斑目
――え、ここで終わりなんですか?

千早から渡された原稿を一読した斑目は、実に中途半端な終わり方に肝を抜かれた。
一里之
はい、すごい半端なところで終わってるんですよ。

要
結末が分からなければ死ぬ――なんて言われているから、最後まで原稿が続くとは思っていなかったけど、やっぱりみんな短いって思っちゃうよね。

千早
して、斑目様はどうお考えで?

千早
現役刑事さんのお話を伺いたいです。

おそらく悪気はないのであろうが、斑目に意見を求めてくる千早。
たかだか原稿を読むだけなのに、白手袋といつものモノクルはしっかりと装着している。
彼女としては、普段の査定と全く変わらないのであろう。
斑目
……まず引っかかるのは、登場人物が全員アルファベット表記――ということですね。

斑目
物語中ではその件に触れていない部分ですから、読者に対して名前をあえて出していないということなのでしょうかね。

千早
かの、新本格の名手と呼ばれている、某作家の言葉ですが「ミステリの登場人物は記号でいい」と。

千早
謎があって、それを紐解く材料さえ揃っていれば、ミステリは成立する。余計な要素は必要ない――という考え方だと思っていただければ。

斑目
それに沿って本作は書かれた?

千早
かもしれませんし、他に理由があるのかもしれません。

斑目
それと、現状で分かっているのはEが殺害されるということ。

斑目
そして、そのEがダイイングメッセージを残すということくらいですか。

千早
そうですね。

一里之
あのさ、本当にこれだけで結末――つまり、犯人が分かるの?

一里之
まだ材料が揃っているとも限らないわけであって――。

千早
――材料はもう揃っているかと。

斑目
え?

斑目
まさか、もう分かったんですか?

斑目
誰がEを殺したのか――が。

千早
あくまでも、私は原稿にまつわる【いわく】を査定しただけです。

千早
その過程において、作中の誰が犯人なのかは分かりましたが。

要
それって、結末が分かったってことだよね?

千早
はい、誰が犯人なのか、という部分が結末だとしたら――の話ですが。

千早
まぁ、物語なんてものは、作者の思った通りに捻じ曲げることなんていくらでも可能です。

千早
もしかすると、犯人が判明した後に宇宙戦争が起きるかもしれないし、急にバトル物になるのかもしれない。

千早
ただ、ここまでの情報を羅列しているのですから、まず間違いなく、犯人を特定することが、結末を読み解くということなのだと思います。

斑目
それで、誰なんですか?

斑目
犯人は――。

千早
これより先は査定料をいただくことになります。

千早
【いわく】を持ち込まれたのが一里之君と相川さんですので、ご友人価格で結構。

斑目
……しっかりしてますねぇ。

斑目
こんな時も商売ですか?

千早
申し訳ありませんが、この店も慈善事業で成り立っているわけではありませんので。

千早
もしくは、そちらにある【持ち主がことごとく忘年会の一発芸でダダ滑りする鼻メガネ】をご購入いただくか。

千早
そうすれば、今回は特別に査定料はサービスします。

斑目
それ、今の時代――コンプライアンス的にありなんですかね?

斑目
というか、なんというものを取り扱っているんですか……。

斑目
そんなものあっても困るだけですから。

千早
して、どうされますか?

一里之
刑事さん、こんな中途半端な状態じゃ帰れないよ。

要
それに、刑事さんも原稿を読んだわけだから、呪われて死ぬかも。

斑目
…………。

一里之
そうだよ、死ぬのに比べたら安いんじゃないの?

要
査定料の相場は知らないけど。

斑目
――多分、知ったらドン引きしますよ。

千早
それでも結構。

千早
さぁ、どうされます?

一里之と要、それに千早からの視線も加わり、とうとう追い詰められた斑目。
斑目
お、おいくらになりますかね?
