「夏祭りは楽しんでいますか?」
「先生!」
「先生見て。エリがフランクフルトのケチャップで服を汚しちゃったの」
「あらあら。そんなに大きな染みを付けて…」
「元気なことは良いけれど、エリちゃんもあと2年で15歳」
「15歳になったら婚約する男性を探さないといけないから、もう少しおしとやかにね」
「わかってるよぉ」
「先生も花火を見に来たんですか?」
「はい。夏祭りの花火を見ることが一年で一番好きなんです」
「私も好き!夏祭りの花火は全部ハート型だから、とっても綺麗だよね!」
「でもどうしてハート型なのかな」
「それはね、50年前にとても素敵なことが起きたからですよ」
「先生はなんでも知ってるなぁ」
「素敵なことって何があったんですか?」
「そうですね。花火が始まるまでまだ少し時間がありますから」
「50年前のお話をしましょう」
誰もが言った。
「可哀想な人だ」と。
小さな村で毎年行われる夏祭り。
1人の少年がいた。
その少年は、ある少女に恋をした。
少年は両親に、少女を紹介するつもりだった。
少女は15歳。 「彼女にしようと思います」と言うつもりだった。
しかし、少女を紹介することは出来なかった。
少年の両親は、棺の中に横たわり二度と目を開けることはなかったから。
不幸な事故だった。 だけどもう少し早く気づいていれば、防げた事故だった。
それ以来 少年は
自分の名前も、恋をした少女の名前も 忘れてしまった。
思い出せなかった。思い出す気力もなかった。
幸せに彩られるはずだった日は、少年から「両親」と「記憶」を奪ってしまった。
誰もが言った。
「可哀想な人だ」 「思い出して欲しい」 と
私も強く思っている。
私の家は りんご農家。
収穫したりんごを村の皆に配るのは私の仕事。
記憶を失ってしまった少年の元にも、届ける。
少年は庭で本を読んでいた。
私は勇気を出して声をかけてみる。
レイ
本から顔をあげた少年は、しばらく私の顔を眺めていたけど
申し訳なさそうに微笑んだ。
少年
少年
少年
レイ
レイ
少年
少年
レイ
レイ
記憶のない少年と話すのは楽しくて
少年の元を訪れる口実を探すようになった。
特製のりんごのジャムを美味しいと言う少年。
手先が器用で、有り合わせの材料で素敵な指輪を作る少年。
少年の全てが好きだった。
少年
レイ
少年
少年
レイ
レイ
少年
レイ
レイ
少年
レイ
レイ
今日もまた少年の元を訪れた。
夏祭りの花火を、少年と一緒に見たかったから。
花火は庭からでもよく見えた。
漆黒の夜空をキャンバスに 赤、青、黄色の花が咲き乱れる。
そっと隣の少年の顔を盗み見る。
少年はいつになく険しい顔で、次々とうち上がる花火を見ていた。
まるで何かを思い出そうとするかのように____
やがてハートの花火が上がった。
少年
少年の目から涙がこぼれた。
少年
うち上がる花火の音にかき消されることなく
その声は私の耳に滑りこんだ。
花火はクライマックスを迎え、次々とうち上がる。
それを眺めながら少年は、ぽつりぽつりと話し始めた。
少年
少年
少年
少年
少年
少年____ヨルは振り返った。
1年ぶりに聞く響きだった。
花火によって明るくなった夜空の下で、ヨルは照れ笑いを浮かべた。
1年前と同じように。
レイ
そう言うのがやっとだった。
涙が溢れて止まらなかった。
後にヨルは、有り合わせの材料で作ったハートの指輪をくれた。
「ちゃんとした指輪を買うお金が貯まるまで」とヨルは言ったけど
私は「ずっとこれでいい」と言った。
幸せに彩られている、と感じた。
「こうして二人はめでたく結ばれたの」
「ハートの花火が奇跡を起こしてくれたから、ハートの花火だけをうち上げることになったの」
「素敵なお話ですね」
「50年前って言ったら、先生も15~6歳じゃないですか?」
「ええ。そうね」
「先生」
「先生が左手の薬指にしてる指輪」
「ハートでとても素敵ですね」
コメント
13件
初めまして!! コンテスト特別審査員の天宮 雫です🙌 ︎︎ 最後の一文で伏線回収とは........。 最後の最後まで全然気づきませんでした笑 非リア弟様の作品は陰ながら飲ませて頂いていて毎回素敵な作品で尊敬しています✨ これからも応援しています✨︎︎ ︎︎ コンテスト参加有難うございます🕊
先生のお話だったんですね! 思い出せて良かったです!!