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テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで

午後七時四十五分、スパニッシュレストラン「Sabor Elegante」エントランス前にて

すいせい

話って…何…?

すいせいの拳は無意識のうちに固く閉ざされていた。しかし、その拳の内側でもじわりじわりと汗が広がっていくのを十分に知覚出来た。

嫌だ、みこちを失いたくない。焦りがすいせいの脳裏を蝕む。

みこ

うん、同居…いつからするかまだ話してなかったじゃない?

すいせい

うん…そうだね。

まだ犯されていない理性をひっくり返して、短い言葉を吐き出す。必要最低限以外の言葉は状況をなお悪化させるのではないかという懸念があったからだ。

みこ

すいちゃんさえよければ、お家が見つかり次第すぐにでも始めたいなって思ってたんだけど…

すいせい

うん、私もそれで大丈夫だよ。

すいせい

……けど?

みこ

みこさ…

そう言ったっきり、みこはすっかり黙り込んでしまった。すいせいはただの一言も話さず、みこの発言の続きを待っていた。

みこ

やっぱり、みこはすいちゃんとずっと一緒にいたい。

すいせい

えっ、今なんて…?

集中力を極限まで研ぎ澄ましていても聞き取れないほど、みこの声は一瞬ひどくか細くなった。

みこ

ううん、あのね、みこね。

だがしかし、みこのしおらしさは一時続いたのみで、張り詰めた緊張の糸はぷつんと切れ、ほんの少し前までの明るく屈託のない笑顔に戻る。

みこ

みこね!すいちゃんといつ同居始められるかなーって考えすぎて、今日のお仕事中ずぅーっとソワソワしてたの!

すいせい

…えっ?

すいせいは一つだけ理解できた。台風に乱される海の大波のように、みこの心の内で何がしかの大きな揺らぎがあったことだ。

みこ

重い空気にしてごめんね?
偉いオトナとずっとお話してたら疲れちゃって…。
もう早くすいちゃんとゆっくりしたかったんだよー!

すいせい

みこち…。

今日のミーティングで彼女の身の上に関して大きな変化があったのだろう。そして、それに決断を下せないままでいる。ただ、みこは今それを話したがっていない。

すいせい

(だったら私に今できることは…)

すいせいは拳の力を緩め、その内側の汗を悟られないように後ろで手を組んでみこに一歩近付く。

すいせい

みこちー、お仕事集中できなかったの?
国民やめさせられちゃうよ?

みこ

ええ!?ペナルティ重すぎない?

みこ

市民権全ロスってコト!?

すいせい

人生って常時サバイバルでハードコアなんだぜ?

みこ

神さま、みこだけアプデで難易度下方修正しませんか?

すいせい

神さまは、デバッグしないし、ユーザーの声も基本無視だから。

みこ

おい!クリエイターの基本やぞ!!

神さまは養成学校からやり直しだ、とぷりぷり地団駄を踏むみこ。

少しの時間みこちを煩わせる難題から気を紛らわせることが出来ただろうか。 みこちが話したがるまで私は待とう、とすいせいは心の中で頷いた。

すいせい

そろそろ8時だね。

すいせい

中入ろっか。

みこ

うん!あー!お腹空いた!

すいせい

ぺこぺこだねぇ。

レストラン「Sabor Elegante」の扉を開けると、その名の通り、繊細でエレガントな世界が広がっていた。壁にはスペインの伝統的なタイルが丁寧に配され、その模様が煌びやかなアートのように空間を彩っている。暖かい色調のアンティークな木製の家具が、部屋の隅々に配置されており、その木の香りがふわっと鼻をくすぐる。

照明は控えめで、テーブルの上のキャンドルが、ソフトな光を放ちながら食事を温かく照らしている。そのキャンドルの灯りが、シンプルで上品な陶器やガラス製の食器に反射して、幻想的な雰囲気を醸し出している。

そして、耳にはスペインの古典的な音楽が流れ、時折フラメンコのリズムが高らかに響く。そのメロディーは、この場所がただのレストランではなく、スペインの文化と歴史を感じさせる特別な空間であることを物語っていた。

みこ

はわぁー、なんか幻想的でドキドキしちゃうね。

すいせい

可愛いお店だよね。

みこ

すいちゃんのお友達が経営してるお店なんだよね?

すいせい

そうそう、バルセロナの料理学校で修行してたんだよ。

みこ

ばるせろな…。

ねぇねぇ、とみこはアミューズのアボカドタルタルがたっぷり付いたエビを頬張る手を止めて声を潜める。

みこ

お友達の子もしかしてテーブルまで来るかな?
そしたらちょっとみこ緊張しちゃうかも…。

すいせい

多分来ないと思うから、安心して。

すいせい

(デートだって言ってあるし、まぁ大丈夫でしょ。)

すいせい

あの子、結構配慮効くタイプだから。

ほら見てみて、と重厚な面持ちで前菜を慎重に運ぶウェイターの方にみこの視線を促す。

みこの手前に、「サーモンのカルパッチョ、フレッシュハーブとレモンのヴィニグレットドレッシング」と称されたプレートが置かれる。

みこ

わー!みこの大好きなサーモンだ!!

すいせい

このお店のすごいとこは、一人一人の好みに合わせてコース料理を編集してくれるんだよね。

みこ

すいちゃん、これめっちゃ美味しいよ!

すいせい

喜んでくれてよかった。

すいせい

バルセロナの風感じる?

みこ

感じる感じる!

もうビュービューだよ、と顔の脇で両手を仰いでみせる。

みこ

すいちゃん、生ハム美味しい?

モノ欲しげな視線を察知したすいせいが顔を上げると、みこがすいせいのプレートを凝視していた。

すいせい

…あげないぞ?

みこ

ええええケチぃぃぃぃ!

みこ

これ、サーモン…ホントは、みこのだけど、ちょっとだけならあげるから…!

すいせい

それはいらん!

みこ

ぶあああああ!!!

それから次々にスープや魚介、そして肉料理が神妙に運ばれてくるが、その都度みこが拍手と歓声をあげるので、ウェイターも料理を運ぶ回数を重ねる毎に、早足になっていった。

みこ

すいちゃん見て見て!

みこ

じゃじゃーん、エビがスープに潜んでましたー!

みこ

これ、焼いたサーモンにりんごが付いてきてる!

すいせい

その鮭、皮だけちょうだい。

みこ

やーだよ!これ鮭じゃないし!

みこ

鶏肉とアーティチョークのスープって何!?
古のチョーク入ってる!?

みこ

ちちゅうかいかぜシチュー…?
すいちゃん風だよ風!吹き込んでるよ、地中海!

すいせい

それ、地中海「風」(ふう)なw

ひとしきりコース料理を楽しむと、かなたとのやり取りを思い出し、待機していた近くのウェイターに注文を伝える。

すいせい

これ、アルバリーニョをひとつ頂けますか?

みこ

なぁにそれ?

すいせい

白ワインだよ。

みこ

え!?すいちゃん、お酒飲まなくない?

すいせい

私からみこちへプレゼントです。

みこ

えー!なになに!?

みこ

いいの!?ありがとう!

みこ

ちょっとお酒飲みたいなって思ってたけど、すいちゃん飲まないし悪いなって思ってたの。

すいせい

そんなの気にしなくていいのにー。

すいせい

ああ、あとこれもあげる。

店員と結託して、みこに悟られぬように隠しておいたプラスチックケースをおもむろにテーブルに取り出した。

みこ

うええええ!?なにこれ!?
ちょー可愛いじゃん!?

みこ

これ、みこにくれるのー!??

すいせい

サプラーイズ!

みこ

はああああ、もうずっと嬉しすぎて気絶しそう…!

みこ

すいちゃんありがとう!大好き!

すいせい

だから大好き言い過ぎだよ?

みこ

伝えられる時に伝えとかないとでしょ!?

すいせい

伝えられる時に伝えないと…か。

みこに聞こえるか聞こえないかくらいの声量で独り言を呟く。

みこ

ん?なぁに?すいちゃん。

すいせい

みこち、今日話したいことがあるって言ったじゃん?

みこ

うん。言ってた。

すいせい

それ、今話してもいいかな?

みこ

もちろん!

すいせい

あのね…

すいせいが一つ息を吸うと、また空気が張り詰めたのを感じた。 すいせいの鼓動が早くなる。

すいせい

私みこちのことはかけがえのない親友だと思ってた。

すいせい

お互い友情のもとに支え合っていく仲間だってね。

みこ

…うん。

みこが俯く。その瞳はほんの少し悲しみを帯びていた。

すいせい

でも、昨日みこちのことを抱きしめた時…

すいせい

もうずっと、この手を離したくないって思ったんだ。

みこ

…みこのこと独占したくなっちゃったんだ?

すいせい

そう。こんな気持ち経験したことなかったから、今日一日中ずっと考えてたの。

すいせい

自分の気持ちがよくわかんなくなっちゃって、頭の中がぐちゃぐちゃになっちゃうまで考えてた。

みこ

すいちゃん…。

すいせい

でも結論はいまさっき私の中で完成したんだ。

みこ

…うん。

すいせい

私ここに来る直前に悪い夢を見たの。

すいせい

みこちが私の元を去って、どこか遠くへ行っちゃう夢。

すいせい

その夢から覚めたら、すっごく汗かいちゃっててね。

すいせい

それで、さっき入口でみこちが同居の話をしようとしてくれた時、私は…

すいせい

私は、すごく焦った。また沢山汗かいちゃって、酷い顔してたと思う。

すいせい

でも、みこちがもう一回私に笑いかけてくれた時…何かを言い淀んでいたみこちにこうやって言うのは申し訳ないけど…

すいせい

私はすっごく安心した。

すいせい

それでようやく自分の気持ちに気付けたんだ。

すいせい

私は、みこちのことを愛してるって。

みこ

……!

すいせい

私はみこちと離れ離れになるなんて、絶対にイヤ。

すいせい

私はみこちと一生一緒にいたい。だから…

すいせい

みこ。

みこ

はい。

すいせい

私の彼女になってくれませんか?

みこ

…嬉しい。

みこ

私でよければ、よろしくお願いします。

すいせい

良かった。
ありがとう。

すいせい

こちらこそ、よろしくお願いします。

みこ

はい!

みこ

…ずっと待ってたんだ。

みこ

みこは、すいちゃんの事がずっと好きだったの。

みこ

恋愛的に、だよ?

みこ

でもすいちゃんが私のことを友達としか見てなかったのは知ってたから、今日までずっと辛かった。

みこ

それが今こうやってすいちゃんが告白してくれて、恋人になれて、ホントのホントに嬉しい…!

みこ

すいちゃん、大好きだよ。

すいせい

わたしも、みこちのことが大好きだよ。

みこ

えへへ、すいちゃんの彼女になれるなんて夢みたい。

みこ

それにこんな可愛いお花まで貰っちゃって。

みこ

みこは世界一の幸せ者だな。

みこ

すいちゃん、あのね。

安心したように微笑むみこが、プラスチックケースをそっと撫でて言う。

みこ

私も大事な話があるんだ。

みこ

今日のお仕事でね、みこ偉い人達に褒められたんだ。

みこ

「貴女は素晴らしい人材だ。是非ともこれから最前線で活躍して欲しい。」ってね。

すいせい

最前線…プレッシャーも大きいけど、嬉しい言葉だね。

みこ

うん。みこも成長のチャンスだって考えてるけど、それでも…

みこ

バーチャルスマートシティは日本とアメリカの共同事業だから…。

すいせい

…!

すいせい

もしかしてアメリカに来ないか、って誘われたの?

みこ

うん…。

みこ

期間は2週間から1ヶ月くらいなんだけど、それでも…今日、大好きなすいちゃんと一緒に住めることが決まったばっかりだったから。

みこ

このままだったら、みこが片思いしたまま、同居を長引かせることになっちゃう…なんて耐えれなくて。

みこ

このお誘いお断りしようと思ってたの。

すいせい

だから、さっき…。

みこが入場前に同居のことで落ち込んでいた理由を悟る。

すいせい

今はどう思ってるの?

みこ

…すいちゃんは、いきなり遠距離恋愛になったら辛くない?

すいせい

それはもちろん辛いけど…

すいせい

…みこち、旅は「みちづれ」だよ。

すいせい

遠く離れても、私たちの心は同じ鼓動を刻むから…。今日までの特別な旅路で築いてきた私達の絆を信じて、これからもこの旅を一緒に進もう。

みこ

…ありがとう。

みこ

ホントにちょっとだけ、同居…ううん、

みこ

同棲は待っててくれる?

すいせい

もちろん!ここでずっと待ってるからね。

すいせい

寂しくなったら、いつでも電話しといで。

みこ

ありがとう、じゃあ、あっちの夕方に電話掛けるね。

すいせい

それは…時差でこっちの朝になっちゃうから、私爆睡してるかも。

すいせい

でもみこちのためなら、アラームガンガン掛けて、布団蹴っ飛ばしてでも起きるわ。

みこ

そこまでしなくてもいいよw

みこの顔が綻ぶ。この笑顔を一生かけて守るとすいせいは固く誓った。

みこ

すいちゃんにおかえりって言って貰えるまで、精一杯頑張るね。

みこ

みこが居なくても、寂しくて泣いちゃダメだよ?

すいせい

まぁ、俺の彼女だからな。向こうで元気にやってる姿を想像すりゃァ、心配ないぜ。

みこ

もう頼れる彼氏ズラしてる?w

「Sabor Elegante」 エントランス前

みこ

今日はありがとね、すいちゃん。

みこ

ご飯めっちゃ美味しかった!

すいせい

そう言ってくれて、友達も喜んでるよ。
また来ようね。

みこ

うん!友達にもよろしくっ。

みこは手の甲を額にくっつけて、敬礼のポーズをとる。

みこ

アメリカのことだけど、日付とかちゃんと決まったらすぐに教えるね。

すいせい

分かった。
今日は気を付けて帰るんだよ。

みこ

うん、じゃあ…

みこは恥ずかしそうに小さな体を左右に揺すったかと思うと、プラスチックケースを抱えたまますいせいに駆け寄った。

みこ

…ちゅっ

すいせい

…っ!//

みこ

おやすみ、すいちゃん。

すいせい

う、うん。
おやすみ…。

すいせい

…。

みこを乗せたタクシーが、遠い地平線を目指すのを、すいせいは呆然と眺める。

すいせい

いきなり、ちゅー…?

みこが目線を逸らし、下を見て恥ずかしがる様子を、頬を撫でながら思い出した。

すいせい

ほっぺだったけど…。

すいせい

全く…。

すいせい

みこち、愛してるよ。

走り去るタクシーの排気音に紛れるように、こっそりと夜の通りに囁いた。

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