いるま
いるま
笑顔で明るく話してくるその言葉には
嬉しさ、悲しさ、寂しさ
色んな感情が混ざったような
それらを全て押し殺すような
そんな響きが隠されていた。
らん
いるま
今の俺に向けているその笑顔は
記憶があった頃の俺は見たことがあるのだろうか
そもそも、俺と此奴はどう言った関係だったのだろうか。
そんな疑問は山ほどあったが、そっと喉の奥にしまっていおいた。
また目が覚めると、そこは病室
前に目覚めた時の病室
見渡す限りの真っ白な壁に、消毒の匂い
相変わらず、俺の嫌いな記憶。
そして、大して可愛くもない俺の彼女らしき人。
この人、マジで誰だろう。
彼女?
彼女?
俺の表情を伺うように、俺に語りかけてくる
俺の彼女らしい。
生憎、俺はこの人については何一つ覚えてないし、
この人を好きになれた過去の自分に驚いている
なんというか、行動も言動も
全てがわざとらしい。
なにかひとつの事のために、どうでもいい糸を拾い上げて
ひとつの縄を作っている。
そんな感じがしてしまうのだ。どうしても、なにか裏があるのではないかと、疑ってしまうのだ。
らん
らん
出来るだけ目を合わせないよう、顔を背ける。
顔を少し下にさげ、落ち込んでいるような感じを出してみる。
俺は此奴のことを愛せない。
ならば、せめて申し訳なさそうにするくらいはしてやろう。
彼女?
彼女?
作り笑顔を顔に張りつけてこちらを向いてくる
その笑顔はこれからに希望があるというより
無理やり笑顔を作っていると言うより
俺が何も覚えていないことに嬉しさを感じている笑顔な気がした。
昨夜、俺が此奴のことを覚えていないと言った時。
普通ならすごく悲しむだろう。
けれど、此奴は違った。
悲しそうにはしていながらも、どこか嬉しそうな
獲物を仕留めたような
そんな目をしていた
なにか「計画通りに進んでいる」
そんなことを物語っている気がした。
彼女?
彼女?
突然、彼女が俺の横にあるテーブルを指さす。
ゆっくりと顔を向けてみると、そこには
前は無かったシンプルな花瓶に、花束が添えられてあった。
らん
赤く、ひらひらとしたフリルのような花びらの花。
広がる甘い香り。
おそらくスイートピーだろう
彼女?
彼女?
らん
俺は、無意識のうちにそのスイートピーに触れていた
なんだか、昔愛していた人の面影が重なった気がした。
らん
俺は試しに彼女に聞いてみた。
昔、俺は誰かにスイートピーを貰ったことがある気がする。
もしかしたらこの人かもしれない
彼女?
わざとらしく首をかたむけ、こちらを見つめてくる
その姿は、愛おしいとは思えなかった。
らん
彼女?
俺は一瞬迷った。
この人が本当に彼女なら
俺が今から言うことはとても失礼ではないか。
らん
らん
事故にあって記憶喪失中の俺に、こんなタイミングでスイートピーが届くだろうか。
らん
冗談めかして発言したが、俺は本当にそうだと思っている。
誰か、俺の友達か、親友か、はたまた、本当の彼女が………
要らない予想が俺の頭を過ぎっていく。
彼女?
彼女?
そう言って俺の方を見つめるその目は
さっきとは違う、何かを誤魔化したいような、苦笑いだった。
彼女が帰ったあと、俺は静かに眠りについた。
夢に入ると、またあの花畑で
また、あのいるまとかいう奴がいた。
いるま
いるま
少し頬をふくらませてはぶてている姿は……何故だろうか。
彼女らしき彼奴よりも、よっぽど可愛く見えてしまう。
らん
いるま
らん
気づけば、俺は自然と笑みが零れていた。
この空間が、この時間が
続くことの大切さを感じる。
俺の中では、まだ出会って3日目のはずなのに。
いるま
彼は少し驚いたような表情で俺を見つめるが、直ぐに微かな笑みを浮かべる
いるま
それから他愛もない会話を続けて
1時間ほど経っただろうか。
俺は、今日届いたスイートピーの話をしてみることにした。
らん
らん
俺が"スイートピー"という言葉を発すると同時に
彼の方がピクっと跳ねた。
いるま
いるま
らん
らん
らん
俺がその話をすると、いるまは少しバツが悪そうに目を逸らし、適当な返事を返す。
いるま
少し焦っているのを見て、俺は不思議な気持ちになる
此奴、なんで焦ってんだ?
らん
らん
いるま
いるま
いるま
らん
らん
俺が最後の言葉をいるまに伝えると、彼は一瞬苦しそうな顔をして下を向いた。
その表情が、俺にはすこしこたえた。
いるま
次の日、俺は何事も無かったかのように目を覚ました。
最後のいるまのつぶやきは、あの時の俺の耳には入っていなかった。







