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俺は人より怖い体験を積んできていると自負してもいい
それも何度も、何度もだ
場合によっては、死ぬかとさえ思った
その度に 心の臓が大きく揺れ動いた
しかし、いま
雨音
秋斗
人生最大の緊張をしている
雨音
秋斗
ドッドッドッド
鼓動が信じられないほどにうるさい
そんな筈はないが 相手にこの鼓動が聞こえてしまうのではないかと空想するほどだ
落ち着け
必死に何度もその言葉を唱える
焦っている時は 大体において冷静な面もあるのだ
だからこそ 頭の中にいる冷静な自分にシフトする
……
雨音
目の前には、雨音ちゃん
ここは、某ファストフード店
頭の中で「どこにいくか」と堂々巡りするうち、口に出たのがここだった
アルバイトもしていなかったから お金もない
粋な店など知らないから ここしかない
何とも苦肉の策だった
しかし これはこれで良かったらしい
雨音ちゃんはファストフードが好きらしく、この店もよく利用するらしい
安価で注文もできるし 気兼ねなく話せる雰囲気なので 好都合ではあった
……そうだ
話すのだ
何でもいい
いま、僕はデートをしているのだ
ここで攻めなければ 何も生まれない
でも、何を話せば……?
学校のこと、趣味、好きなもの
そうだ!!
雅也先輩の言っていたことを思い出す
受け売りでいいさ
とにかく、言葉にしよう!!
俺はそう誓って、さっそく言葉にした
秋斗
雨音
確実に選択肢を間違えてしまった
もう少し
もう少し 冷静だとばかり思っていた
これでは 言葉になっていないではないか
あわあわとしているうち 雨音ちゃんから話しかけてきた
雨音
雨音
雨音
秋斗
圧倒されてしまった
一気に質問してしまったものの 一気に答えが返ってくるとは思っていなかったからだ
随分と素っ気ない返事になったが そう言うしかなかった
しかし もう不思議と緊張が解けてしまった
鈴のなるような声で 目の前の可憐な少女は笑った
雨音
雨音
秋斗
秋斗
どうやら 彼女の策略の内らしかった
途端に 今までの自身がバカらしくなり ようやくまともに会話ができそうだった
秋斗
秋斗
雨音
秋斗
秋斗
雨音
秋斗
雨音
雨音
秋斗
雨音
何か一瞬、暗い影が差し込んだ
どうしたんだろうか
そこでまた 雅也先輩の言葉を思い出す
悩みを聞いてあげる
そうか
こんな元気な子でも 何か悩んでるに違いない
俺はおずおずと聞いてみた
秋斗
雨音
秋斗
雨音
秋斗
雨音
秋斗
雨音
雨音
秋斗
雨音
一息吸ってから、少女は言った
雨音
気が付けば 見たこともない続き間にいるという
薄暗くて じめじめしていて 寒い
そこにいるだけで嫌な気持ちになる
逃げようとして 体を動かそうとするが石のように動かなくなっている
辺りをみようとして 首を動かそうとするが石のように動かなくなっている
とにかく 少し離れたところから前を見ているしかないようだ
ずっとその状態が続く
しんと静まりかえった光景を
夢の中なのにリアルな体感で ずっとそこに居続けなければならない
最初の頃はそれで終わったらしい
しかし 2ヶ月経つと、またあの夢を見る
遠くの方で
ず、ずる、ず、ずる
畳の上を引きずるような音がする
そこで夢は終わる
また、それから2ヶ月以上経つと
ず、ずる、ず、ずる
「"はつり"だ!!」
「"はつり"が出たぞー!!」
「うわああああああ!!」
男の声が叫んだかと思うと そこで夢は終わる
また、2ヶ月が経つ
ず、ずる、ず、ずる
「"はつり"だ!!」
「"はつり"が出たぞー!!」
「うわああああああ!!」
「きゃああああああ!!」
「女子供逃がせー!!」
ダンッダンッダンッダンッ
ピシャッ
襖が開いた
そこには 赤子を抱いて和服を着た女が恐怖の色を浮かべながら必死に逃げている
女は真横を通り過ぎて行った
「ぎゃああああああ!!」
「あ……あ……」
遠くでしていた男の声は消えて行った
そこで夢は終わる
それから更に2ヶ月
この時には気付いていた
2ヶ月おきにこの夢が出てきて 夢は続いていてだんだんと長くなっているということに
男の悲鳴が消える流れまで 全く同じだった
ず、ずる、ず、ずる
しかし この時は、悲鳴の後に音が聞こえるだけで終わってしまったという
そしてまた2ヶ月
気持ちの悪い空間、奇妙な音、男の声、女の逃走、男の悲鳴、奇妙な音
この後に、待ち受けていたもの
それは
すーーっ
ゆっくりとだった
ゆっくりと 一番奥の開かれた襖から 白い手が伸びてきた
手の位置からして どうやらうつ伏せに移動している
つまり、畳の上を這っている
ず、ずる、ず、ずる
この音は この這いずり回っているものの皮膚と畳が擦れる音だったのだ
そして
んー、んー、んー
低い地響きするような声が聞こえた
空気の振動から伝わる声は 吐き気を催すほど気味が悪かった
ず、ずる、ず、ずる
手は畳をかききるようにして進み出している
ぬっ、とぼさぼさの黒髪が現れる
長髪で顔は伺えない
しかし 這っているものは女だと分かった
その女は全裸だった
ガリガリの骨が透けて見える白い皮膚を露出して、畳をやはりかききるようにして進む
よく見ると 足を全く動かさずに手だけで動いている
んー、んー、んー
低い声を発しながら 女は畳の上を進んで、開け放たれた襖と襖の間を横切って行った
そこで夢は終わる
そして今回
直近で見た夢が問題となった
初めてこの夢を見てから 1年が経っていた
その更に2ヶ月後
一連の恐ろしい流れがあり 女が襖と襖の間を這って横切る
次の瞬間
奥から1つ手前の襖から手が伸びた
女はまだ、奥の襖の裏にいる筈だ
それが手前の襖から いま、呻き声を出して横切っている
……これは
近づいてきている
恐らく
はつりと呼ばれた女が、来ている
次、また次に見る時は
一体、どうなってしまうのか
骨が皮膚を押し出す様が見える
女の手が動く
そこで
念仏を唱える声が遠くから聞こえた
んー、んー、んー
低い声と声が混じり合い 鼓膜が激しく振動する
吐き気を催す
そこで夢は終わる
これが 中村雨音が1年2ヶ月にわたって見た 夢の全容であった