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口実

1台のセダンタイプの車が

目の前を過ぎて

少し離れた位置に止まる

助手席側ではなく

後部座席側の左ドアが開く

見覚えのある人影

顔はあまり見せず

奥に詰めて

乗るように手招く

周囲を少し気にしつつ

何の躊躇いもなく車に乗り込む

ドアが閉まり

車はその場から走り去る

💚♀

えっと…

💚♀

とりあえず…

💚♀

友人に会いに行くとだけ…

💚♀

言って…

緊張しているのか

話す口調がたどたどしい

隣の♂は

こちらをチラチラ見ながら

スマホ画面をスクロールしている

どうやら適当な口実で

連れ出された模様

これから先

車はどこへ向かうのか

どこまで連れて行かれるのか

少しそわそわして

落ち着かず

後部座席で縮こまっている

車内は

そう大して広い訳ではないが

それほど窮屈ではない

💚♀

遅くなるとは…

💚♀

言っていたので…

💚♀

でも…

💚♀

すぐに帰るから…

💚♀

って…

隣の♂は

片手でスマホを操作しながら

もう片方の腕を馴れ馴れしく

背後から肩に回してきた

後部座席の車窓は

黒張りで目隠しされていて

車内の様子も外からは見えにくい

まさに密室状態

時期的に日暮れが早まっていて

空は徐々に暗くなり始め

道路端の街灯が

点々と灯りを照らす

💚♀

(どこに…)

💚♀

(連れて行かれるの…)

フロントガラス越しに外を見るも

車はどこを走っていて

どこに向かっているのかも分からず

だんだん不安になる

触手

始めから目的地なんて決めていないのか

車は道なる道を奔走するばかり

連れ回されている事に

薄々気づき始めていた

💚♀

あの…

💚♀

今どこに…

♪〜(通知音)

手持ちのバッグからスマホを取り出し

通知を確認

隣の♂にチラッと覗き見されて

耳元で何かを吹き込まれる

おぼつかない操作で

促されるまま返信する

それを見た隣の♂は

少し満足気に

ニヤニヤと笑みを浮かべる

💚♀

ねぇ…

💚♀

もう帰りたい…

そんな気持ちも裏腹に

卑しい魔の手は

触手のようにまとわりつく

💚♀

(いや…)

💚♀

(何して…っ)

さわさわと指先が触れる度に

おぞましさで鳥肌が立つ

💚♀

(やめて…)

💚♀

(離して…)

喉元まで出かかってるのに

声が思うように出せない

出せたとしても

外に聞こえる訳でもない

触手と化した魔の手は

するりと服の中に滑り込み

もぞもぞとまさぐられる

💚♀

いや…

💚♀

そこは…っ

💚♀

ダメ…っ

怖かった

車が暗い夜道に止まる

押し出されるようにぽんと降ろされると

ドアが閉まり

その場から走り去っていった

あれから

どういったルートを辿って

ここまで行き着いたのか

すっかり真っ暗闇で

灯りもあちらこちらに点々

途方に暮れるも

位置的に自宅に繋がる地点に近かったのが

幸いだった

💚♀

ただいま…

重たい足を引きずるように帰宅

静かに玄関ドアを開けて

そっと中に入る

🖤

お帰り…

🖤

って

🖤

どこに行ってたの…

🖤

こんな時間まで…

💚♀

あ…

彼が先に帰ってきて

待っていた

🖤

L○NEしたのに…

🖤

既読にならないから…

🖤

心配したんだよ…

💚♀

ごめんなさい…

💚♀

でも…

💚♀

良かった…

💚♀

帰ってこれた…

解放されてホッとしたのか

力が抜けたように

その場にへたへたと座り込む

🖤

💚ちゃん?

彼が抱き止める

彼女の両目から

大粒の涙がぽろぽろ

こぼれている

🖤

どうしたの?

🖤

大丈夫?

💚♀

怖かった…

💚♀

もう…

💚♀

帰れないんじゃないかって…

彼に縋りつき

堰を切ったかのように泣きじゃくる

🖤

連れ回されたんだね…

🖤

誰かに…

💚♀

💚♀

うん…

🖤

ねぇ…

🖤

それって

🖤

もしかして…

💚♀

💚♀

(肩を震わせる)

彼は

大体察しがついていた

🖤

とりあえず

🖤

こっちおいで

🖤

立てる?

💚♀

うん…

彼に支えられながら

ヨロヨロと立ち上がる

守ってあげるからね

スマホ画面をスクロールしながら

彼がポンポンと

頭を優しく撫でる

🖤

少し落ち着いた…?

🖤

大丈夫…?

💚♀

うん…

彼の腕の中にすっぽりな彼女

泣きじゃくったせいで

瞼が腫れぼったい

🖤

せっかくの可愛い顔が…

🖤

ぐしゃぐしゃになっちゃって…

💚♀

🖤

まぁ…

🖤

無理もないよ…

🖤

怖い思いしたんだし…

💚♀

💚♀

これまでも

💚♀

特別

💚♀

何もないとは

💚♀

思ってた…

💚♀

それでも…

💚♀

あれだけ警戒してたはずなのに…

💚♀

気が緩んでた…

それまでのやり取りした履歴を

スクショにして

彼のスマホに送信していた

🖤

でも

🖤

それ以上の事は

🖤

なかったんでしょ?

💚♀

うん…

それでも

すぐに逃げられない密室状態で

卑しい触手に絡まれていたら

正直

何もできなかった

🖤

俺もさ…

🖤

何か気がかりだったんだ

🖤

💚ちゃん

🖤

狙われてるんじゃないか…

🖤

って…

💚♀

🖤

まぁ…

🖤

俺も

🖤

できるだけ一緒にいて

🖤

1人にしないようにするからさ

🖤

💚ちゃんも

🖤

あまり油断したら

🖤

ダメだよ

🖤

もっと怖い事に

🖤

なってたと思うよ

💚♀

💚♀

そうだね…

💚♀

ごめんね…

🖤

💚ちゃんに

🖤

手を出す奴は

🖤

俺が許さないから…

💚♀

うん…

💚♀

ありがとう…

心強い彼に守られて

安心したのか

そのままウトウト眠りに就いた

🖤

🖤

よしよし…

🖤

このまま

🖤

ぎゅぅしてるからね…

🖤

ゆっくりおやすみ…

彼女をあやすように抱きしめ

そっとベッドに寝かせる

🖤

(💚ちゃんは)

🖤

(俺が守ってあげるからね…)

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