紫side
__とある休日の朝。
自分の顔の上で目覚まし時計が鳴り、ぼやけた頭で何度か空振りつつもボタンを押して音を止める。
初兎
布団を退かして体を起こすと、突然後頭部に痛みがはしった。
ズキズキと頭の中で何者かに殴られているかのような激しい痛みに、顔を歪めて片手で頭を抱える。
初兎
寝転がりながら横目で隣のベッドを見てみると、もう先に起きてしまっているのかイムくんはおらず、もぬけの殻だった。
・・・・・・心なしか身体も熱っている気がする。
とりあえず下に降りようと思い、重い体をなんとか起こして床に足を下ろして立ち上がろうとした。
初兎
だが足に力が入らず、思わずコケるような形でドスンと床に崩れ落ちてしまった。
その大きな音に反応したのか、扉から一階のみんなが「何の音だ」と不思議に思っている声が聞こえてくる。
誰かが階段を上がってくる音が耳に入ったところで__僕の意識は途切れたのだった。
__はっと目が覚めると、最初に見えたのは自分の部屋の天井と掛け直された自分の布団、それから額に乗った冷たいタオル。
それから心配そうにこちらを見下ろすイムくん、りうちゃんと体温計を持ったいふくん。
その他諸々用意された道具やら、自分の怠くて動かない身体等々で、自分が風邪をひいて倒れたのだと理解することが出来た。
初兎
ほとけ
イムくんがいふくんに 向かってそう叫ぶ。
だがその声さえも僕の頭に響いてきて、また頭がズキズキと痛んだ。
初兎
ほとけ
急いで自分の口を抑え、コソコソ声で謝ったイムくん。
そのイムくんの隣に座るりうちゃんが僕の額の上に乗ったタオルを桶に入れ、額にもう一度乗せてくれる。
再びひんやりとした感覚が 僕を襲った。
いふ
初兎
いふくんに背中を支えられながら、ベッドからゆっくりと体を起こす。
昨日の夜から着替えていないパジャマの上ボタンを二つ外して、受け取った体温計を脇に挟んだ。
しばらくその状態で待っていると、ピピピピと電子音が聞こえてきたので体温計をいふくんに渡す。
いふ
いふ
「ちょっとアニキたちに言ってくるわ」と部屋から出て行ってしまったいふくんを見て、重くなった体をベッドに沈める。
ヤバい、 どんどん辛くなってる・・・・・・。
呼吸さえも苦しくなってきて段々と吸う量が増えてくる。 荒い呼吸が部屋に響く。
りうら
そう聞きながら、りうちゃんが頭を撫でてくれる。
その優しい手になぜだか無性に安心して、少しずつ体内に酸素が入っていく感覚がした後、呼吸が整ってくる。
するとイムくんの横に置いてあるスマホが振動し、彼が画面をタップすると某メッセージアプリの音が鳴った。
ほとけ
ほとけ
イムくんに首を傾げそう聞かれたが、正直体を起こすことさえ難しいので言葉を発さず、ただ首を横に振った。
するとイムくんは何かを考えるように顎に手を当てると、「ちょっとごめんね」と僕の背中と腿の裏に手を回す。
何をするつもりなのだろう、頭が回らずなんとなくそう思っていると、突如体がフワッと浮く感覚がした。
目の前に見えるイムくんの顔と、りうちゃんの「えっ、大丈夫?」という焦ったような声で自分が今、イムくんにお姫様抱っこをされている事にようやく気づいた。
りうら
ほとけ
ほとけ
ほとけ
「あ、うん」とソワソワしながら扉を開けたりうちゃんに「ありがと〜」と呑気に言ったイムくんは階段を一段一段確実に降りていく。
ないこ
ないこ
ないくんの驚いた声が聞こえた後、イムくんは僕をないくんに受け渡す。
困惑しながらも僕を受け取ったないくんは、そのまま僕を車まで運んで助手席に乗せたのだった。
医師
医師
悠佑
医師
医師にそう言われ、薬も無事にもらった僕たちは、車に乗りこんで家までの道のりを進んでいた。
運転しているアニキから「寝たかったら寝てもええよ」と頭を撫でてもらうと、嘘みたいに睡魔が襲ってきて目を閉じる。
そして僕の意識は夢の中へと入って行った。
__そういえば、前に自分が熱を出した時はいつだっただろうか。
もう随分と前だった気がする。
元々、風邪を引いたら長引いたり重くなったりするタイプだった僕は、熱を出せば三日は学校に行けないなんてことがしばしばだった。
親は海外で仕事をしているし、兄弟たちは学校で家にはいない。
唯一アニキが学校を休んで僕の面倒を見てくれていたが、それでもいつも罪悪感と申し訳なさが僕を襲っていた。
迷惑をかけてばかりの自分が嫌で嫌でたまらなくて、ある日まだ身体がだるかったのに「学校いく」と言った事があった。
悠佑
初兎
初兎
アニキはすごい心配していたけど、幸い熱はなく、僕は大丈夫だと押し切ってイムくんと共に学校へと向かった。
登校中はなんだか頭がフラフラして、足に力を入れないとすぐにでも倒れてしまいそうだった。
何度か車や自転車に轢かれそうになる時もあった。
ほとけ
ほとけ
その僕の様子を見てさすがにおかしいと感じたのか、イムくんはそう僕に尋ねる。
初兎
本当は今すぐにベッドに横になりたかったが、嘘をついてしまった以上今日の学校は乗り切らねばと、勝手な責任感に覆われた。
震える足を抑え、なんとか学校へ辿り着く。
ほとけ
上履きに履き替え、イムくんが教室を開けた瞬間に出した大声が、僕の頭に響いてきてずきっと頭が痛む。
女の子
男の子
クラスメイトの男の子が僕達に向かってそう言う。
普段なら好きで喜んでいたはずのバスケも、今の僕にとっては絶望でしか無かった。
初兎
学校に行きたいという一心でここまで来たが、 全く確認していなかった時間割。
しかも今日に限って 移動教室が多かった。
初兎
家に誰もいないことはわかってる。
それでもやはり風邪は辛くて、たとえ誰もいなくてもいいから、家のベッドに寝転がりたくなった。
ほとけ
そう考えると もっと頭が痛くなってきた。
まるで頭を硬い何かで殴られたようなガンガンとした痛みが脳内を走る。
ほとけ
隣で手を握り続けるイムくんの叫び声が遠のいていく中、僕の意識も少しずつ遠のいて行った。
初兎
__目が覚めると僕は見慣れた自分の部屋の天井と固いベッドに包まれて、自分が今まで眠っていたことに気づいた。
仕切りの隙間から見える空は、まだ透き通ったように青くて車で寝てから時間があまり経っていないなと思った。
ほとけ
鍋のような大きな器が乗ったお盆を持ちながら、イムくんは部屋に入ってくる。
ほとけ
ほとけ
「ないくんといふくんがお粥作ってくれたんだけど」とイムくんが言いながら鍋の蓋をとると、美味しそうな卵粥の香りが部屋に充満した。
初兎
僕が途切れ途切れにそう言うと、イムくんは「そっか」とお粥をレンゲに少し掬って「あーん」と僕の口の前に運んだ。
なんとなく恥ずかしく思いながらも「あーん」と口を開けてレンゲを入れると、口の中に一瞬で出汁と卵の味が広がる。
トロトロのお米とも相性が良くて、とても美味しかった。
初兎
少し残しはしたが、あのまま半分以上を完食した僕は自分の体がだいぶ回復してきていることに気づいて少し安堵する。
もう一度ベッドの中に入ると__イムくんがそっと僕の頭を撫でて、優しく微笑んだ。
初兎
そう言えばあの後結局、どうなったんだっけ。
保健室の先生が「起きた?」って僕に聞いて、アニキが僕を迎えにきて、「やっぱりダメやったやん」とアニキが僕を叱って・・・・・・。
あれ、その前にもう一つ何かあった気がする。
なんか心が暖かくなって、一気に心が浄化されていくような、そんなものだった気が・・・・・・。
眠るか眠る前かの寸前の意識でそんなことを考えていると、ふとイムくんが呟いた声が耳に入ってくる。
ほとけ
__あぁ、そうか。