その街では何故か、猫が恐れられていた
宿屋の主人
いいかい
宿屋の主人
今日の夜は猫が街を徘徊する
宿屋の主人
必ず部屋の扉の鍵を固く閉め
宿屋の主人
何があっても開けちゃダメだ
旅人
はあ...
宿屋の主人があまりに怪訝な顔で言うので、俺は疑問の色の混じった返事をする。
旅人
しかし、なんで猫なんかをそんなに警戒するんです?
旅人
この街の猫は疫病でも持ってるんで?
街人1
何いってるんだお前、知らないのか!?
街人2
猫は恐しく邪悪な生き物だ。
街人1
あいつらは人間を食うんだよ
旅人
は...?
街人2
人間の倍は体が大きくて
街人2
爪はどんな猛獣よりも尖ってて
街人2
大きな口の中には人間を噛み砕くために硬く鋭い牙が生え揃ってる
旅人
そんな猫聞いたことありませんが
宿屋の主人
あんたさんは旅人だから知らないんだね
街人1
この街じゃ、
街人1
猫がそういう生き物だってのは常識だよ。
旅人
はあ、そうなんですか...。
猫を嫌うのは、この街の風習みたいなものなのだろうか。
何も知らない俺はいささか面食らった。
旅人というのは気楽で楽しいが、こういうことがあるときはほとほと困ってしまう。
旅人
あ、猫...。
ふと、レンガ塀の上を歩く子猫を見かけた。
旅人
なんだ、やっぱりふつうの猫じゃないか...。
旅人
へんな街だな。
夜
旅人
ううん...?
ミシッ...、ギシギシッ....
旅人
足音...?
旅人
部屋の外から?
旅人
...近づいてくる
ミシッ...、ギシシシ...
旅人
この足音...
旅人
明らかに靴音じゃない
旅人
まるで、足の大きな獣か何かだ
ミシミシ、ギギギギィ...
旅人
な、なんでそんな獣がここに!
旅人
あ、まさか...
俺は昼間、街人達が言っていたことを思い出した。
街人1
この街じゃ、猫がそういう生き物だってのは常識だよ
街人1
あいつらは人間を食う
街人2
人間の倍は体が大きくて
街人2
爪はどんな猛獣よりも尖ってて
旅人
ま、まさか!
旅人
そんなことあるはずない...!
宿屋の主人
いいかい、今日の夜は猫が街を徘徊する
宿屋の主人
必ず部屋の扉の鍵を固く閉め
宿屋の主人
何があっても開けちゃダメだ
旅人
あ、鍵...
旅人
かけて、ない...。
ギギギギギギ
ギィー...
恐怖をあおるような鈍い音が部屋に響く。
扉が空いた。
旅人
う...ぅ、うわあぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!!!!!
朝
街人1
旅人さん、死んだって?
宿屋の主人
ああ、体中引っ掛かれて食い散らかされてたよ
街人2
忠告してやったのに、馬鹿だな。
宿屋の主人
この街じゃ金曜日の夜には悪魔が街を徘徊する
宿屋の主人
人間を食う悪魔がね
宿屋の主人
しかも悪魔はその名を口にするだけで呪われるって話もある
宿屋の主人
だからこの街じゃ、悪魔が出る金曜日には、悪魔のことを
宿屋の主人
「猫」って呼ぶことにしている
街人2
猫は昔から邪悪なものの象徴として有名だからね
宿屋の主人
せめて今日まで生きていれば、ちゃんと真実を教えてあげられたんだがね...。
街人1
気の毒だな...。
宿屋の片隅では、一匹の猫がそれはうまそうに魚の骨をむさぼっていた。