◯◯は、電車に揺られながら、外の景色を眺めていた。 東京を出たときにはビル一色の景色だったのに、途中で在来線に乗り換えてから、見えるものががらりと変わった。車窓には見渡す限り一面の緑が広がり、青空が遠くまで広がっている。 ◯◯は、手元のスマホに目を落とした。 開きっぱなしのLINEには、親友の桜田あやからの返信が届いている。
あや
夏休みの間、おばあちゃんの家に泊まりに行くことになった、という◯◯からのメッセージに対しての、返信だ。
◯◯
呆気にとられるあやの顔が、目に浮かぶようだ。 ◯◯は苦笑まじりに、返信を打ち込んだ。
◯◯
隣に座る弟の颯太は、中学一年生。ひさびさに目にする自然いっぱいの風景に感動したのか、窓の外を食い入るように見つめている。 おばあちゃんの家に泊まりに行くなんて、小学生のとき以来だ。 おばあちゃんが住んでいる上湖村は山の中にあって、たどり着くだけでもひと苦労。電車を何度も乗り継いで、しかも最寄り駅からはバスに乗らないと行けない。 でも、おばあちゃんに会えるのは嬉しいし、自然に囲まれた上湖村の環境も、東京生まれ、東京育ちの◯◯にとっては、とっても新鮮だった。
あや
矢継ぎ早に入るあやからのメッセージを読んで、◯◯は表情を曇らせた。 合コンで会った男の子たちの顔は、かろうじて覚えている程度。一緒に遊ぶなんて、あまり気が進まない。 それに、私には理想の出会いがある。
主
一ヶ月ほど前。◯◯はあやに誘われて、合コンに行った。 渋谷のカラオケボックスで、相手は近くの男子校の生徒。 高校一年生にもなって、合コンに来たのは生まれて初めてで、◯◯はちょっと緊張していた。 あやと並んで腰をおろした◯◯の席の近くに座っていたのが、田中樹と京本大我だ。二人とも、緊張している雰囲気の◯◯に気を遣ってか、なにかと話を振ってくれた。 言葉少なだった◯◯が突然饒舌になったのは、大我に
きょも
と聞かれたときだ。
◯◯
理想のシュチュエーションを一生懸命語ったのに、なぜか周りのみんなは、唖然としているようだった。
きょも
大我に聞かれて、◯◯は
◯◯
と正直にうなずいた。
◯◯
きょとんとした◯◯の前で、大我は
きょも
と、大げさにのけぞった。
◯◯
ますますきょとんとする◯◯の隣で、あやまで
あや
と笑ってる
あや
きょも
大我が冗談っぽく身を乗り出す。
じゅり
と隣の男子が大我の頭をはたいたのを見て、みんなが笑う。なにがおもしろいのかわからないけど、◯◯も作り笑いを浮かべて、周りに合わせた。 高校生にもなって、そんなことを夢見ているのって......子どもっぽいかな。 でも、私はやっぱり、合コンとかじゃなくて、もっとドラマチックで素敵な出会いがいつか待ってるって、そう信じたい。
初めての合コンは、どうにも居心地が悪かった。早く帰って弟の夕ごはんも作らないといけないし、タイミングを見計らって早々に帰ることにする。 あやたちにひきとめられ、◯◯は
◯◯
と謝りながら、個室を出た。
廊下
トイレから戻ってきた男子と、鉢合わせる。 近くの席に座っていた、男子二人のうちの一人。優しげで、少しタレた目尻が印象的な、背の高い男子生徒だ。
じゅり
◯◯
この人、名前なんだっけ......ド忘れしちゃった......。 困ったように口ごもった◯◯に、
じゅり
と、男の子は感じよく自己紹介した。
◯◯
罪悪感をおぼえつつ、◯◯はじゅりの横をすりぬけようとした。
◯◯
ところがどういうわけか、じゅりは◯◯を見つめたまま道をあけない。
◯◯
じゅり
じゅりは言いにくそうに目を泳がせながら、おずおずと切り出した。
じゅり
◯◯
◯◯
突然のことに動転するあまり、ついストレートに聞き返してしまう。 じゅりは、困ったように頭をかいた。
じゅり
◯◯
◯◯
◯◯
なんと返したものやらわからず、◯◯は真っ赤になってしまった。 うつむいた視線の先に、すっと、スマホが差し出される。
◯◯
驚いて顔をあげた◯◯に、じゅりが言う。
じゅり
◯◯
なんとなく雰囲気に流されて、◯◯はカバンからスマホを取り出した。ホーム画面の時計を見て、ハッと跳び上がる。
◯◯
◯◯
がばっと頭を下げると、唖然とするじゅりをその場に残し、◯◯は猛然と走り去った。 人ごみをすりぬけて、駅へと駆けていく。 じゅりに言われたことが、頭の中でぐるぐると渦巻いていた。
◯◯
颯太
合コンのことを思い出していた◯◯は、颯太の声で、はっと我に返った。 おばあちゃんの家にむかう途中の、電車の中だ。隣の席に座った弟の颯太が、大はしゃぎで窓の外を指さしている。
颯太
颯太に促されて窓の外を見た◯◯は、思わず息をのんだ。 ヒマワリ畑だ。 見渡す限り一面に、お日様の絨毯みたいに広がっている。 ◯◯と颯太は、顔を見合わせて、ふふっと笑った。 おばあちゃんの家で過ごす、夏休み。なんだか、東京にないものがたくさん見つかりそうで、わくわくしてきてしまう。 その思いは、電車から一歩降りたとたん、ますます高まった。
うるさいくらいに響きわたるセミの声。 聞いたことのない鳥の鳴き声に、青々と茂る樹木。 太陽はカンカン照りなのに、木々に囲まれているせいか不思議とそれほど暑くなくて、すっごい気持ちがいい。
◯◯
期待に胸をふくらませつつ、がらんとした駅前のバス停で、三十分に一本のバスを待った。 定刻通りに来たがらがらのバスに乗って、走ること十数分。 おばあちゃんの家の最寄りのバス停で、◯◯と颯太は下車した。 バスから降りた◯◯は、深呼吸して、新鮮な空気を思いきり吸い込んだ。
◯◯
たっぷりの解放感を胸に、大きく伸びする。
颯太
そう言って、颯太が駆けていく。 ◯◯は、きょろきょろと辺りを見まわした。
◯◯
道路の脇に広がる森の木に目をやると、一匹のセミが、幹にしがみついていた。 忍び足でそ~っと近づき、ぱしっと羽を押される。 セミは、一瞬でジジッと鳴いて、すぐに大人しくなった。
◯◯
◯◯
◯◯
と、はしゃいでいると、背後から声をかけられた。
慎太郎
◯◯はセミをつかんだまま、ふりかえった。 そこにいたのは、バイクにまたがった男の子だ。腰に、『泉』と書いてある前掛けをつけていて、いかにも地元の人という感じしかも、すらりと背の高いイケメンだ。 ◯◯は、突然現れた男の子に、すっかり見入ってしまった。 切れ長の目は瞳が黒々としていて、見ているだけで吸い込まれてしまいそうなほど。長めの前髪が、くっきりとした二重にかかっていて、それがなんだか物うげな雰囲気を醸し出してる。
慎太郎
男の子に聞かれ、ぼーっとしていた◯◯はようやく我に返った。 はっとした拍子に手から力が抜けてしまい、セミがジジッと鳴いて逃げていく。
◯◯
慎太郎
男の子に言われ、◯◯はきょとんと首をかしげた。
◯◯
男の子に連れられてやってきてのは、すぐ近くの川だった。 さっそく土手を下りて、川の底をのぞきこんでみる。流れはごくゆるやかだ。水驚くほど透明で、川の底の砂粒まではっきりと見える。 ちょろちょろと泳ぎまわる魚に気が付いて、◯◯は歓声をあげた。
◯◯
慎太郎
◯◯の背後で、男の子がうれしそうに言う。 その笑顔がまぶしくて、◯◯はまたも、ぼーっとなってしまった。
◯◯
に、見とれていると、男の子は◯◯に、すつと片手を差し出した。
◯◯
◯◯は目をぱちくりさせて、男の子を見つめた。
慎太郎
◯◯
◯◯は、おずおずと、男の子の手をにぎった。骨ばってごつごつしていて、それにすっごく大きな手だ。 ◯◯は心臓をどきどきさせながら、お礼を言った。
◯◯
なんだか照れてしまって、まともに男の子の顔を見ることができない。 うつむく◯◯の前に、男の子が、ポストカードを差し出した。露にぬれたグラスのおしゃれな写真が印刷されていて、IZUMIYAとロゴが入っている。 そういえば、男の子の前掛けにも『泉』って書いてあったっけ......。 男の子はさわやかに微笑んだ。
慎太郎
◯◯
◯◯は、顔を熱くして、カードを受け取った。背景のブルーとイエローが鮮やかで、とってもきれいなカードだ。
慎太郎
踵を返した男の子は、呼び止める間もなく、バイクにまたがって走り去っていく。 背筋の伸びた、しゅっとした後ろ姿を、ぽーっとなって見送った。 さっきにぎられた手のひらが、じんとしびれたように熱い。 『これが、青春よりも青くて熱い、青夏の始まりだった。』
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