俺の好きな言葉は 「すごいね」
正確に言えば、俺に向けられる「すごいね」
すごいね。さすがお兄ちゃんだね。 長男だからね。すごいね。 お兄ちゃんはすごいね。
資産家の4人兄弟の、長男として生まれた俺は幼い時から沢山の期待を背負って来た。
だから頑張った。 成績は学年トップをキープしてスポーツだって手を抜かない。
「すごいね」と言ってくれるから。 「すごいね」と言って欲しいから。
一番初めに生まれた俺が一番頭がいい。一番運動神経がいい。 俺が、一番すごい。
俺が一番なんだ。
俺の嫌いな言葉は「すごいね」。
正確に言えば、俺以外の人間に向けられる「すごいね」。
一番は俺なのに。一番俺が頑張ってるのに。
見たいテレビを我慢して、眠い目を擦って、「すごいね」と言われる為に俺は頑張った。頑張ってる。
だから俺を見ろ。俺を褒めろ。
一番下のくせに。連れ子のくせに。 四男の分際で。
「すごいね」を一人占めしてんじゃねぇよ。
四男に向けられる「すごいね」が、俺は一番嫌いだ。
四男___星夜(せいや)が家族の一員になったのは、今から6年前。俺が12歳の時だった。
その時 星夜は10歳。長めの前髪からのぞくナイフのような切れ長の目は、母親とよく似ていた。
その瞳はどこまでも見透かしそうで、俺は初めて会った時から好きになれなかった。
次男の海人も同じように感じたんだと思う。
星夜と遊んでいたのは三男の風人だけで、俺と海人は星夜に対して壁を作っていた。
___星夜が家族の一員になってから もうすぐ一年になろうとした時だった。
夕食後、たまたまクイズ番組がやっていた。
内容は小学生でも答えられる簡単な物だ。 教科書の内容は隅々まで頭に入っている俺の独壇場だった。
風人は絵を描いていたし、星夜は一丁前に分厚い本を読んでいたので褒めてくれたのは海人だけだったけど気分は良かった。
俺はすごい。一番頑張ったんだから。 この程度のクイズなら全問正解できる__
そう思っていたところで問題が変わった。
俗に言う「謎解き」とか言うやつだ。知識ではなく純粋な ひらめきが必要な問題。
この手の問題は初めてだった俺は戸惑った。
海人が瞬きを繰り返しながらテレビ画面と俺を交互に見る。 「分からないのか」と問われているようで、焦りは加速する。
快調に答えていた俺が黙ったのを いぶかしんでか絵を描いていた風人が顔を上げた。
藤村 風人
藤村 風人
星夜は一瞬だけテレビ画面を見るとすぐに本に視線を戻した。
俺でも分からないのに分かるわけないだろ____そう言うより先に
星夜
まるで興味無さそうに 本当にどうでも良さそうに 星夜は答えた。
藤村 風人
星夜
藤村 風人
俺を褒めちぎっていた海人も星夜を見て「へぇー……」と感嘆していた。
藤村 海人
海人が「しまった」と言うような顔をして口をつぐんだ。
程なく番組は星夜が言った内容と全く同じ解説を述べる。
藤村 風人
全身が熱くなった。
ようやく俺は現状を理解した。 俺が答えられなかった問題を星夜が一瞬で答えた__
違う。 星夜が一瞬で答えた問題を俺が答えられなかった。
一番の俺が___。
藤村 空人
藤村 空人
悔しさと羞恥を悟られないようにすると いつもより高い声が出た。 ムカついたのでテレビも消した。
俺が答えられなくて星夜が答えられたのは たまたまで、本来は俺がすごい____と必死に言い聞かせた。
クイズ番組の出来事は まぐれだと証明する材料が欲しかった。
しかし得るのは欲しくない情報ばかり。
星夜が 書道で市長賞を貰った。 星夜が 作文コンクールで最優秀賞を貰った。 星夜が… 星夜が…
決定的だったのは俺が中学2年の時。 海人が中学1年、風人と星夜が小学6年の時だった。
俺たちが通っていた小学校は、6年の秋頃「学内テスト」と称して大規模なテストが行われる。
6年間の内容を理解出来たかを問うテストだが、かなり対策しないと高得点は狙えない。
成績上位10名はリボンが与えられ、リボンを着けた6年は全校生徒の尊敬の対象になる。
当然 頑張った俺はそのテストで学年3位を取った。 しかし
星夜は学年1位を取ったと言う。 3教科は満点、残る1教科も98点。学校始まって以来の好成績…らしい。
父親は尋常じゃない程喜び、夕食はご馳走を作ると言う。
星夜の為のご馳走。 星夜の為の「すごいね」。 主役は俺ではなく星夜。
星夜のテストの結果を聞いて以来ずっと無言だった俺を気遣ってか、海人が殊更大きな声で俺を擁護する。
藤村 海人
星夜
まるで興味無さそうに。 本当にどうでも良さそうに。 星夜は「たいしたことない」と言った。
3位でも俺は全身で喜びを表現したのに。
1位を取った星夜は、学校始まって以来の好成績を修めた星夜は、 眉1つ動かさず、俺の方を見ようともせず そう言った。
こうなることが当然だと言うかのように。 俺のことなど眼中に無いと言うかのように。
リビングを飛び出していた。
自分の部屋に閉じ籠って、布団をかぶって、泣いた。
俺は頑張った。頑張ってる。 なのにどうして星夜にばかり「すごいね」が向けられるんだろう。
どうして、どうして星夜ばかり… どうして
一番下のくせに。連れ子のくせに。 四男の分散で。 ふざけんな。ふざけんじゃねぇよ。
小難しい単語が並ぶ紙を青の絵の具で塗り潰した。
頭上に広がる空のように どこまでも広がる青い絵の具。
俺は藤村 空人。藤村家の長男。 空を見上げるが如く
上に立つのは、 立つべきなのは、いつだって俺。
藤村 空人
藤村 空人
藤村 空人
何に対しても興味無さそうなのになんでもやってのける。ふざけんな一番は俺なんだよ。
泣けよ。 這いつくばって俺を見ろ。一番は俺だって言え。
余所者はいらない。お前はこの家に相応しくない。 出て行け。消えろ。
__そして半年前の事件が起きる__
星夜を倉庫に閉じ込めて火を放ってから半年。
思った以上に火の回りが早くて星夜が行方不明になった時は焦ったけど、警察が家に来ることはなかった。
天は俺に味方してる。
半年前の事件以来、風人は部屋に閉じ籠って学校にも行かなくなったけど最近通い始めるようになったらしい。
星夜の実母も、星夜が行方不明になってから出て行った。 この家から藤村以外の人間はいなくなった。
結局余所者はいらないと言うことだ。
星夜がいない広々とした家で、今日もいつも通りの1日が始まる___ はずだった。
藤村 海人
朝。 リビングに鳴り響いた1本の電話。
「こんな朝早くに誰だよ」と、ぼやきながら電話を取った海人の顔が一気に青ざめた。
震える手で受話器を俺に差し出して来た。
受話器を受け取った俺の耳に、真冬の風のような冷たい声が流れて来た。
藤村 空人
藤村 空人
藤村 空人
藤村 空人
藤村 空人
全身に包帯を巻いた少年。 それが、半年ぶりに会う星夜の姿だった。
__取り壊しが予定されている建物(父親が所有している)が、星夜が指定して来た場所だ。
夕闇に染まる廃墟と化した建物の側に佇む包帯を巻いた少年。
その姿はSF映画じみていて通行人の注目を多く集めているが、星夜は全く意に介さず俺たちを出向いた。
藤村 空人
星夜は廃墟の入り口を指さした。
一瞬 躊躇ったが、公衆の面前で土下座させられるよりはマシだ。 さっきから顔面蒼白の海人を引きずるようにして入り口に向かった。
俺たちが廃墟内に足を踏み入れると
俺たちの背後でドアが音を立てて閉まった。
慌てて振り替えるとドアは しっかりと施錠されていた。 星夜の姿はない。
閉じ込められた。
ドアの向こうから星夜の笑いを堪えるような声が聞こえた。
藤村 空人
必死に取っ手を掴んで力を入れるが扉は びくともしない。
藤村 海人
藤村 海人
……俺は死ぬのだろうか。半年前の星夜と同じように。
喚き続ける海人の隣で俺が頭に浮かべた物は まだ手をつけていない数学の課題だった。
早く帰ってあれを片付けないと。俺が課題を提出しないなんてあり得ない。 大学受験だって控えている。
俺はこんなところで死ぬべき人間じゃない。
俺は藤村家の長男で
一番すごい人間だから。
コメント
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空人の劣等感がとても切なかったです どれだけいい成績とっても、やっぱりそれよりもいい人が誉められちゃう 切ないです…😢😢😢