そんなこんなで、午前中の授業は終了。チャイムが鳴ると同時に購買へ走り出す子や、友達と机をくっつけてご飯を食べる子。賑やかな声が響く教室で、私は一人母が作ってくれたお弁当箱を机に広げる。
母はレッスンやトレーニングに励む私のために、丈夫で健康な身体作りをと栄養バランスを考えて毎日お弁当を作ってくれる。 それを食べながら、スマホに繋げたイヤホンで音楽を聴くのがいつものルーティンだ。今度のテストのために練習しなければいけない曲がいくつかあるため、少しでも頭に入れておかないとと動画で振り付けも確認しつつ頭の中でカウントを刻む。
ふと、箸を進める私の手元、机に影が重なる。何の気なしに顔を上げるとそこには────
クラスメイト
クラスメイト
クラスメイトの視線は、ダンスの振り付けの動画が流れる私のスマホに。
しまった…気を付けていたはずだったのに。
すぐさまイヤホンを耳から外す。しかし、周りに聞こえてしまうような音漏れなんてしていなかった。
クラスメイト
そう吐き捨てて、教室後方に集まる彼女のグループの元に戻って行くクラスメイト。完全な言いがかりだが、今朝の事もあり納得が行った。とにかく私のことが気に入らないんだろう。
あなた
私の声なんて届いていないみたいに、机を囲んで再び噂話が始まった。
クラスメイト
クラスメイト
クラスメイト
クラスメイト
クラスメイト
彼女たちの言い分は真っ当。というか、事実だ。事務所に入って数年経って、周りの同期にはデビューしている子も何人かいる。
才能がない。
目を背けていた事実を突きつけられ、いても立ってもいられなくなった私は、机の上を急いで片付けて教室を飛び出した。
走っても走っても、後ろから彼女たちの笑い声が着いて来るような気がして。
悔しさとやるせなさでぐちゃぐちゃで、今にも泣き出しそうになりながら校舎を出た。
咄嗟に外したイヤホンとスマホを握りしめて、宛もなく走った。
行き交う人もまばらになり、抜け出たのはグラウンド。
手持ち無沙汰でとりあえず階段に腰を下ろし、ぼんやりとグラウンドを眺める。 部活の練習だろうか、バスケ部やバレー部の子達がパスやシュートの練習をしているのが見える。
その中でふと、目を引く人の影。
あなた
サッカーゴール付近でボールを蹴っている男の子。クラスメイトの蜂楽くんだった。
サッカーのルールもテクニックも何も知らない私には到底理解できない素早い動きで、手品みたいにボールを扱う彼を自然と目で追っていた。
あなた
そんなことをぼんやり考えながら彼を見つめていると、私に気付いたのかボールを蹴りながら近寄って来た。
蜂楽廻
あなた
ボールを地面に落とさないようつま先や太腿を使って器用にバウンドさせつつ話しかけてくる。
あなた
蜂楽廻
何の気なしに感想を述べる私に、屈託のない無邪気な笑顔を見せてくれた。思えばまともにクラスの子と話したのなんて初めてかも。
そして、ボールを地面に落とすと階段に座り込む私の腕を引っ張り上げる。
あなた
蜂楽廻
男の子の力には到底敵わず、グラウンドに引き摺られていく私。やってみるって言ったって一体どうすれば…!?
蜂楽廻
ゴールから少し離れた場所に手を引いて連れて行かれ、どうしたものかと立ち尽くす私とボールを置いて蜂楽くんはゴールに向かって走り出す。
あなた
コロコロ……
私が蹴ったボールは弱々しくゆっくりと蜂楽くんの方に転がって行く。
あなた
しかし蜂楽くんは、そのボールをひょいっと足で掬い上げ、ゴールの方に一直線。
そして、誰もいないゴールにシュート。蹴り出されたボールでネットが膨らむ。
蜂楽廻
あなた
蜂楽廻
あなた
ゴールに吸い込まれたボールをドリブルしながら、私の元へ走って来る蜂楽くん。言われるまま今度は私が蜂楽くんからのパスを受ける。
私のとは違って、力強く、でも私でも取りやすいように優しく一直線にパスしてくれた。
それを受け取り、ゴールの方に走る。思うように真っ直ぐ進んでくれないボールにあわあわしつつ、なんとかゴールに向かって蹴飛ばす。
蜂楽廻
あなた
ぎこちないシュートを決めた私のところへ来て両手のひらを向ける蜂楽くん。頭上にハテナを浮かべつつ真似して両手を出すとハイタッチしてくれた。
蜂楽廻
あなた
蜂楽廻
蜂楽廻
どうしたら元気出んのかね〜。と、地面に転がるボールを拾い上げる蜂楽くん。…もしかして心配してくれてたのかな。
あなた
蜂楽廻
誤魔化そうとする私の言葉を遮り、なにかひらめいた!と言いたげなきらきらした顔で見つめる。
蜂楽廻
あなた
再び私の腕を引いて走り出す蜂楽くん。さっきまで私が座っていた階段に二人で腰を下ろす。
あなた
歌って踊ること。唯一の私の好きなこと。ここで話したら嫌味だとか、調子に乗ってるとか思われちゃうかな…
一瞬そんな考えが過ぎったけれど、目の前の蜂楽くんの表情を見るとそんな心配は消え去った。
中学の時に歌とダンスを始めたこと、今も毎日レッスンしていて、歌って踊っている時は何とも言えない気持ちになること。自分を表現できる、ありのままでいられる大切な時間で、私の取り柄。全部全部蜂楽くんに話して、言葉にしているうちに、それまで悩んでいたことがなんだか馬鹿馬鹿しくなってきた。
歌やダンスを始めた時の気持ちを思い出した。かっこよくて可愛くて、ステージの上できらきら輝くアイドルに私もなりたい。
そこまで話したところで、蜂楽くんは驚いたような表情を見せる。
蜂楽廻
あなた
私が事務所の練習生として活動していることは入学した時既に噂になっていたし、悪い噂もたくさん流されていたため、てっきり蜂楽くんも知っているものとばかり思っていた。
蜂楽廻
あなた
他のクラスメイトと違って、一人の同級生として私を見てくれる蜂楽くんが、なんだか心地よくて嬉しかった。
蜂楽廻
あなた
蜂楽廻
あなた
お互いの好きなこと、生きがい、目標を話し合って、なんだか力や勇気が湧いてくるような気がした。 いつもは早く終わらないかな、なんて考えて過ごす昼休みが、今日はあっという間に過ぎて行ってしまった。
あなた
蜂楽廻
あなた
当たり前のように私の腕を掴んで教室へ走り出す蜂楽くん。楽しくも慌ただしかった今日の昼休みは、彼にとってはなんて事ない日常の一コマに過ぎないかも知れないけれど、私にとってはずっとずっと思い描いていた理想の高校生活そのものだった。
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