ボクは他とは違うのに。
ボクは
ボクは…
ボクはどこで間違えたんだろう。
コメント
8件
柚月くんのお母さん、始めは大嫌いだった筈なのに、今はいい人と思えてきてしまうので困ったものです…☺️ お父さんに読者の気持ちを代弁してくれてスカッとしました 今回もとても面白かったです!
おおっ!初めて柚月君の父親が登場した😱 そういう流れだったんですね!! ラスボスの変化が本編とリンクしててとても読み応えがありました😄 次回も期待しております‼️ 個人的には柚木君とのぞみさんのお笑い希望(笑)
なるほど...... これは新しいお父さん最低ですね...... 裏ボスなのでは() 裏ボスも殴りたくなりましたね!(負い)