俺は合理的に生きていく。
変えることの出来ない過去に すがりつくなんて愚かなマネはしない。
大事なのは「今」と「未来」 過去は過去。
ひりあ小学校同窓会会場
やけにカクカクした字体の看板が設けられた会場には、既に二十数人ほど人が集まっていた。
女は「どこそこの化粧品が良い」だの「夫が一括で車を買った」だの マウントを取り合い
男は早くも酒に酔って、動作と声が無駄に大きい。
話の内容は大人だが やってることは小学生と一緒だ。 下らない。
この会の幹事で、当時の学級委員長が作成した 実質強制参加の召集礼状がなかったら 絶対に来なかった。
口の端を曲げてため息を吐くと、誰かが俺の背中を叩いた。
仁
仁
ねぇよ。
蓮
仁
何が「でさー」かよく分からなかったが、元クラスメイトが やたら真剣な顔をしていたので聞いてやることにした。
仁
蓮
仁
蓮
仁
蓮
仁
仁
仁
蓮
仁
仁
仁
蓮
仁
仁
仁
仁
仁
途中から真面目に聞くのが馬鹿らしくなった。
やたら真剣だったので話を聞いてやれば、ただ「2時間ドラマごっこ」に付き合わされただけだった。
蓮
だいたい そんなに怯えるなら始めから廃墟探検なんかするなって話だ。 下らない。無駄な時間を過ごした。
適当にあしらって その場を離れようとしたが
仁
仁
蓮
嫌な名前を聞いて、立ち去ろうとした足が止まった。
仁
ユウタを売ったのはお前じゃんか
仁は俺の肩に手を回した。 不快で醜い笑みがすぐ近くにあった。
仁
な?頼むよ
___だから小学校の同窓会なんて来たくなかったんだ。
宝探しゲームしよう。蓮くん
ぼく が隠したから蓮くんが見つけてね。何を隠したかは 紙に書いてるから
制限時間は30分
ハズレを開けたら罰ゲームね
もう思い出すことは無いと思っていた思い出は、簡単に脳内で再生された。
それはきっと二十数年ぶりに、ユウタの家を訪れたからだ。
紅茶とお菓子の匂いに満ちていた家は、今はカビと埃に満ちていた。
あの時とは変わり果てたユウタの家。___だから昔を思い出すんだ
一瞬 靴を脱ぐべきか考えたが、埃だらけの床を靴下で踏むのは嫌だったので土足で家に上がった。
ぱさ。
なにかが。 家に上がった瞬間、上から なにかが落ちてきた。
当然 電気などつかないので、スマホで落ちてきた なにかを照らした。
落ちてきたのは、一枚の紙。 血のように赤く歪(いびつ)な文字が踊っていた。
よ う こそ
___隣の仁が、しゃっくりのような声を出して俺にくっついてきた。
仁
蓮
仁
この字……ユウタのに似てね…?
蓮
仁は俺から離れずに喋り続ける。
仁
仁
仁
蓮
密着状態にいる俺達の足下に また 紙が落ちてきた。
~た から探 し ゲー ム~ ・コ イン 20 まい ・た から も の せい げ ん時か ん 30分
仁
蓮
そう言いながらも、そのゲームに覚えがあった。
既視感とかではない。 俺は小学校低学年の頃、何度もこのゲームで遊んだ。
蓮
さっさと盗んだモン返して帰ろうぜ
仁
仁が おそるおそる といった体(てい)で盗んだ物を床に置くと、俺は玄関に向かった。 早く出て行きたかった。
しかし。 入る時は何の抵抗も無く開いたドアは、押しても引いても びくともしなかった。
背中に汗が流れた。 後ろから仁の泣きそうな声が届いた。
仁
蓮
俺は仁を押し退けて窓や勝手口を調べてみたが____ どれも溶接されているかのように1ミリも動かなかった。
舌打ちして窓を殴りつけた俺の足下に、3枚目の紙が落ちてきた。
あ と2 5 分
仁
シンジが死んだのって…コレが原因じゃねぇよな……?
仁
俺死にたくねぇよ……!
蓮
蓮
蓮
ユウタ___優太には友達がいなかった。
どんくさくて要領が悪くて、何をするにもクラスで一番遅かった。
たまたま隣の席に座っていた俺が優太のお世話係を命じられ、遊んでやれと言われた。
鬼ごっこもかくれんぼも楽しくなかったけど、唯一楽しいと思えたのが「宝探しゲーム」だった。
おもちゃのコインや宝石、ビー玉などが入った箱を制限時間内に見つける__と言う遊びだ。
いくつか「ハズレ」と呼ばれるダミーもあって、それを開けたら罰ゲームがある。
優太の家で、庭で、近くの林で夢中になって遊んだけど 学年が上がるにつれ他の物に興味が向くようになった。
だんだん優太と遊ばなくなったけど、 あれは小学校6年の時だった。
「いいな」と思っていた女子が席替えで優太の隣の席になった。 俺は さりげなく優太に席を代わるよう頼んだ。
難しい年頃の俺は「気になってるから」と言えなくて、察しの悪い優太にだんだんイライラして
「そんなことより宝探しゲームしようよ。久しぶりに一緒に遊ぼう」 満面の笑顔でそう言った優太に ついに切れた。
気になっている人と隣の席になれるかどうか__あの時は十分に死活問題だったのに「そんなことより」で済まされたのが許せなかった。
だから俺は、クラスで猛威を奮っていた仁とシンジに告げた。 「優太がムカつく」と。
1週間もしないうちに、優太へのいじめが始まった…
子供部屋___かつての優太の部屋のベッドの下。 優太の家で宝察しゲームをする時は必ず覗く場所。
埃まみれの床に、あの頃と同じように手をついて覗き込むと あの頃と同じように小さな箱があった。
箱を引きずり出すと、小学校時代の記憶も一緒に付いて来た。
____周りをイライラさせることの方が多かった優太。いじめが始まっても誰も助けようとはしなかった。
教室の雑巾がけ、給食の早食い… 仁とシンジは 何かにつけて「競争しよう」と持ちかけ
強制的に優太に最下位の座を与え、「罰ゲーム」と称してプロレス技を_____…
……あれ?
「罰ゲーム」と言う言葉に引っ掛かりを覚えた。 ___優太を苦しめたその言葉を、俺は優太から聞いている。
宝探しゲームをする前に、優太はいつも満面の笑みで……
「ハズレを開けたら罰ゲームね」
待てよ。じゃあまさか……
ギャアアアアアアアアッ
廃墟に男の___仁の絶叫が響いた。
様子を見に行くまでもなく、仁がどうなっているか分かった。
手足が変な方向に曲がった変死体。 罰ゲームと称して与えた関節技。 「ハズレを開けたら罰ゲーム」
全部繋がった。 全身から汗が吹き出た。
じゃあ俺がベッドの下から引きずり出したこの箱は……? ハズレだったら俺はどうなる…?
ガチガチと歯が鳴るのを自覚しながら、ゆっくりと箱を開けた。
開ける瞬間はさすがに直視出来なかった。
閉じていた目を開けて、手足の無事を確かめると箱の中を覗き込んだ。
中に入っていたのは、一枚の写真だった。
こちらにピースを向ける2人の男子。 小学校低学年の優太と俺だ。
何の機会で撮ったのかは覚えていないけど、優太がひどく喜んでいた。
「ぼくの宝物にする」 「この写真と一緒に寝たら夢でも遊べるかな」
写真を裏返すと拙い字で 「たからもの」 と書いてあった。
こんなどこにでも在りそうな写真を優太は「宝物」と言った。 何よりも嬉しそうだった。
優太の中では、どんな物よりも価値のある
宝物の在り処。 なぜか涙が止まらなかった。
きっと実家を探せば優太との写真が出てくるはずだ。捨ててはいないはずだ。
____涙でぼやけた俺の視界に、 また紙が落ちてきた。
あ と 15 分
蓮
渇いた笑いが漏れた。 笑うしかなかった。
どこにでも在りそうな写真を「宝物」と喜んだのは所詮過去。
過去は過去。 大事なのは「今」と「未来」。
仁とシンジに売って勝手に縁を切って、中学進学を理由にこの町を出て行った俺に
優太はどんな思いを抱いたんだろう。 どんな思いで死を選んだんだろう。
蓮
ハズレを開けたら「罰ゲーム」。 もちろん時間内に見つけることが出来なくても「罰ゲーム」。
指定されたコイン20枚はまだ見つかっていない。
あと15分以内に見つけないと きっと俺も…
俺は合理的に生きていく。
過去にすがりつくなんて愚かなマネはしない。 過去は過去。
一流企業に勤めて俺は勝ち組になる。
過去に殺されるなんて絶対に御免だ。
蓮
__男はフラフラと廃墟の奥に消えて行った__