ある日
圭一
おはよ〜
小湊早百合
あっ、お兄ちゃん、おはよ〜
圭一
今日…家のこと片付いたら、ママのお墓行く?
小湊早百合
あっ、そういえば今日って…
圭一
うん、ママの命日だよ。
小湊早百合
あの朝だよね…。
圭一
うん…。
圭一
後で、詳しいことも話すよ。
小湊早百合
小学校高学年になる頃には
小湊早百合
母は死んだとわかっていました。
小湊早百合
それでもあの後、
小湊早百合
なぜあんなことになったのか
小湊早百合
誰も詳しく教えてくれなかったので、
小湊早百合
具体的なことは未だ、よく分かっていませんでした。
圭一
河川敷を通っていこう…。
小湊早百合
うん、わかったわ。
小湊早百合
私は目撃していませんでしたが、
小湊早百合
これからいく川はおそらく
小湊早百合
母の死と、関係があるのでしょう。
圭一
圭一
…。
小湊早百合
お兄ちゃん…
圭一
うん…。
小湊早百合
ここ、なんだね…
小湊早百合
ママが見つかったのは。
圭一
家に村の男たちが来て、
圭一
僕たちは毎晩のように、外で遊んでいたのを覚えてるよね。
小湊早百合
ええ。
小湊早百合
あの意味は、私もあとからわかったわ。
圭一
圭一
ママは16歳のとき、
圭一
事故で両親を亡くした。
圭一
もともと家はお金持ちじゃなかったし、
圭一
身よりもなかったママは、
圭一
違法に営業していた、夜の店に行くしかなくて、
圭一
17で僕を、
圭一
そして20で君を産んだんだ。
圭一
一応、結婚してたみたいだよ。
小湊早百合
そう…。
圭一
でも、相手の男、
圭一
つまり僕たちの父親は
圭一
ほとんど帰って来なかった。
圭一
愛想をつかしたママは、
圭一
離婚して、僕たちを女手一つで育てることにしたんだ。
圭一
最初は夜の店を転々として、
圭一
なんとか食いつなぐことはできた。
圭一
でもしまいには、不景気とともに仕事を失い、
圭一
田舎のあの家に帰ることになったんだ。
小湊早百合
それで、今度は村の男を相手に…
圭一
うん。
圭一
けど、ママはもう限界だった。
圭一
みんながママを白い目で見るし、
圭一
僕は片腕。
圭一
悪口を聞かされない日はなかった。
圭一
そのうちに、
圭一
毎晩酒を飲み明かすようになり、
圭一
身も心も、ぼろぼろにしていった。
小湊早百合
あの頃のママ、確かにおかしかったわ…。
小湊早百合
優しくなったと思えば、
小湊早百合
急に泣き叫んだり、
小湊早百合
それでも夜になれば、
小湊早百合
仕事だと言って化粧して…
圭一
うん…。
圭一
ママはもう、
圭一
自分でも気づかないうちに
圭一
完全に、壊れてしまっていたんだ…。
圭一
だからある夜、
圭一
自ら命を絶とうと決めた。
圭一
そしてその次の日、
圭一
君より早く起きた僕は、
圭一
ママがいないことに気づいた。
圭一
外で大人たちの声がするから、
圭一
おそるおそる出て行ったんだ…。
圭一
そしたらここで
圭一
警察の人たちと
圭一
村の大人、
圭一
そして、ブルーシートで覆われた、
圭一
一人の人間がいた…。
圭一
僕は嫌な予感がした。
圭一
僕を止めようとするみんなの手を振り払って近づくと、
圭一
それは紛れもなく、
圭一
変わり果てたママの姿だった…。
小湊早百合
そう、だったのね…。
小湊早百合
自殺したことや
小湊早百合
その原因は、
小湊早百合
うすうす感づいてはいたけれど、
小湊早百合
ママの過去や、
小湊早百合
お兄ちゃんが何を見たのかは、
小湊早百合
当時子供だった私には
小湊早百合
詳しく掴めてなかったわ…。
圭一
僕は悲しくて仕方なかった。
圭一
涙が溢れて、止まらなかった。
圭一
けど、僕は君の兄だ…。
圭一
君にこの光景を見せるまいと、
圭一
必死に策を探したんだ…。
圭一
だから、「ママは遠くへ行ったから、もう帰ってこない」
圭一
それだけ言うことにしたんだ。
圭一
僕が家にいたら、
圭一
君はきっと質問を重ねる。
圭一
それに、もし君が一人で川へ行き、
圭一
ママのことを知ったらいけない。
圭一
そう思って、僕はもう家に帰らなかった…。
圭一
ママが最後に発見された川辺に、
圭一
ずっといようと思ったのさ。
小湊早百合
そう、だったのね…。
小湊早百合
お兄ちゃんは、
小湊早百合
辛くてたまらなかったろうに、
小湊早百合
それでも、私が極力、同じ思いをしないようにと、
小湊早百合
最後の力をふり絞り、
小湊早百合
泣きながら紡ぎ出したせめてもの嘘で、
小湊早百合
私を守ってくれていたのでした。
小湊早百合
小湊早百合
お兄ちゃん…。
圭一
なに…?
小湊早百合
ありがとう。
小湊早百合
小湊早百合
私を守ろうとしてくれて、
小湊早百合
本当にありがとう…。
圭一
圭一
今思えば、
圭一
あそこで離れ離れになったことが、
圭一
良かったのかはわからない。
圭一
君はおじさんの家に行くことになって、
圭一
随分辛い思いをしただろう…?
圭一
でも、あれが当時の僕にできる、
圭一
全てだったんだ…。
圭一
圭一
僕も当時は、
圭一
何もできない子供だった。
圭一
君と一緒にいてあげられなくて、
圭一
ごめんね…。
小湊早百合
小湊早百合
お兄ちゃん…
ギュッ…
私は兄を強く抱きしめた。
小湊早百合
色々なことがあったけど、
小湊早百合
私はお兄ちゃんとまた会えて、
小湊早百合
とっても嬉しいよ…
小湊早百合
本当に、
小湊早百合
本当にありがとう…。
圭一
圭一
(早百合…)
圭一
んん、もう、何するんだよぉ…
圭一
く、くすぐったいじゃないか…///
圭一
…///
圭一
さあ、気を取り直して、
圭一
ママのお墓へ行こう。
小湊早百合
この先の、お寺の裏の墓地だったわよね。
圭一
うん。立派なお墓じゃなくて、
圭一
名も無い人の共同墓地みたいなところだけど…
圭一
確かにママは、あそこにいるよ…。
小湊早百合
ここね…。
小湊早百合
多くの名も無い人たちと
小湊早百合
一緒に祀られている母は、
小湊早百合
今あの世で、何を思っているのでしょうか。
圭一
お線香貸して…
小湊早百合
はい、お兄ちゃん
小湊早百合
つけるよ?
圭一
うん…。
カチッ
圭一
…。
小湊早百合
線香を土に刺し、
小湊早百合
手を合わせるかわりに
小湊早百合
黙って片手を顔の前で握っている兄は、
小湊早百合
母に、何を伝えているのでしょうか。
小湊早百合
良かったわね、
小湊早百合
ママのお墓参りができて。
圭一
あぁ…
圭一
久しぶりに、ママに会えたよ…。
小湊早百合
小湊早百合
ねぇ、思ったんだけど
小湊早百合
ママに、専用のお墓を作ってあげない?
小湊早百合
今ならお墓をつくるお金もあるし、
小湊早百合
少しは浮かばれるんじゃないかな?
圭一
いい考えだ…
圭一
帰ったら調べてみよう。
圭一
そしたらいつか、僕もそこに入るよ…。
小湊早百合
ええ、私もそうするわ。
つづく