テラーノベル
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気付けば揺蕩うような夢の中にいた。
ああ、これは夢だと判るのに
意識はぼんやりしたままで
鮮明になってくれない。
ぽこり、気泡を吐きだした。
海の中にいるのかもしれない。
何だか揺れる水面が見えるような気もしてきた。
不安になって手を伸ばそうとするが、
手足は俺の言うことを聞いてくれない。
気付けばどんどん沈んでいる。
このまま、帰れなかったら。
あの人は心配するだろう。
どうしよう。
そう言葉にすることもできず、
また空気の泡が
水面に上っていくのを
ただ見つめている。
桃
そのときだった。
ノイズのかかったように、
靄がかかったように、
とにかく不鮮明だったけれど
確かにあの人の声がした。
そのとたん、生き返ったみたいだった。
手足が自由に動いたから、
俺は必死にもがいた。
名前を呼ばれたら、帰らなくちゃ。
夢から帰って、心配させてごめんって、
言わなくちゃいけない。
水面からまばゆい光が差した。
それが、希望に見えた。
沈んでいくのに構わず手を伸ばす。
その間にも光は強さを増して、
俺は思わず目を瞑った。
また、あの人の声が聞こえた気がした。
赤
呼吸がしばらく乱れていた。
発作のようにか細い息が零れる。
最初に目に入ったのは
真っ白なお布団と
その隅の優しい桜色。
膝の重みはそれのせいだったみたいだ。
規則的な機械音に、
ここがもう夢の中ではないと息をつく。
たぶん、安堵の溜息だ。
赤
試しにゆすってみても、
彼も彼で夢の中から出てこれないらしい。
俺は眠る桃くんをそのままに
ベッドから抜け出した。
窓の外は陽が沈みかけていて、
あたりは橙色に染まっている。
顔を洗った。
入院するのなんて久しぶりだった。
だからきっと、彼も、
俺のことを心配してくれたんだろう。
病状に問題はないし、
退院できるのもすぐだと言うから
大丈夫だとは思うけど。
赤
顔に押し付けたタオルに
弱音を吐きだしたりした。
土砂降りの雨が降るといい。
桃くんが、帰らなければいいのに。
桃
彼が目を覚ましたのは
夕食の少し前。
大人しく元の位置に戻って
彼の目覚めをじっと待った
俺の優しさには気付く様子もない。
赤
桃
赤
桃
桃くんは決まりが悪そうに
項に手を回した。
桃くんの癖。
俺はそれを知ってた。
桃
確か、きみは苦笑いを浮かべてた。
桃
息が詰まった。
桃くんは目を逸らしてくれた。
視線が合わないように。
赤
桃
赤
焦って捲し立てた。
桃くんには判ってしまうだろう、
本当はすごく怖くて、
酷い夢だったんだって。
それから、
弱いところを見せたくない
俺の意地の悪いプライドにも。
桃
だからそんなことを言ったんだ。
そういうところ、
彼のそういうところが
俺の胸に深く突き刺さって
引き抜けなくなってしまう。
桃
桃
桃
桃くんは優しさのひと。
先週の朝。
洗面所で血を吐き出したときは
ふたりとも生きた心地がしなくて
きみにいらない心配かけた。
赤
桃
赤
そっぽを向いた。
桃くんの笑い声がして、
桃
なんて冗談めかして言って、
かぶりつくようなキスをした。
土砂降りの雨はきっと降らないけど、
今夜の桃くんはきっと、
俺だけのものだ。
コメント
1件
めちゃくちゃ好みの作品でした🫰🏻💗