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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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語り

昔々、和の国に雨音(あまね)と言う名の遊女がおった。雨音は誰よりも美しく、大層人気があって、花魁になったそうな。

語り

ある日、花街の近くを流れる小河の水に雨音が手を浸しておると、蓮の葉に乗った小さき者が流れて来た。

雨音

これは驚いたでありんす。主は水の精霊かえ?幼い頃に聞かされたが…

精霊

驚きました!人間に僕の姿が見えるなんて…。それにあなたはなんと美しい女性なんだ。

雨音

主の方が美しい。男なのか女なのかもわからぬ姿だ…

精霊

精霊には性別などありませんので…

雨音

主の名は何と言うのでござんしょ?

精霊

精霊には人間のような名前はありません。僕の姿を見た者からは水の精霊と呼ばれます。あなたの名前は?

雨音

わっちは花魁の雨音でありんす。親が付けた幼き頃の名はもう捨てた…

精霊

雨音…良い名前ですね!それにあなたはとても心清らかな女性ですよ?

雨音

わっちの心は醜く穢れておりんす。主は何も知らぬから、そう思うのでござりましょう。

精霊

いいえ、あなたの心は穢れてなどいません。なぜなら精霊の姿が見えるのは心清らかな者だけだからです。

雨音

なぜわっちに主の姿が見えたのかわからぬが、名前がないと呼びづらいから、蓮に乗っておるので、蓮(レン)と呼んでも良いでござんすか?

精霊

僕に名前を付けてくれるんですか?もちろん良いですよ!嬉しいなぁ〜

雨音

気に入ってくれてわっちも嬉しいでありんす。また明日ここに来るので蓮も逢いに来て欲しいでござんす。

語り

雨音は蓮の事がすっかり気に入ってしまったので、毎日同じ時間に河原へ、逢引に来るようになったとさ。

雨音

今日は茶屋の方へ行ってみるかえ?

精霊

茶屋?行った事ないから楽しみだ〜

雨音

他の者に見つかるとまずいから、ここに入って隠れているでありんす。

語り

雨音は胸の谷間に小さき者を挟んで花街の方へ歩く。

精霊

ここはふかふかであったかくて良いですね!ずっとここにいたいなぁ〜

語り

茶屋に着いたので団子を頼むと、蓮は小さな体で大きな串を持ってよろけて体がみたらしだらけになった。

雨音

ふふ、蓮と一緒におると嫌な事を全て忘れてしまう。

精霊

このみたらし団子と言うのは初めて食べたけど甘くて美味しいですね!

雨音

蓮が気に入ってくれて何よりじゃ。

精霊

ところで雨音はいつも哀しそうな顔をしていますね。僕はもっと雨音を楽しませてあげたいと思ってます。

雨音

蓮といる時は幸せでありんす。遊郭に戻れば、また地獄のような苦しみを味わわなければならぬ。好きでもない男の相手をせねばならんから…

精霊

僕にはよくわかりませんが、雨音が楽しくないのならば、その遊郭から逃げ出せば良いのではないですか?

雨音

逃げ出す事は出来ぬ…。もし逃げ出したら、見せしめに恐ろしい仕置きをされて、更に苦しむ事になるんでござんす。花魁になってからは、嫌な客は袖にしても良いでありんす。

精霊

そうですか…。精霊の僕には人間の掟はわからないですが、僕は精霊の掟を破ってあなたと逢っています。

雨音

精霊の掟?もしや人間と逢う事が禁止されておるのでござりなんした?

精霊

ほとんどの人間は精霊が見えませんので、人間と逢うのは禁止されてはいないのですが…

雨音

ではどんな掟でありんす?精霊の事はわっちにはわからぬでござんす。

精霊

人間に恋をしてはいけないと言う掟があるんです。人間に恋をしてしまうと、その人間に愛されなくなった時、水の精霊はあぶくになります。

雨音

そんな掟があったのでありんす?わっちが蓮を愛するのを辞めると蓮はあぶくになって消えてしまうでござりましょう?それはわっちが困る…

精霊

今まで水の精霊が人間を愛するとすぐ裏切られてあぶくになってしまったので掟で禁止されてしまいました。だから僕は今、掟を破っている。

雨音

ちょっと待つでありんす。それは蓮がわっちを愛していると言う意味でござりなんしょ?

精霊

はい、僕はあなたを愛しています。

雨音

男から愛を告げられてこんなに嬉しいと思った事は今まで一度もない…

精霊

と言う事は雨音も僕の事を愛しているのですか?それは嬉しいですね!

語り

雨音は蓮を遊郭の自分の部屋まで連れて帰って来た。

雨音

蓮が人間の男なら、抱かれたいと思うところだが、精霊なのでわっちの心は満たされぬ…。こんなに愛おしいのに、掌の上に乗せて置くだけ…

精霊

僕も出来る限り雨音の心を満たしてあげたい…。実を言うと精霊が大きくなれる方法が一つだけあります。

雨音

それは本当でありんす?どうすれば蓮は大きくなるのでござりなんす?

精霊

心から精霊を愛する人間の接吻で大きくなれると言う伝承があります。

雨音

そんな簡単な事でありんす?もっと難しい事かと思っており申したが…

語り

雨音が掌の上に乗っている小さき者に接吻をすると、蓮の体はみるみる大きくなり、その晩、二人は深く愛し合ったのです。

雨音

男に抱かれてとろけてしまいそうになったのは初めてじゃ。蓮の吸い込まれそうな青い眼で見つめられるとわっちの心の中を全て見透かされているような気分になるでござんす。

語り

雨音が蓮の背中に手を回すと、薄羽蜉蝣のように透き通った羽が手に当たった。それが蓮は人間ではない事を彷彿とさせる。

精霊

ここにいると人間の掟で雨音は苦しむのですよね?僕と一緒にここから逃げましょう!空を飛べますので。

雨音

遠くに逃げて蓮と一緒に暮らせるのでありんす?こんな幸せな事は他にないでござりんす。

語り

適当に布を体に巻き付けた蓮の胸に雨音が強く抱き付くと、空高く舞い上がり、月明かりに照らされた花街が眼下に広がる。

語り

しばらく飛び続けて山を越えた田舎村に降りる。雨音は簪を質屋に入れて、長屋に住まう事になった。隣の部屋からは咳き込む音が聞こえる。

雨音

こんな生活しか出来ないけど、蓮がいればわっちは何もいらないんでありんす。どんなに煌びやかな生活でも遊郭では幸せは感じなかったが…

精霊

僕もあなたと一緒に暮らせるならどんな生活でも苦しくありませんよ?

語り

雨音は何を思ったか小刀で小指を切り落として蓮に渡した。遊郭の仕来たりで本当に愛する者に小指を切り落として渡すと言う風習があった。

語り

雨音が激痛に耐えていると、蓮は精霊の魔法で、その小指を雨音の指に元通りくっ付けてしまい、激痛がピタリとおさまる。

精霊

どうして自分の指を切り落としたりしたんです?僕は精霊だから治せるけど、人間なら治せないでしょう?

雨音

遊郭の仕来たりで愛する者に小指を贈ると言うのがあった。わっちが心の底から蓮を愛している事を証明する為に渡したのに、くっ付けてしまうとは思わなかったでござりんす。

精霊

う〜ん、精霊の僕にはその仕来たりが理解できません。あなたが傷付くのは見たくないので小指は切らないでもらえますか?

雨音

しかし驚いた。蓮にこんな不思議な呪術が使えたとは…。水の精霊は誰でも使えるのかえ?

精霊

ええ、水の精霊は回復魔法が得意なんですよ!怪我をしたら治してあげますので、僕に言ってくださいね?

語り

突然、隣の部屋で娘の泣き叫ぶ声が聞こえ、蓮は長屋の引き戸を開けて表に出ると、隣の部屋の引き戸を叩いた。娘が中から引き戸を開ける。

お銀

おったまげただぁ。蒼い眼をした外人さんでねぇか?なんでこんなむさ苦しいとこさ、外人さんが来たべ…

精霊

隣に住んでる者です。ちょっと気になったので、お母さんの容態を診せてもらえませんか?

お銀

おっかぁは医者の先生にも匙を投げられて、もう長くは生きられねぇと言われてるだ。さっきも血を吐いてオラ泣いちまった。オラが隣でうるさくして迷惑だったらすまねぇだ。

語り

蓮が娘に招き入れられて隣の部屋に入ると、血塗れで咳き込んでいる母親が床に伏せていた。蓮が魔法をかけると咳は嘘のようにピタッと止まる。母親は驚いた表情をしていた。

お銀

おっかぁ!ずっと止まらなかった咳が止まってる?もしかすっと、この外人さんは外国の偉い医者だべか?

精霊

いえ、僕はただの水の精霊です。

お銀

水野様と言うだべか?セイレイなんて陰陽師みたいな名前だべな。今のはもしや陰陽師の使う呪術だべさ!

精霊

いえ、水野ではなくて僕の名前は蓮です。雨音が付けてくれたから気に入ってるよ。蓮って呼んでくれる?

お銀

わかっただ!レン先生って呼ばせてもらう事にするべ。おっかぁの命の恩人だから、先生にオラの手料理を振る舞わせて欲しいだ。先生の台所さ借りてええか?

精霊

それは有難いです。僕は料理など出来ませんので。雨音もお腹が空いてるでしょうし、喜ぶと思いますよ?

お銀

雨音様と言うのは先生の奥方様の事だべか?粗相のないようにお行儀良くするべさ!雨音様にも喜んでもらえるように、オラ頑張って作るだ!

語り

蓮と一緒に娘がやって来た。隣で話してる声は筒抜けなので、雨音も一部始終は聞いている。蓮を見る娘の目が恋をする乙女の目だと察した。

雨音

あの娘は穢れのない体をしておる。そしてその穢れのない体を蓮に捧げたいと思っておる…。わっちはこんなに穢れた体を蓮に抱かれているのに、あの娘のように穢れのない体に生まれ変わりたい。あの娘が羨ましい。ああ、なぜこんな醜い考えを…

語り

蓮と楽しげに喋りながら、娘は自慢の料理を振る舞った。野菜を煮込んだ安っぽい料理だが味は悪くない。

雨音

わっちは料理も出来ないし、この娘には敵いそうもない。蓮にはこの娘の方がふさわしいのかもしれない…

語り

その晩の夜の営みは雨音が拒否したので、蓮は困惑した表情になる。本当は抱かれたいが、穢れた体の自分を抱かれるのが、酷く惨めだった。

精霊

どうしたのです?前はあんなに悦んでたのに、そんな哀しい顔をして…

雨音

あのお銀ちゃんと言う娘は蓮に惚れてる。気付いてないでござんしょ?

精霊

お銀ちゃんが?僕が愛してるのは雨音だけです。雨音が僕を愛さなくなれば、僕はあぶくになって消える。

雨音

わっちが蓮を愛したままなら消えないのでありんす?それならわっちは蓮を愛さなくならないので消えぬ…。だからお銀ちゃんを娶りなんし?

精霊

何を言ってるのですか?僕の奥さんは雨音だけです。お銀ちゃんを娶る気はありません。

雨音

わっちのように穢れた体の女を抱くより、お銀ちゃんのような穢れのない女の方が蓮にはふさわしいと思うのじゃ。わっちの気持ちを汲んで、お銀ちゃんを幸せにしてやっておくんなまし。それがわっちにとって幸せになるのじゃ…

精霊

僕には雨音が何を考えているのか、サッパリわかりません。せっかく大きくなって雨音を悦ばせてあげられると思ったのに、今はとても嫌がっている。僕はどうしたら良いのかわからない。雨音を愛しているのに…

雨音

わっちもお銀ちゃんのように穢れのない体になれたら…。お銀ちゃんになりたい!お銀ちゃんになって蓮に抱かれたい。それがわっちの願い…

精霊

雨音の言いたい事がよくわかりません。僕が愛してるのは雨音なのですよ?なぜお銀ちゃんになって抱かれたいのですか?意味がわからない…

雨音

わっちは今まで何百いや何千いや何万もの男に抱かれて来た。見習いの頃は一日に何十人も相手させられて死にたいと思った事も何度もある。

精霊

そんな辛い事が…。でも死なずに生きていてくれて僕は雨音に逢えました。雨音が死なずに生きててくれた事に感謝します。

雨音

だからもう良いのじゃ。最後に蓮に抱かれて、それでわっちはもう思い残す事がない。蓮にはお銀ちゃんと幸せになってもらって、わっちは…

精霊

もしかして死ぬつもりですか?言い忘れてましたが、水の精霊は愛する者が死んでもあぶくになりますよ?

雨音

そんな!わっちが死ぬと蓮も死んでしまうのかえ?わっちはもう死ぬ事も出来ないでありんす。蓮には生きて欲しいが、わっちはもう生きていたくない。どうしたら良いのじゃ?

精霊

精霊の命は何千いえ何万年もあります。でも雨音に恋をした時に僕はもうそんな長生きをしたいと思わなくなりました。雨音と共に生きて、雨音と共に死のうと決意したのです。

雨音

なぜそれを先に言わなかった!知っておれば接吻などしなかったのに…

精霊

ええ、言ったら接吻しないとわかってたので黙ってたんです。僕の寿命は雨音の寿命と同じ長さになった。

雨音

どうして黙っておったのじゃ!こんな大事な話をしないなんて酷過ぎるでありんす。蓮の寿命をそんなに短くしてしまったなんて思わなんだ…

精霊

だから生きてください。僕の為に…

雨音

蓮の為なら生きられるでありんす…

語り

それから数日が経ったある日、長屋の引き戸を叩く者がおった。それは村一番の庄屋の使いの者であった。

精霊

こんな朝っぱらから何の用です?雨音がまだ寝てるので、静かにしてください。起きてしまうじゃないか…

番頭

水野様のお住まいでしょうか?旦那様からの指示で水野様をお連れするようにと言われたのでございます。

精霊

僕は雨音と一緒にいないとダメなので、行けませんね。申し訳ありませんが、早急にお引き取りください…

番頭

水野様はとても優れた医者、いや陰陽師であるとの噂を聞いたのです。

精霊

医者でも陰陽師でもありませんよ?

番頭

どんな難病でもたちどころに治してしまわれると言う噂が立っておりまして、旦那様がぜひ御子息様の病気を診て欲しいとおっしゃられて、お訪ねした次第です。どうか屋敷へご足労くださいませ。お願いします!

雨音

蓮、屋敷へ行ってあげて。病気の御子息様がいるみたいだから、治してあげるでありんす。

精霊

雨音、起きてしまったのか?朝は弱いのに、騒いでしまってごめんね。

雨音

良いのじゃ。朝起きられぬ悪い癖を治したいと思っておったからな…。早く屋敷の方へ行ってあげなんし?

番頭

奥方様であられますか?有難いお言葉です。旦那様もお喜びになられます。水野様、表に籠屋を用意してございますのでお乗りくださいませ。

精霊

仕方ないですね。雨音が行って欲しいと言うなら行かないわけにはいきませんので、雨音はゆっくり寝ていてください。一人で行って来ます。

語り

籠に乗ると村一番の庄屋の屋敷に連れて来られて一瞬で御子息の病を治してしまい、庄屋は大層お喜びになって邸宅を一軒与えてくれたとさ。

雨音

こんな立派な邸宅がもらえるなんて蓮の呪術は本当にすごいでありなんす。蓮のような仕事の出来る男に娶られるのは女にとって、一番幸せな事でありなんす。

精霊

お銀ちゃんも使用人として雇ってあげたし、お銀ちゃんにお給料をあげたいので、医者として働きますね!

雨音

お銀ちゃんはずっと操を立てているでありんす。蓮のそばで働けるのを幸せだと感じているでござんしょ。

語り

ところが面白くないのは他の街の医者たちの方でした。どんなに遠くの街であろうと、蓮に診てもらう為に、田舎村へと押しかけるので、街の診療所では閑古鳥が鳴いています。

医者

水野様の治療を見学したのだが、あれはどう見ても医術などではない。

巫女

私も見ましたが物の怪の類かもしれません。人間業とは思えないです。

医者

みんな騙されているんだ!奴は絶対に物の怪に違いない。お主は御祓は出来るか?金ならいくらでも出す。

巫女

破魔の矢を射れば正体を現すかもしれません。物の怪ならば心の臓を射抜かれたとて、すぐには倒れない…

語り

そんな事とは露知らず、蓮は邸宅にやって来る者を次々に治してゆく。

お銀

レン先生は本当に素晴らしいお方だべ。レン先生のおそばにいられるだけでオラ幸せだ。

雨音

お銀ちゃん、蓮に惚れているんでありなんしょ?見てたらわかるでありんす。女の勘で…

お銀

と、とんでもねぇですだ!レン先生には雨音様と言うお綺麗な奥方様がおられるのに、オラのようなみすぼらしい貧乏人の娘が惚れるだなんて身の程知らずにも程があるだべさ…

雨音

お銀ちゃんはとても綺麗でありなんす。わっちよりもずっと綺麗じゃ…

お銀

もったいないお言葉ですだ。雨音様はお顔もお綺麗だが、お心もお綺麗で、レン先生が選んだ理由がオラにもよくわかるだ。本当に良い奥方様だと思ってるだ。

雨音

わっちはお銀ちゃんに生まれ変わりたいでありんす。お銀ちゃんみたいな穢れのない生娘に生まれ変われたら幸せになれるでござりなんしょ。

お銀

雨音様はそんなにお綺麗なのになぜオラのようになりたいのか、オラにはわからんです。

語り

しかし幸せな日々は突如として終わりを迎える。巫女の射った破魔の矢が、邸宅の前で蓮の心の臓を貫く。

お銀

レン先生!胸に矢が刺さってる…。死んでしまうだ。誰がこんな事を?

精霊

大丈夫です。ほら!矢が刺さっても僕は死にませんよ?治せますから。

医者

皆の者、見よ!奴は物の怪だ。矢が心の臓に刺さってもビクともせん…

番頭

物の怪だったのか?確かに怪しい呪術は使っていたが、特に悪事は働いておらぬから気にしていなかった。

医者

奴は物の怪だぞ?このままではいつか奴にこの村は滅ぼされてしまうだろう…。それでも良いと言うのか?

お銀

レン先生はそんな事しないだ!物の怪でも良い物の怪に違いないだべ?

巫女

良い物の怪などいません。良い物の怪に見せかけてとって食うつもりなのです。主のような若い娘は物の怪にとっては絶好の餌食なのですよ?

お銀

例えそうだとしても、レン先生に食われるなら、オラは本望だ!レン先生に酷い事すっとオラ許さないべ?

医者

ええい!お主のような小娘は黙っておれ?皆の者、物の怪を成敗せよ!

語り

恐怖に駆られた村人たちは次々に石ころを投げ付けた。蓮はとうとう諦めて、衣を脱ぐと背中の羽を出す。

巫女

物の怪め!正体を現したな?この破魔の矢を受けよ。

語り

蓮は雨音を抱えると天高く舞い上がる。山の頂上の洞穴に身を隠した。

雨音

なぜじゃ?どうしてじゃ?蓮は村人たちをずっと助けて来たのに、村人たちはなぜ石ころを投げる?お銀ちゃん以外誰も蓮を味方しなかった…

精霊

人間とは愚かな生き物だと習っていたのですが、雨音とお銀ちゃんは良い人間だったので、僕もなぜなのかわからないです。

雨音

お銀ちゃんは無事だろうか?蓮がいなくなったら女郎に売られるかもしれない。貧乏人の家の年頃の娘は売られる。あの娘もわっちと同じ不幸な道を辿るのは可哀想でありんす。

精霊

雨音も幼い頃に女郎に売られたのですよね?お銀ちゃんも売られてしまうのでしょうか…

雨音

お銀ちゃんがあんな目に遭わされるなんて不憫で仕方がない。お銀ちゃんはまだ穢れを知らぬ生娘なのに…

精霊

雨音はいつも他人の幸せばかり考えているのですね。こんな心の綺麗な女性は他にいないと思ってますよ?

雨音

お銀ちゃんは本当に良い娘じゃ。あのまま一緒に暮らし続ければあの娘は売られずに済んだのに可哀想に…

精霊

僕にはもうどうしようもないです。あの村で医者として働くのはもう無理でしょうし、お銀ちゃんにお給料をあげる事も出来なくなってしまったから逃げるしか方法がなかった…

雨音

せっかく幸せになれたと思っていたのに、わっちはどう足掻いても不幸にしかなれない星の下に生まれた…

精霊

あなたを幸せにしたくて頑張っていたんですが、上手く行かなくて申し訳ない気分です。

雨音

蓮は何も悪くない。お銀ちゃんも何も悪くないのに、これから不幸になってゆく…。わっちにはその未来が見えてしまうんじゃ。親に売られたあの日、わっちがどれだけ泣いた事か。初めて男に抱かれた日の激痛も昨日の事のように思い出すのじゃ…

精霊

初めての時は痛いと聞いた事がありますが…。僕が初めての男だったとしたら雨音を傷付けてしまってたかもしれませんね。

雨音

好いた男に抱かれるなら痛みも悦びに変わったであろう。蓮が初めての男なら泣かずに済んだ。お銀ちゃんは初めてを奪われる時に蓮の顔を思い浮かべて泣くだろう。わっちにはその時のお銀ちゃんの気持ちが痛いほどわかる。これからあの娘は地獄を見る事になる…

語り

二人は洞穴の中で寄り添うように眠った。何日もかけて遠くまで逃げ切る。しかし蒼い眼の特徴が御触書として張り出されており、瓦版にも蒼い眼の物の怪に注意と書かれているので、旅籠に泊まる事も出来ない。

精霊

僕のせいで雨音にずっと辛い旅をさせてしまい、申し訳なく思っています。まさかここまで人間の掟が厳しいとは僕も思っていませんでした。

雨音

蓮のせいではないでありんす。元々わっちが悪いのでござんす。わっちが蓮と出逢わなければ、蓮を巻き込まずに済んだのにすまぬ事をした。

精霊

僕は雨音と出逢えて良かったと思ってますが、雨音は僕に出逢わなかった方が、幸せだったのでしょうか…

雨音

幸せ過ぎて怖いくらいじゃ。幸せは長くは続かない。すぐに不幸になるが、今は不幸だと思ってはおらぬ。

精霊

もう人間の世界にいても、永遠に幸せになれないならば、精霊の世界に行くしかないですね。しかし僕は掟を破ったので罰を受ける事になる…

雨音

わっちも精霊の世界に行けるのかえ?蓮が精霊の掟を破って罰を受けるのなら、わっちも罰を受ける。指を切り落としても構わない。指切りげんまんと言うのが遊郭の掟だった。

精霊

ええ、僕が流れて来た小河があったでしょ?あれをずっと遡って水源地の山の天辺に入口があるのですよ。

雨音

そんなところから精霊の世界に行けるとは知らなんだ。わっちも連れて行っておくんなまし。蓮の生まれ故郷を見てみたい…

語り

蓮は羽を広げて元来た道を引き返してゆく。何日も飲まず食わずで飛び続けると遊郭のある花街が見えて来て、更にそれを遡って山を目指す。

精霊

着きました。この湧水の中に入れば水の精霊の国があるのです。ただし今の体のサイズでは中に入れませんので、雨音に小さくなってもらいます。そうすれば僕も同じサイズになるはず。愛する者の種族に似た姿の異性になれると言う呪術ですので。

雨音

人間も小さくなれるのかえ?小さくなってみたいと思っておったが、何をどうすれば小さくなれるのじゃ?

精霊

精霊の実を食べるだけです。この山のどこかにあるので探しに行きましょう。お腹も空いてる事ですし、途中で何か食べられる物も探します。

語り

途中で木の実を見つけてはもいで食べながら山の中を進む。やっと見つけた精霊の実は今まで見た事もないような不思議な形と色をしている。

精霊

ありました!これが精霊の実です。食べる前に一つ注意事項があって、精霊になると性欲がなくなりますので人間のような愛し方は出来なくなってしまいます。

雨音

それ以外に大事な話は黙っていないでござんせん?これ以上、蓮の寿命を縮めたくはないのでありなんす。

精霊

むしろ寿命が延びます。何万年延びるかわかりません。精霊は基本的に死ねないので、死にたくなっても死ねなくて苦しむかもしれませんが、それでも良ければ食べてください。

雨音

と言う事は蓮の寿命も延びるのかえ?性欲がなくなるのは構わぬ。人間でなくなっても蓮のそばにいられるなら、わっちはどんな罰でも受けるつもりであったが良い事ばかりだ。

精霊

おや?雨音は死にたいと言っていたのに、寿命が延びても平気なのですか?また怒られるかと思いました。

雨音

死にたかったのはこの体の穢れのせいじゃ。性欲がなくなるなら蓮に抱かれる時の苦しみもなくなる。人間の愛し方はむしろ不要だ。それに蓮の寿命が延びるのは嬉しい事じゃ。

精霊

それともう一つ、精霊の世界に戻ったら、おそらく僕は罰として羽をもがれて、人間の世界には二度と戻れません。人間には家族がいるので、家族に逢えなくなってしまいます。

雨音

家族の事などもうとうに忘れた。逢いたいとも思わぬ。金の為に娘を売るような親だからな。何を躊躇うものか。蓮がいればわっちは何も怖くない。羽をもがれるのは不憫だが…

精霊

それを聞いて安心しました。精霊の世界に来た人間は家族に逢いたくて泣き出す場合が多いので、心配だったのです。では精霊の世界の入口に戻って、湧き水の中に入りましょうか。その先に精霊の国があります。

雨音

これから何千、何万年もずっと二人で一緒に暮らせるのでありなんす。

語り

めでたし、めでたし…。おしまい。

語り

最後まで読んでくれてありがとうございました。ご意見ご感想などお待ちしております。

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