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結局、私が紅羽さんを連れてスタジオに着いたのは、練習開始時刻よりも3時間も遅れてだった。
先に来ていた奏さんのお稽古はとっくに終了し、
今は紅羽さんが、ダンスの先生の残り時間を使って、必要最低限のレッスンだけ受けている。
私は初日からの失態をマネージャーさんに謝罪したが、彼は全く怒らずに『連れて来こられただけですごい』と逆に褒めてくれた。
すみれ
本来はもう帰っていいのだが、私は責任を感じて帰る気にもなれず、
ドキュメンタリー用に回しているカメラの後ろで、紅羽さんの練習を眺めながら、膝を抱えてため息をついていた。
すみれ
すみれ
奏
すみれ
すると、不意に後ろから私服に着替え終わった奏さんが現れた。
奏
すみれ
すみれ
奏
奏
すみれ
奏
奏
すみれ
すみれ
すみれ
視線の先にいる紅羽さんは、基本的に真面目にレッスンを受けている。
すみれ
奏
すみれ
すみれ
すみれ
奏
奏さんは、なにか珍しいものでも見るような目で私を見た。
奏
すみれ
すみれ
すみれ
先日の配信の後、SNSのトレンドは紅羽さんたちの話で持ちきりだった。
やっぱりそれは、紅羽さんたちにしかできないことだし、
それは明らかに、すごいことだ。
すみれ
すみれ
すみれ
奏
すみれ
奏
すみれ
突然の奏さんのディスともとれる質問に驚いて聞き返すと、
奏さんは「あははは!」と声を上げて笑った。
奏
奏
すみれ
すみれ
奏さんと私がそんなやり取りをしていると、
レッスンを終えた紅羽さんが、何やら怒った様子でずんずんと近づいてきた。
紅羽
すみれ
紅羽
何が気に障ったのか、紅羽さんは奏さんを私から守るように抱きついて、フシャーと野良猫のように威嚇している。
奏
紅羽
奏
紅羽
奏
奏さんが紅羽さんの頭をそっと撫でると、紅羽さんは褒められた子供みたいな顔で「へへ」と笑った。
すみれ
すみれ
すみれ
それだけ2人のコンビ仲が良いということだろうか。
奏
紅羽
奏
紅羽
奏
すみれ
不意に猫じゃらしをふりふりさせる奏さんと、それに猫パンチを喰らわす紅羽さんの幻覚が見えて、私は思わず笑ってしまう
すみれ
紅羽
すみれ
紅羽
私は現実でも飛んできた猫パンチを笑いながら避けた。
紅羽さんの様子は、すっかり頭も冴えているようで、
あの短い時間で相当詰め込んで練習したようで、Tシャツには滝のような汗が染み込んでいた。
すみれ
すみれ
一見ちゃらんぽらんの陽キャ配信者に見えるのに、
その怠惰なところを見ているからこそ、彼の仕事ぶりがいつも全力投球なのがよくわかる。
すみれ
紅羽さんのその全力投球を、私も全力でサポートしたい。
紅羽さんは私の事を邪険に思ってるようだけれど、
そんなのはどうだっていい。
すみれ
すみれ
すみれ
私にできることは、ただ、彼を起こすこと。それだけ。
でも、今は、私にしかできないことなのだ。
すみれ
奏さんとじゃれあう紅羽さんを見つめながら、
私は、心の中でそう、小さく呟いた。
すみれ
紅羽さんと奏さんを見送った後。
私はスタジオの外の廊下のベンチで、ママの仕事が終わるのを待っていた。
先ほどチラリとすれ違ったママから、「あと20分で終わるから待ってて!」と言われてから、もう30分以上経っている。
すみれ
私が頭を抱えていると、ちょうど収録が終わったのか、別のスタジオから突如人がゾロゾロと廊下に出てきた。
すみれ
会社のマナーとして、すれ違う人たちに挨拶をしていると、
不意にその中から1人の男の人が「あっ」と声を上げて近づいてきた。
すみれ
ママの知り合いだろうか、と私が怪訝な顔をして見ていると、彼はにやりとイタズラっぽく笑って、開口一番、こう言った。
???
すみれ
思い出した!この人は…
ロビーで困っていた外国人を一緒に助けてくれた人だ!
すみれ
???
すみれ
???
すみれ
???
星也
すみれ
星也と名乗った彼は、烏の濡れ羽色の前髪をさらりと重力に揺らして、
その隙間からのぞいたすっきりした瞳を細めてニコリと笑った。
紅羽さんが外国のお人形さんのような美形なら、星也さんは韓流アイドルのようなイケメンだ。
一瞬、私はそのビジュの強さにぼうっとしてしまったが、ふと、頭の中に疑問がよぎった。
すみれ
そう、あの日、あの困っていた外国人さんは30階の会社に行きたがっていたのだ。
ママの会社は31階だから違うと思っていたら、星也さんが「僕たちの会社だから案内するよ」と英語で言って彼を連れて行ったのだが…
星也
すみれ
星也
星也
すみれ
星也
すみれ
すみれ
突然、星也さんの口から私の名前が出てきて驚いていると、星也さんは笑って、言った。
星也
すみれ
星也
星也
すみれ
星也
すみれ
となると、前回私が時間ギリギリにでも間に合わせて連れてきたのは、本当に奇跡に近いと言うわけか。
すみれ
星也
そう返すと、星也さんは話の続きを促すように、私の隣に座った。
少し迷ったが、複数の意見を聞いてみるのもいいかもしれないと思い、
私は星也さんに話を切り出す。
すみれ
すみれ
すみれ
すみれ
星也
すみれ
すみれ
星也
すみれ
星也
星也さんはそう笑ってから、「うーん…」と顎に手を当てた。
すみれ
私が期待してそう問いかけると、星也さんはニコリと笑って、言った。
星也
すみれ
私は驚いて目を丸くする。
星也
すみれ
星也
すみれ
星也
私が鞄からおにぎりを取り出すと、星也さんは嬉々としてそれを受け取った。
そして、早速ラップをあけると、その場でぱくりと食べ出す。
星也
すみれ
すみれ
私が苦笑いをしながらそんなことを考えていると、星也さんがおにぎりを頬張りながら、言った。
星也
すみれ
星也
すみれ
星也
すみれ
星也
すみれ
あれから紅羽さんの配信やアーカイブをいくつか見た。
紅羽さんは夜に配信を始めて、夜通し朝までゲームし続けていることも少なくない。
時によっては8時間以上になることもザラで、
夜、紅羽さんの配信を見始めて、朝起きたらまだ続いていたこともある。
すみれ
すみれ
すみれ
すみれ
挙げ句、起床後はそのまますぐ現場へ連れて行っているので、紅羽さんがなにかエネルギーを補給しているところを、私は見たことがなかった。
すみれ
私は、ぐるんと星也さんに向き直った。
すみれ
星也
すみれ
星也
星也さんはそう言って、ニヤリと笑うと
おにぎりの最後のひとかけらを口に入れて、両手を顔の前で合わせた。
星也
翌日。
トントントントントン
カチャカチャカチャ
ジューーー
紅羽宅のキッチンには、軽快な音が響き渡っていた。
すみれ
綺麗に焦げ目のついた卵焼きに満足して、ふうとため息をつく。
そう、私は紅羽さんに朝ごはん(と言っても夕方だが…)を作ることにしたのだ。
名付けて、「朝ごはんの準備音作戦」
ドンドンと頭に響く騒音ではなく、睡眠に入り込む程度の生活音。
そして、万が一イヤホンで聴覚を遮断されてしまっても、なかなか防御しきれない卵焼きの香ばしい匂い。
すみれ
すみれ
すみれ
すみれ
対私の攻撃力高め紅羽さんを脳内で再現しながら、時計を見るともういい時間だった。
そろそろ部屋のノックくらいしてみてもいいかもしれない。
そう思い、コンロの火を止めて振り返ると、
すみれ
私は驚いて、一瞬息をするのを忘れてしまった。
すみれ
紅羽
なんとそこには、紅羽さんが立っていたのだ!
すみれ
紅羽
紅羽さんは寝ぼけ眼のまま、眠そうに目を擦っている。
私は突然のことに思考が完全に停止してしまったが、慌てて、味噌汁の火を付け直した。
すみれ
紅羽
すみれ
YESともNOともわからない返事だったが、とりあえず都合よく解釈して、私は紅羽さんをリビングのソファに座らせる。
フライパンなどの調理器具がないことは予想して持ってきていたが、この家にはちゃんとしたお皿もなかった。
私はマグカップにお味噌汁を、平皿にご飯と卵焼きを盛り付けて、紅羽さんに出した。
すみれ
紅羽
紅羽さんは半分眠ったまま、緩慢な動きで卵焼きに箸をつける。
そして、口に入れると、少しだけ目が開いた。
紅羽
すみれ
悪くない反応に、ほっとする。
勝手にこんなことをして、紅羽さんには怒られることも覚悟していた。
しかし、意外にもすんなり起きてきて、箸までつけてくれるとは。
すみれ
そのまま紅羽さんは半分眠りながらもゆっくりと箸を進め、
私が洗い物を片付け終わる頃には、すっかり目も覚めた様子でソファーでタブレットをいじっていた。
私は紅羽さんの食べ終わったお皿を片付けながら、話しかける。
すみれ
紅羽
すみれ
紅羽
紅羽さんはタブレットから目を離さずにそうとだけ答える。
相変わらず私への塩対応に苦笑いしつつも、私は心の中でひっそりガッツポーズした。
すみれ
私は嬉しさを堪えきれずに、にやけそうになる頬をなんとか引き締めながら皿洗いをする。
すみれ
すみれ
すると、タブレットをいじっていた紅羽さんが、「あのさぁ!」と声を上げた。
すみれ
私は心を読まれたのかと、ビシッと背筋を正して身構える。
そして、紅羽さんの厳しい毒舌が飛んでくるのを待ったが、
しかし、意外にも
飛んできたのは、こんな声だった。
紅羽
すみれ
わたしは、ポカンとして、思わず聞き返してしまう。
私がフリーズしていると、紅羽さんはもう一度、少しだけ声を荒げて投げやりに言った。
紅羽
すみれ
紅羽
すみれ
私が勢いで返事をすると、紅羽さんはジトッとした目でしばらく私を見つめたが、
すぐに怒ったようにツンと顔を逸らすと、タブレットに目を戻す。
すみれ
すみれ
なんだか野良猫が少しだけ触らせてくれた時のような気持ちになって、
私は、ニコニコ笑顔になりながら、洗い物を続けたのだった。